第36話 いざ、レッドゾーンへ

『は~あい。あたし、ダンジョン神。ごきげんうるわしゅ~? 今回のお願いは鉱物採取だよ☆ 取ってきて欲しいのは、海みたいな青い色の鉱物で名前はオーシャンメタルね◇。採取できるエリアは1番通路のずーっと先にある樹林地帯だよ~♪ 木の根元ににょきって生えてるから分かりやすいと思うよ◎ 5個取ってきてね☆ よろぴくね~☆』


 ずこー。

 相変わらずこのテンションは理解できない。こっちは気合じゅうぶんなのに、身体から力が抜けていく感じ。


『報酬:3500ポン スキルポイント 5(みんな大好きスキルポイントゲットだぜ☆)』

 スキルポイントが5も入るし、このクエストを受注しようと思う。


『攻略推奨レベル:40 ※危険地帯(レッドゾーン)のクエストだから気をつけてね♪』


 これ、レッドゾーンのクエストだ――。

 どくんと、心臓が高鳴った。

 一瞬だけ気持ちがピリピリして全身の肌が敏感になった感じ。

 私、命がけの緊張感を全身で求めてる気がする。ぞくぞくして、顔がどうしてもにやついちゃう。


「楽しみだな。レッドゾーン――」


 高校に入学したての頃は泣くような思いであそこから逃げ帰ったのに、今は行くのが楽しみになってるなんてね。人って変われば変わるものなんだね。


「私、すっかりダンジョンの虜になっちゃったな」


 世界中でダンジョンブームが起きてるのが理解できちゃうな。

 野生に還るような気持ちで本能のままに命のやりとりをする。それがどれほど爽快で私の心を果てしなく満たしたことか。


「ノーダンジョン・ノーライフ」


 ダンジョンのない人生なんて考えられない。

 私は弾むような気持ちでクエストの受注ボタンを押した。




 レッドゾーンに行く前にリルリルさんのところに寄りたいな。私は露店に歩を向けた。

 その道中、イヤーな連中を見かけてしまった。


 できれば視界には入れたくなかったけど。あの連中はクラスメイトで名前は――、えーと、なんだったっけ。忘れちゃった。まあいいや。とにかく、私が最初にダンジョンに来たときに一緒だった人たちで、レッドゾーンで私を置き去りにした最低最悪な人たちだ。


