第11話 紗雪の日常

 私、千湯咲紗雪は、毎朝7時ちょうどに起きる。……。……。……んー、やっぱり嘘かも。二度寝をするから、起きるのはたいてい7時10分くらいかな。

 起きてからは20分くらいかけて鏡の前で長い髪を整える。私の髪って毎朝かならず寝癖で大爆発するんだよね。そんな面倒な髪を半分寝ぼけながら整えている間に目がしっかり覚めてくる。


 ちなみに朝はシャワーを浴びない派だ。だって髪が長くて多いから、乾かすのに時間がかかってしまうタイプだからだ。

 時間をかけて髪を整えたら、ブレザーの制服を着て黒タイツを穿いて、テーブルに行ってパンを食べる。


「いただきます」


 朝はそんなに食べられないからパン一枚だけだ。適当にジャムを塗って食べることが多いかな。

 ちなみに私の両親は海外に行っちゃったんだよね。だから私は一人暮らしだ。


「ごちそうさまでした」


 食器をかたして朝の支度がぜんぶ終わるのが7時50分くらい。

 それからサメのリュックを背負って家を出る。


「いってきまーす」


 家には誰もいないけど、なんとなく「いってきます」を言ってから学校に向かう。

 家から駅までは徒歩10分。そこから電車に7分乗って、降りてから15分くらい歩くと高校に着く。それでたいてい始業5分前くらいの時間かな。私は登校ギリギリ派なんだよね。だって友達がいないから早く行ってもつまらないし。


「さーて、今日も一人で授業を頑張りますか」


 むなしいひとりごとを静かに言ったと同時に、担任の先生が教室に入ってきた。

 ああ、友達が欲しい。そう願うけれども、今日までできた試しがないし、もう永遠にできることもないんだろうなって思ってる。もはや私はほとんど諦めてしまっているよ。




 チャイムが鳴って授業がいったん終わり。お昼休みだ。

 私は基本的には毎日ぼっち飯だ。

 ぼっちってトイレとかひとけのないところでご飯を食べる勢がいると聞くけど、私はそういうタイプじゃないよ。堂々と自席でぼっち飯をするタイプだ。


 友達がいない人生を何年もやっていると、クラスメイトの視線とかわりとどうでもよくなってくるんだよね。ぼっち飯を恥ずかしがるのはまだまだぼっち初心者だ。もっと精進するといいよ。


「さて、購買に行こう」


 この高校の購買のパンは美味しいんだよね。それを知ってから、私のお昼ご飯は毎日のようにパンだ。

 購買に行ってパンを買って、ササッと自席に戻ってきた。さあ、ぼっち飯の始まりだ。


「あんパンとクリームパン、ふふふ、どっちも好きなのを買えて大満足だ♪」


 幸せな気持ちになりながら、パンにかぶりつく。

 ん? 三つ前の席から女子たちの会話が聞こえてくるぞ。


「田中さーん、あれー。今日は一人なのー?」

「うん、なんか部活が休みでー」

「じゃあ私たちと一緒に食べるー?」

「うん、食べる食べるー」


 田中さんが私の三つ前の席の女子集団に加わったぞ。楽しそうにお食事会を始めちゃった。

 ……あ、あれ? あれー?

 私も一人なんだけど。

 私も一人なんだけどー? どういうことー?


「……はあ。クリームパン、美味しいな」


 でもこのクリームパンはなんだかしょっぱいや。ぐすん。

 泣いたらダメだよ。いつものことでしょ。ぐすん。

 ダ、ダメだ。目の前の現実がつらすぎる。ダンジョンのことでも考えよう。


 私はスマホを取り出した。ダンジョン攻略の情報が集まるページを開く。昨日戦ったファイアーアントの情報でも調べてみようか。

 みんなが書き込んだ効率の良い倒し方が綺麗にまとまってるね。うーん……でも……、あまり参考にはならないな。脚に硬い防具をつけて挑もうぜとか、なんだかお金がかかりそうなのばっかりだった。


「……ん? あれ? ファイアーアントの攻略推奨レベルは15? 5じゃないの?」


 石板にはたしか5って書いてあったはず。

 うげ。三人以上で挑むときなら、攻略推奨レベルが5になると思えって書いてある。

 ソロの場合だと、かなり余裕を持ったレベルになってから挑むのがお勧めって書いてるね。理由は地面の中から不意打ちをされて、もしも重傷を負ってしまった場合に勝つのが困難になるからだって。


「ふふふ……。私、勝ったけどね……。まあ命がけだったけど」


 死ぬこともあるだろうから、初心者は特に万全の準備をしてから挑むことって注意書きまであるね。まったくその通りだよ。本当にそう。


 あと女の子は換えのタイツが必要だと思う。私、タイツが破れたまんま帰宅したんだよね……。

 それがよっぽど色っぽい破れ方だったのか、あるいは何事かあったのかと心配されてしまったのか、私の脚に男女問わず様々な人からの視線が集まってしまって本当に恥ずかしかった。


「とりあえず今後は、換えのタイツとか予備の服を用意しておこうっと」


 女の子だし、ボロボロの服じゃあ外は歩けないしね。

 あれ、田中さんたちがダンジョンの話をしているみたいだ。声が大きくて聞こえてきた。


「ねー、そういえばさー、昨日、ダンジョンのけっこう奥にね、ソロ攻略してる意味分からない女子がいたんだよね」

「なにそれ。ヤバくない?」

「ヤバいよね。変態だよね」


「うん、変態ー」

「ガチ攻略勢っぽいのに防具もなしで、制服のまま戦ってたんだけど」

「うわー、重度の変態だねー」


 グサ。グサグサグサ。私の心に矢が刺さりまくった感じ。

 そうか、私って変態寄りだったんだ。そうは見られないようにスカートの長さとか気をつけてたんだけどな。お肌を出したくないからタイツだって穿いてたのに。でも、そういうのはぜんぶ無駄な努力だったんだね……。制服のまんま戦ってたら変態かー。


「それって同級生?」

「んーん。上級生」


 なんだ。私じゃないんだ。それなら別にいいかな。


「体育会系の人?」

「んーん、すっごい綺麗な人だった」

「綺麗な人がダンジョンに一人でいたの?」

「うん。ダンジョンには不釣り合いだった」


「でしょうね。あーでも、もしかしたら綺麗だからこそ、日常生活にストレスがあってーとかいろいろとあるんじゃない?」

「あー、なるほど。それなー。私、分かるー」

「いや、あんたじゃ分からなくね? 共感できそうな要素が見当たらないんだけど」

「ちょっ、ひっどーい」


 ……ダンジョンの会話、私も加わりたいな。「ねえねえ、みんなはありんこ倒した? 私、ソロで倒したよ」とか会話してみたい。

 うずうずする。でも、声をかけに行く勇気は出なかった。


「はあ……、私、ちょっとぼっちでいることに慣れすぎちゃってるのかも」


 その綺麗な先輩っていう人もぼっちなんだろうか。いつかその人に会ってみたいな。もしかしたら仲良くなれるかもしれないし。

 ただ、話を聞くにかなりガチ勢っぽいかな。今の私だと、もし会えたとしても相手にしてもらえないかも。もっとレベルを上げないとだね。



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