第30話 ザリガニを倒せ!

 私はハンマーを両手で構えた。

 私の長い髪から水の雫がボタボタ流れ落ちる。


 全身ぐっしょりで冷たくて気持ち悪い。ブラウスもスカートもお肌に張り付いてる。きっと私のリボン付きのブラジャーが綺麗に透けちゃってると思う。

 恥ずかしいけど、気にしない。それよりも目の前のザリガニを早く倒したいって気持ちの方が強いから。


「ブレザーは脱いでおいて正解だったね」


 脱いでいなかったらブレザーが水を含んで重くなって、ぜんぜん身体が動かなかったと思う。そうなっていたら、きっと水の中から逃げ切れなかったよ。


「花の女子高生をびしょびしょにしたことと、私の透けブラをしっかりと見た責任、しっかりとってもらうからね」


 あ、動く――。今、ザリガニの攻撃意思をはっきりと感じたよ。


「……?」


 なんだろう。左側のハサミを私に向けてカパッと開けたんだけど。距離があるし、あのハサミはどう振り回しても絶対に私には届かないはずだけど。


「って、うわわっ!」

 ハサミの奥から何かがビューって飛び出てきたーっ。うっそーっ。完全に予想外だ。

「ぶへえええええっ!」


 あああああああああっ、痛ーいっ。ハサミの中から飛び出てきた何かが私の顔に思い切りぶつかってしまった。

 まるでお相撲さんに張り手をされた気分だ。そのくらいの衝撃があったよ。痛すぎて一瞬、目の前が真っ白になってしまった。


「ハサミってそういうふうに使うんだっけ?」


 ぶつけられたのはなんだろう。ハサミの中から飛び出た水の塊かな?

 そういえば私がさっき川につっこんだときに似たような痛みがあったっけ。あれはザリガニが水の塊を飛ばしたのが私のお尻に当たっていたんだね。

 私は衝撃にびっくりして尻もちをついてしまった。水しぶきがあがる。


「いたたたーっ」


 どうにか片目を開けた。って、もう次の水の塊が飛んできそうだ。右側のハサミが私に向けられているよ。

 痛がってる場合じゃない。私は這うように移動して、どうにか立ち上がった。

 水の塊が私の髪の毛をかすめていく。ギリギリ当たらなかったね。


「今度はこっちから攻撃するよ!」


 水をばしゃばしゃ言わせながら駆けていく。

 まっすぐにつっこんで行くんじゃなくて、回り込むようにして近づいていった。じゃないと水の塊を避けられないと思ったからだ。

 私の走ったすぐあとを水の塊が通っていく。読み通りだね。


 ザリガニに接近するにつれて水底が深くなっていく。でも、このくらいの深さなら私のスピードに影響はないかな。

 私は胸をそらすようにして大きくハンマーを振りかぶった。

 ザリガニは水の塊をぶつけるのを諦めたみたいで私に急接近してきた。そして右のハサミを私の顔に伸ばしてくる。


「てええええええええい!」

 にぶい衝突音がしてハンマーとハサミがぶつかり合う。完全に私のパワーが勝った。負けたハサミは、ザリガニの腕の限界まで高いところへと伸びきっている。大チャンスだ。身体ががら空きになっているよ。

 その隙を絶対に逃さない。ここでいっきに勝負を決めるんだ。

 私はいっきに間合いを詰めた。そしてハンマーでザリガニの側頭部を殴り飛ばす。


「ていっ! ていっ! ていっ!」

 同じ方向に三回殴った。

「このっ! このっ! このっ!」


 次は上から三回、ザリガニの頭を叩きつけた。

 ピクッ……。ピクッ……。ピクッ……。うわー、ダ、ダメだ。まだ生きてる。さすがにしぶとい。


「えいっ! えいっ! えいっ! えいっ! えいっ! しぶといなあ、もう! そろそろ死んで! お願いだから!」


 ザリガニの身体のいろんなところをハンマーで叩きまくった。

 最後にドスンッとザリガニの背中あたりにいいのが入ったと思う。それがきっとトドメになった。


『ワイルドクレイフィッシュの討伐に成功しました!』

 あ、メッセージウインドウが出た。ザリガニを倒せたみたい。もうピクリとも動かないね。


「私の勝利だね。ブイッ」


 小さくブイサインを作った。

 ていうか、あのザリガニってワイルドクレイフィッシュっていう名前だったんだ。


「きみってフィッシュだったの?」


 私は動かなくなったザリガニに聞いた。もちろん何も答えは返ってこない。

 フィッシュってお魚だ。とてもお魚っぽい見た目には見えないんだけど。ネーミングした人はどういうことを考えていたんだろうか。会えたら理由を聞いてみたいなって思った。

 ふう……、とりあえず、勝てて良かったよ。

 私の身体からパワーと緊張感が抜けていく。ふいーっと大きく息を吐いた。肩が脱力して、ハンマーが勝手に地面についた。


「ふあ~~~~、倒せた~~~~~~」


 倒せたって分かった瞬間に、身体が冷えを感じ始めた。

 ぶるぶる。ぶるぶる。すごく寒い。唇が紫色になっているかも。


「ふえーーーーん、怖かったよーーーー。でも、ちゃんと倒せたーーーーー」


 今更やってきた恐怖に心があっさり押しつぶされてしまった。ポロポロ、ポロポロ、ちっちゃい子供みたいな大粒の涙を流してしまう。


「顔、痛ーーーーーい。お尻もヒリヒリして熱いよーーーーー。でも、勝ったーーーーー。気持ち良かったーーーーー」


 嬉しい。本当に嬉しい。

 本能をむき出しにした命がけの戦いに勝つって、こんなにも嬉しいことなんだ。

 泣きながら笑顔になっている。他の人から見たら変な女の子に見えてるかも。

 でも、それでいいんだ。こういうのが私の青春の一ページなんだから。



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