「むむむ……、けっこうな装備をつけてる……」


 パッと見ただけでも分かってしまうくらいには、お金のかかっていそうな立派な装備だった。

 動きやすそうな服の上に金属製の胸当てをつけていたりとか、軽装だけどしっかりとした鎧を着ていたりとか。あれはかなり真剣にダンジョンを攻略している人の格好だね。

 武器だって大剣とか強そうなのを持ってるし。


「でも、邪道だよ」


 モンスターとは身一つ武器一つで戦ってこそ熱くなれる。あんなにガチガチに防御を固めたんじゃあ、スリルも野性味もありはしない。


「きっと私とは分かりあえない人たちだね」


 知ってたけどね。

 あ、うわぁ……、いやだなぁ……。声が大きいからあの連中の会話がぜんぶ聞こえてくるよ。


「報酬3万ポンだよ。3万ポン。こんな美味しいクエスト、他にないだろ」

「でもさー、私らぜんぜんレベルがたりてなくない?」

「装備が強いからいけるだろー。攻略サイトだって見たし。余裕で大丈夫だって」

「攻略推奨レベルに40も足りてないけど」

「余裕余裕~」


「まあいいじゃん。やってみようよ。で? みんなは報酬の3万ポンが入ったら何を買うの?」

「私、美肌用のクリーム! 2万円くらいするやつ」

「あー、あれなー。私はブランドものの高級ブラとショーツかなー」


「また買うの? この前も買ってたじゃん」

「なんかあったときのためにさ、いくらでも欲しいんだよ」

「なんかあったときってなんだよ。いやらしー」


「うっせー。あんたはなに買うの?」

「んー。新しいスマホが欲しいから貯めるー」

「堅実だなー」


 楽しそうにぎゃいぎゃい言いながら歩いている。

 ふーむ。お金を稼ぎたいのは私と同じだけど、今どきの女子高生はああいう感じのが欲しいんだ。


 ……ブランドものの高級下着かー。

 ちょっといいかも。そういうのを着ていったら体育の着替えのときに堂々と制服を脱げるし。脳内の欲しいものリストのなかに入れておこうかな。


「で? 前に言ってたあのむかつく女、見かけたらやっちゃうの?」

「もちろんやっちゃうよ~」

「ここでなら何が起きても自己責任。誰にも怒られないからなー」


「もしもあいつがモンスターに食べられたりしたら、学校一の美女って呼ばれるのは私に変わるだろうな。ぎゃはははは」

「ぎゃははは。こいつうぬぼれてやがるー」

「あー、むかつくー」


 ……。……。……?

 何か物騒な話が聞こえたような。まあいいや。私には関係のない話だと思うし。あの人たちは大嫌いだし。


 1番通路に入っていくのかと思ったら、何かの魔法陣みたいなのに乗っかった。そしてフッと消えてしまった。あれはなんだろう? ワープでもしたんだろか。

 露店でリルリルさんに聞いてみよう。

 リルリルさんに、ついさっき見たことを伝えてみた。


「ああ、それはきっと、遠くへ一瞬で移動できる魔法陣ですね」

「やっぱりワープみたいなものなんですね」

「はい。レッドゾーンは遠いので毎日歩いて行くのは大変じゃないですか。なので瞬間移動の魔法陣が設置されているんですよ。使えるのはレッドゾーンのクエストをクリアした人だけですけどね」


 私は今回のクエストをクリアしたらその魔法陣を使えるようになるみたい。一日の時間は有限だし、これはすごく助かる魔法陣だね。

 ただ、他の通路のレッドゾーンにワープしたいときは、その通路のレッドゾーンのクエストをクリアしないとダメらしい。そこはまた別の機会に頑張ろうと思う。


「紗雪さんはレッドゾーンには行かないんですか?」

「ちょうどクエストを受注しまして」

 私はクエストの内容を説明した。

「なるほど。オーシャンメタルの採取でしたらスコップを持っていくといいですよ」


 リルリルさんがお店に並べてあるスコップを両手で持ち上げた。金属製でちょっと重たそうだ。


「さしあげますけど、いります?」

「いえ、そんな。いつも悪いですし。今回は買わせてください」

「今日までの収支で言うと、私の方がボロ儲けレベルですよ? 紗雪さんにはいつもお世話になってますから遠慮なさらず」


 そんなにポーションの売れ行きっていいんだ。


「それでも買わせてください。リルリルさんとは今後もいい関係でいたいですから」

 リルリルさんがちょっと嬉しそうにしてくれた。

「では、三割引きにしましょうか。それでいいですか?」

「はい。それでお願いします」

「1050ポンですね」


 あれ、思ったよりも安かった。けっこう立派なスコップだったからもっとお値段がすると思ってたよ。

 支払いを済ませる。

 スコップをリュックに入れた。カバーがあるし、使った後もリュックの中に入れて大丈夫そうだ。


「じゃあ、いってきます!」

「はい、いってらっしゃい! あ、そうだ」


 歩き出しかけて、私はピタッと止まった。


「美味しいものは食べられましたか?」

「はい! バッチグーです!」


 右手でサムズアップして笑顔を見せた。

 リルリルさんに見送られながら1番通路へと向かう。

 胸がドキドキする。心の奥底に眠る闘争本能が今か今かと目覚めたがっててうずうずしてる感じ。

 いったいどんな冒険が待ってるんだろう。わくわくしながら歩いていった。



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