第20話 VS赤いトカゲ

 心臓がドキドキする。

 イヤな緊張感だった。別に寒くないのに身体がどんどん体温を下げてしまう感じ。

 ハンマーを握る手が冷たい。力が入っているのかいないのかよく分からなかった。


「ふう……」


 私、呼吸をしているんだろうか。それもよく分からない。ただ、心臓の音だけは不思議とよく聞こえていた。

 ドキドキする。私に背を向けて火薬花のつぼみを食べようとしているあの赤いトカゲは、間違いなく強いモンスターだってはっきり分かる。


 でも、勝てない相手じゃないとは思ってる。だって、あの赤いトカゲは私よりも小さいし体重だってだいぶ少ないと思うから。だから本気のとっくみあいになったら私が勝つと思う。

 ただ、無傷で勝てるとは思えなかった。赤いトカゲの口は大きいし、爪は鋭い。とっくみあいになったら私は傷をいっぱいつけられちゃうと思う。


 でも、大丈夫――。だって私にはポーションがあるんだから。血まみれになってもポーションを飲めば完全に治療できるよね。

 分があるのは、私だ。

 というわけで、さあ、いくよ。

 赤いトカゲはもう目の前だ。火薬花のつぼみを食べようと手を伸ばしている。


「ダメ。それ、私のだから!」

「グッ?」


 私にぜんぜん気がついてなかったんだね。私があまりにも弱そうだから無視してるんだと思ってた。

 完全に意表をつかれて動きを止めてしまった赤いトカゲに、私は先制攻撃をかけた。ハンマーを大きく振りかぶって、赤いトカゲの脳天に思い切り振り下ろす。


「ウギャーーーーーーーーーー!」


 後ろからとは卑怯なりーとでも言いたげな声だった。

 しっかり攻撃が入ったね。赤いトカゲの頭を潰した感触があったし、衝撃で赤いトカゲが地面に手をついている。


「このままいっきに仕留めるよ! つぼみは食べさせないっ!」


 ハンマーを構え直して渾身の一撃を叩きつける。

 でも、そう甘くはなかった。

 赤いトカゲが四足歩行になって地面を全力で駆け出した。小さいトカゲのすばしっこさを思い出すような動きだった。

 あっという間に私と距離をとってしまう。仕留めきれなかった。


「逃げるのかな……。違った。攻撃だ」


 再び両足で地面に立ってから私に向かって走ってくる。爪と牙をぎらつかせて私の身体に飛びかかってきた。

 たぶん爪で組み付いてから私の肩を牙でえぐる気だ。いや、違うかも。もしかしたら首を噛みちぎろうとしているのかも。


 なんにしても恐ろしい。赤いトカゲの必死の迫力を感じた。

 私は心臓がバクバクする音を聞きながら真横に回避した。

 私がいた場所に赤いトカゲが口から突っ込んでくる。でも、私がいないからか、赤いトカゲはバランスを崩してしまった。虚空に噛みついて、びっくり顔で地面に転がっていた。


「きっと、今なら逃げられる――」


 でも、私の身体は完全に真逆の行動をとっていた。

 今ならあいつを倒せるぞ、と身体の奥底から強烈な指令が発せられたからだ。

 私の中に眠っていた野生的な本能か何かだろうか。今だぞ、あいつを倒せ倒せ倒せとうるさく指令を発してきて私の身体を条件反射的に動かそうとしてくる。

 私はその本能的な指令に従うことにした。


「うあああああああああああああああああ!」


 ハンマーをしっかりと両手持ちして、声を振り絞りながら思い切り攻撃を繰り出した。ハンマーがぶるんと低い音を発して赤いトカゲの背中にしっかりと入った。

 重い一撃だったと思う。ハンマーがしっかりと赤いトカゲにダメージを与えたはずだ。


 やったかも――。

 私はハンマーを引っ込めた


 その瞬間だ。赤いトカゲがダッシュした。まだそんなに動けたんだ。絶対に身体の中の臓器とかにひどいダメージがあったと思うのに。

 モンスターの耐久力は想像以上だったようだ。

 赤いトカゲがジャンプしながら私と距離を取った。しっかりと間合いを取って私をにらみつけてくる。


 私は真っ青になる気分だった。

 もっと何度もハンマーを叩きつけないとダメだったんだ。生き物を倒すのはそう簡単なことじゃない。やりすぎるくらいにやらないと、トドメなんてさせないってことだ。私が甘すぎたよ……。


「グギッ!」


 赤いトカゲが奇声をあげた。今のはなんだろうか。悲鳴とは違う感じだったけど。

 赤いトカゲの足腰はだいぶ弱ってる。立つ姿にはもはや迫力がない。

 カチッ――。カチッ――。


「なんの音?」


 赤いトカゲから変な音が聞こえてくる。

 カチッ――。カチッ――。

 聞いたことがあるような音だった。なんだっけ、この音は。あ、そうだ。まるで火打ち石で火をつけようとしているような感じの音だと思う。


 赤いトカゲが牙と牙を口の中で打ち付けているんだろうか。それで何かをしようとしているみたいだ。

 赤いトカゲが口を大きく開けた。その口の向く先にいるのはもちろん私だ――。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「え――」


 なにそれ。炎のビーム? 熱線? なんか魔法みたいな攻撃が私に向かって放たれたんだけど。

 それが速すぎて私はまったく避けられなかった。



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