第32話 ジャージに着替えよう
ピチャピチャ――。
ピチャピチャピチャ――。
私の髪の毛とかスカートから水が滴り落ちていく。水滴をたどれば私がどこをどう歩いてきたのかはっきり分かっちゃうと思う。恥ずかしい。
「ううう……。靴の中がびちゃびちゃで気持ち悪い」
せめて足の裏を拭いてから靴を履くべきだったかな。でも、拭くものが何もないしなー。
正面方向から数人の女子高生たちが歩いてくる。すれ違うときに思い切り見られてしまった。
「うわ」
「なにあれ」
「やっぱりダンジョンって変な人が多いんだねー」
私に聞こえるような大きめの声で嫌悪感を伝えられてしまった。
まあでもそうだよね。私だって全身ずぶ濡れの女子高生がいたら「うわー」って思うもん。
「なんかさ、幽霊みたいな人だったね」
「ねーっ。テレビとか井戸の中から這いでてきそうだったー」
「それそれー。ちょっと綺麗系の子だっただけに、逆にコエーって感じー」
ぐはっ……、たぶんそういうふうに見られるとは思っていたけど、いざ言われてしまうと心にダメージがあった。
ん……? でもよく考えたら、ちょっとだけ褒められてなかった?
いやー、ははは……、まさかね。そんなわけないない。だって、小学生の頃から幽霊女子の名を欲しいままにしていた私だし。褒められるなんてありえないよ。
女子高生たちはそのまま私を心配することなく、小川の方へと歩いて行った。濡れた服よりも冷たい人たちだったな。
もういっそ長い髪で顔を隠して、オバケみたいに手をちょこんと下に向けて歩こうかな。みんなが悲鳴をあげてくれるかも……。
いや、やっぱりダメだ。そんなことをしたら、みんな武器で襲いかかってきそうだし。
まあいいや。しょうもないことを考えるのはやめやめ。早く着替えようっと。変な目で見られたくないし。
それから5、6分歩いたかな。
ちょっと広いところに出た。
「ここは木がたくさん生えてるね」
土に囲まれたダンジョン内なのに、小さい森ができているのはちょっとびっくりだった。
「ここなら隅の方で着替えても大丈夫かも」
木々の中へと入って行く。茂みをかきわけたりして、なるべく目立たないところへ――。
お? かなりいい場所を見つけたと思う。
入口からも出口からもほとんど見えない場所だ。
大きな木の幹に完全に隠れられるし。近くに背の高い草が多いから、私に誰かが近づいてくれば何かしらの音は出ると思う。
「よし、ここで着替えよう」
ちょうど戦いの熱が冷めてしまって身体がますます寒くなってきたところだ。風邪をひいたらたまらないから、すぐに着替えないと。
私はサメのリュックを肩から下ろした。着替えとして持ってきているジャージの上と下を取り出す。
よし、脱ごう。
いちおうもう一度だけ周囲をチェックしておく。このエリアには誰も来ていないのを確認。大丈夫そうだ。
ブラウスのボタンを上から外し始めた。
冷たいブラウスがお肌から少しずつ離れていく。徐々に解放感が出てきたよ。
ブラウスのボタンを外しきって脱いでしまう。濡れて冷たくなっているブラウスを脱いだことでだいぶ安心感が湧いてきた。
「ブラジャーも脱がないと……」
こっちもびちゃびちゃだ。
私は手を後ろに回してホックを外した。
ブラジャーが浮いたことで私の乳房が空気を感じた。
「ああ、解放感」
でも、急に恥ずかしくなってきた。
「私、外でおっぱいを丸出しにしちゃってる……」
誰かに見られたらおおごとだ。
顔が熱くなってきた。急いで着替えようっと。ブラジャーを脱ぎ去って上半身裸になってしまう。
次にスカートのホックを外してチャックを下ろした。そして、片足ずつ脱いでしまう。
もうあとはショーツだけ……。そのショーツにも指をかけた。
「う……。越えてはいけない一線を越えようとしている気がする……」
ここを越えてしまったら、私は新しい何かに目覚めてしまう気が……。
「いやでも、ぐしょぐしょのショーツを穿いて歩くのはイヤだ」
思い切ってショーツを下におろして片足ずつ脱いだ。
ばーん。これで私は一糸まとわぬ姿だ。
どこからどう見てもすっぽんぽんだよ。外ですっぽんぽんなんて何歳のとき以来だろうね。
普段は服の下に隠れている部分が外気にさらされちゃってる。ひんやりして力が入らないようななんとも言えない感じがある。
「でも、いざやってみると思ったよりも裸っていいかも」
フレッシュな気持ちになれる気がする。
なんとなく両腕を広げて深呼吸をしてみた。ダンジョンの空気と木々の香りを全身で吸い込むようにする。
「ああ……、すごくいい気持ち……。新しい自分になっていく気がする。この状態でハンマーを持って戦ったら絶対に爽快だろうなー」
そもそも人間って昔は裸で戦ってた生き物だよね。きっと私も本来は裸で戦うべきなんだろうな。
なんとなく、ハンマーを手に取って思いっきり振ってみた。ぶるーんと良い音がする。普段ブラジャーで抑えている胸が大きく揺れたのはすごく恥ずかしい気がするけど――。
「うん、やっぱり私、この方が力が入る気がする」
って、んおおおおおおおおっ。私が来た方向から何人かが歩いてくる音がする。
私はパッとしゃがんで小さくなった。
こっちに来ませんように、こっちに来ませんように、こっちに来ませんように。今の私の状態を誰かに見られてしまったら変態扱い確定だ。
ドキドキ。ドキドキドキ……。
心臓がばっくんばっくんする。冷えきっていた身体がドキドキ感のおかげで火照り始めてきた。
あー、ドキドキするー。
誰にも見られていないはずなのに、いろいろな人たちから見られている気分になってしまう。
見られませんように……。本当に誰にも見られませんように……。
数人の足音が一度近づいた。
私の鼓動が速くなった。
私はますます小さく丸まった。私の太ももに大きな乳房が押しつけられて潰れている。
必死に音を出さないようにして私は自分の鼓動を聞き続けた。足音はさらに近づいてくる。
ドキドキ……。ドキドキドキ……。
そうして過ごしていると、足音はだんだん遠くなっていった。
それから30秒くらい待った。
ドキドキしながら木の陰から少しだけ顔を出す。周囲を確認してみたけど誰もいなかった。
「よ、良かった。このエリアは素通りしたんだね」
このエリアでクエストを始める人たちじゃなくて本当に良かった。
今のは私の人生で一番のピンチだったかもしれない。さっさと着替えなかった自分がいけないんだけどさ……。
よし、早くジャージを着ようっと。でないとまた次の誰かがこのエリアに来ちゃいそうだし。
ジャージの下を穿いて、上のジャージに袖を通した。うーん、スースーする。上も下も。
「シャツも持ってきておくべきだったかな」
この格好で家まで帰るのか……。人の視線がすごく気になりそう。ちょっと億劫だ。
でも――。
「むふふふふ」
私は一人でにやけた。嬉しいことを思い出したからだ。
「空き瓶ゲットだぜ」
これで空き瓶が3個だ。3個同時にポーションを作成できるよ。そう思うと心は晴れやかになっていく私だった。
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