第29話 急襲! 水中バトル!

 いったい何が起こったんだろう――。

 なんて疑問が脳内に湧き上がったけど強引に押し留めた。だってこの状況を考えるに、ザリガニのモンスターに後ろから攻撃をされてしまったに決まっているんだから。じゃなきゃ私が顔から小川の中につっこんでしまうわけがないんだよね。


 いつ私の後ろに回りこんだのかは分からない。でも、この状況で分かっていることもある。すぐに何か行動をしないと私が死んじゃうってことだ。

 ここはダンジョン。命の奪い合いをする場所だ。一瞬の判断ミスが致命傷になってしまうことはいくらでもあると思う。

 後ろから何かがせまってくる気配を感じる。


「ぐぼっ。がぼぼぼぼぼ――」


 口から空気が泡になって出ていく。ダメだ。口を閉じないと。酸素は命をつなぐために必要だ。

 私、水の中のけっこう深いところに入ってしまったみたい。前のめりに水に入ったのにまだ地面に手が届いていない。


「うぐぐ……」


 大ピンチだ。

 こうしている間にも私の後方からどんどん殺意がせまってくる感じがする。迷ってる時間はない。野生に返ったつもりで、生存本能の赴くままに行動してみるしかない。


 私は思い切って水中ででんぐり返りをしてみた。頭を下にして足が上にくる形だ。そうすることで後ろにいる相手をはっきりと視認できる。

 いた。やっぱりザリガニのモンスターだ。かなり大きい。あと、ハサミで私を狙っている。今ならギリギリ間に合いそうだ。


 私は身体のひねりを利用して、握りしめていたハンマーを思い切り横に振ることにした。

 もしもハンマーを振るタイミングが合わなかったら、あの大きなハサミに身体のどこを挟まれてしまうだろう。たぶん、左足かな。挟まれたらひとたまりもないと思う。


「うああああああああああああああああああっ!」


 っと心の中で力いっぱい叫ぶ。

 ザリガニのハサミに襲われる恐怖心を振り払いながら、私は力いっぱいにハンマーを叩きつけた。

 ゴンッとにぶい音が水中に響いた気がした。私のハンマーはしっかりとザリガニのハサミの横側を叩いて弾き飛ばした。


 上手くいった!

 でも、私は水中で横に大きく回転してしまった。ハンマーを強く振った反動だ。

 ハサミは二本あるから次の攻撃がくるかもしれない。水中で変な態勢になっちゃったから次のハサミはしのげない。

 どうしようか一瞬考えて、考え終えたと同時に私の身体はもう動いていた。


「ぐぬっ!」


 渾身の力で水の中の地面をハンマーで叩く。それが上手くいった。

 ハンマーの柄の長さの倍くらいの距離を移動することができた。

 移動する途中で右足の太もも付近に冷たくて硬いものがかすった。たぶん、ハサミだと思う。すごく危ないところだった。もしも挟まれていたらどうなっていたことか――。


 よし、ここからはバタ足で逃げるよ。全力でね。

 本当に全力で浅瀬に行かないと! バタバタしまくる。

 これで逃げ切れなかったら、学校の水泳の授業がしょぼかったせいだね。今日まで私に泳ぎを教えてくれた全ての先生たちを信じてるよ。

 思い切りバタバタしまくる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 バタバタ。バタバタ――。

 やった。顔が水上に出た。息ができる。

 酸素を吸いながらバタ足を続けた。バシャバシャしまくる。

 少し後ろを見てみた。


「ひえええええええええええええっ。ザリガニの口ってきもいいいいいいいいいい!」


 見るんじゃなかった。あんなのにちょっとでも噛まれたらそれだけでショック死しちゃうよ。


「もっと全力を振り絞らないと!」


 頑張れ、私のバタ足。バタバタ、バタバタ、バタバタしまくった。水しぶきがかなり高く上がってると思う。私が必死な証拠だ。


「あああああっ、ダメ。ぜんぜんダメ。一生懸命バタ足してるのにすぐに追いつかれる。ザリガニが泳ぐの速すぎる!」


 たとえレベルが上がってステータスがアップしていても、やっぱり水場に住んでる泳ぎの本職にはぜんぜん敵わないみたい。


「根性~~~~っ。根性~~~~っ!」


 我ながららしくないことを言っている自覚はある。根性とか気合とか、そういう暑苦しい言葉はぼっちで暗い顔の女子高生にはまったく似つかわしくないよね。

 でも、似つかわしくなくても、死に物狂いで叫びながらバタ足をしたのが良かったのかも。


「これくらい浅瀬にくれば大丈夫!」


 私は地面に足をついた。水は腰のすぐ下くらいだ。

 振り返ってザリガニと対峙する。ザリガニが右のハサミで攻撃をかけてきた。私はハンマーで応戦しよう。

 ハサミとハンマーがにぶい衝撃音をあげる。


 私はあえて力を少し抜くことで、ハサミにハンマーを押させた。その押させたパワーを利用して、さらに浅瀬へと移動する。

 水が私の膝の高さになった。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 疲れた。でも、私は勝ち誇った表情を一瞬だけ浮かべたと思う。

 だって、絶体絶命の状況から無傷で切り抜けることに成功したんだもん。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 私はハンマーをザリガニに向けた。私の胸の高さにあるザリガニの目が、しっかりとハンマーを睨みつけている。


「ザリガニさん、水の中で私を倒せなくて残念だったね! 私、ここなら絶対に負けないよ!」


 さあ、反撃開始だ。絶対にこのザリガニを倒して空き瓶をゲットしてみせる。

 私の言葉を威嚇ととらえたのか。ザリガニは両方のハサミを高くかかげて私に強い殺意を向けてきた。すごい迫力だった。



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