第9話 ありんこに負けるな!

 私の右の足首に赤いありんこが噛みついている。いや、ありんこっていうか、もっと大きい。小型犬みたいなサイズがあるよ。巨大なありだ。しかも、身体のところどころに火がついていて怖すぎる。


「きゃああああああああああああああああああっ、うわわわわわっ、うーーわーーわーーわーーっ」


 我ながら綺麗な音で悲鳴をあげられた気がする。悲鳴コンテストがあったら全国大会で一位をとれてたね。

 なんてことを考えながら私は思いっきりパニックになった。


 足首が痛い、ありんこおっきい、ありんこ気持ち悪い、ありんこ怖い。あとなんか足首じゅわじゅわしてる。

 これ、きっと酸で溶かされてるんだ。学校で習った蟻酸っていうのだね。ありさんじゃないよ、ぎさんだよ。ああ~、勉強しておいてよかった。ってあれ? でも知識だけあってもこの大ピンチで何の役にも立ってないじゃん。学校の授業って何も意味がないんじゃん!


「わわわわわわわっ、足首が骨になる骨になる骨になる。いや、骨ごと溶けるかも」


 私の正面にメッセージウインドウが現れた。何か助けてくれるんだろうか。期待して文章を読んでみる。


『ファイアーアントが現れた』


「それとっくに知ってるからっ。メッセージウインドウが出るのだいぶ遅いよっ。攻撃される前に出てきてよっ」

『善処します。その他、ご要望等ございましたら、お問い合わせフォームからよろしくお願い致します』

「へえ~、ダンジョンってお問い合わせフォームがあるんだ」

『冗談です。フフフ……』


「システムに冗談を言われた!」

『早く倒さないと足がなくなりますよ』

「そうだった」


 ここでは誰も助けてくれない。モンスターと命のやりとりをするダンジョンなんだ。痛くても怖くても泣きたくても自分の命は自分で守るしかない。

 私はハンマーを手に取った。


「女子高生の脚をよくも傷物にしてくれたね!」

 ガツーン! 思い切りファイアーアントのボディに攻撃をした。


「黒タイツがやぶけちゃったじゃない!」

 ガツーン! もういちど同じところを攻撃した。


「私、生脚自信ないのに、もっと自信なくなっちゃうでしょ!」

 ガツーン! 同じところをもう一度攻撃した。


 やった。ファイアーアントの顎の力を弱めさせることができた。私はパッと右脚を上げて、元気な方の足でぴょんぴょんしながら広いところに逃げた。


「うわわわわわわっ。いーーーたーーーーいーーーーー」


 ひーっ、涙目になってしまう。人生史上、感じたことのない最低な痛みだった。

 見てみたら皮はやぶけてるし、血はだらだらでてるし、肉までかなりダメージを受けている感じだった。見るも無惨な感じだ。見るんじゃなかった。


 私の脚にこんなことをしたファイアーアント、絶対に許せない。本当なら脱兎のごとく逃げるところなんだろうけど、痛い思いだけをして帰るのはイヤだった。

 あと何発くらい攻撃をすればいいのか分からないけど、頑張って戦ってみるよ。


「って、あれ。ファイアーアントがいない?」


 どうしよう。見失っちゃった。もしかして、土の中にもぐちゃった? それとも逃げたんだろうか。

 緊迫感あふれる空気だ。パニックになった分、身体は温かい。けど、冷や汗は凄いことになってる。


 ……いる。どこかから私を狙っている気がする。でも、どこからかは分からない。

 ゴオッと後ろから音がした。それ、火を起こしたときの音じゃない?

 振り向いてみたら、ちょうど炎の球が私のお尻に着弾したところだった。


「うっそでしょおおおおおおおおおおおお! 火は反則! 火は反則!」


 でも、ファイアーアントなんだから火を使って当たり前だよね。

 制服のスカートをバタバタ両手で叩いた。スカートが揺れる。揺れすぎてスカートの中が見えてしまっているかも。でも、そんなこと気にしてられない。

 念のため尻もちをついて土にスカートを押し付けた。


「た、たぶんセーフ?」

 スカートは燃えなかった。さすがは学生が着る制服だ。丈夫にできているみたい。

「くっ。新入生の制服を燃やそうとするだなんて、ますます許せない」


 あ、しまっ。またファイアーアントを見失ってしまった。ハンマーを地面につけて頑張って立ち上がりながら探す。やっぱりいない。

 どこから出てくるんだろう。私はきょろきょろした。うーん、なんとなくだけど後ろに出てくるんだろうなって感じた。


 このへんかなーとあたりをつけて五歩分だけ後ろに歩いてみた。その五歩目で、ファイアーアントがよっこらせと私の目の前の地面からはいでてきた。なんと自分でもびっくりだけど、完全に背後を取れてしまった。

 ファイアーアントが「あれ? いないぞ?」ってリアクションをとっている。


 フフフ、私は暗くて嫌味な顔になった。幽霊みたいな私だし、けっこう怖い顔になってるんじゃないかな。

 私は両手でハンマーを思い切り振り上げた。そして、容赦なくファイアーアントの頭に振り下ろす。クリーンヒットだ。


 ハンマーをあげてみるとファイアーアントの頭がへっこんでいた。ファイアーアントが絶命したみたいだ。ぱたりと倒れている。でも怖いからもう二発叩いておいた。

 ぜんぜん動かないね。


『ファイアーアントを討伐しました』


 ってメッセージが出てきた。ちょっと遅いよ。

 でも――、ふう……、よかった。安心した。どうにか勝ったみたい。

 ああ、死ぬかと思った。スリルがあるなんてものじゃなかったね。本物の恐怖ってものを味わったよ。



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