命のカタチ

三橋那由多

命のカタチ

 朝起きたら気持ちが悪かった。真夏の中、クーラーを付けずに扇風機で凌いだ私は服の中が汗でぐっしょりになっていて後悔する。


「クーラー付ければよかった」


 仕方ないので、シャワーを浴びることにしよう。私の部屋は畳張りの六畳間だ。畳の匂いを感じながら布団から出ると、お母さんが私の部屋に入ってきた。お母さんは茶髪の長いポニーテールで、朝はいつもエプロンをしている。


「心愛まだ寝てたの⁈ 遅刻するよ!」

「え?」


 お母さんの一声で、時計を見るといつも家を出る時間だった。急いで制服に着替え、家を出る。


「朝ごはんは?」

「遅刻するからいい!」


 まぶしい日差しを浴びながら、田舎町の畑道を走る。秋になると日差しも相まって、夕方には黄金の小麦畑に見える。今は夏なので、まだ緑の草にしか見えない。

 ある程度走った所で、ふと足を止めた。何だろうこの感覚……。どうしようもない不安感が急に襲ってきた。深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。そんな時、後ろから肩を叩かれた。


「心愛大丈夫か?」


 声を掛けてきたのは、恋人の蒼井直だった。直は心配した様子でこちらを見てくる。青い髪色短髪で高身長細身のイケメン野郎だ。その後ろには、二人の幼馴染の姿もあり、私の事を心配したように見ている。


「大丈夫だよ」

「ここなん体調悪いのか~?」


 私の事をここなんと呼ぶ、ちびっ子翡翠るる。緑の髪色でお団子ヘアーの彼女は、どこでも寝る様な子。危なっかしいから心配になる。


「ましろんあんまり無理するなよ、辛かったら家帰りな?」


 私の名前、真白心愛の名字をあだ名にして呼ぶのは朝緋日菜だ。日菜は赤髪で、私と同じショートヘアだ。身長は私より高く、直より低い。元気で誰にでも優しく、よく人助けをしている。


「みんな心配してくれてありがと。ちょっと遅刻しかけて、走って疲れただけなんだ」

「それでましろん髪ぼさぼさなのか」

「ここなんの綺麗な白髪が痛んじゃうよ~」

 みんなの様子を見て、さっきの不安感が一気に薄れていった。

「ほら心愛じっとして」


 直が鞄から黒色の櫛を取り出して髪を解いてくれる。終わるのをじっと待っていると、るるが直をからかいだした。


「流石彼氏ですなー、ここなんの為に櫛を持ち歩くなんてやっさすぃー」

「言い方腹立つな」


 直は気を許した相手には基本的に当たりが強かったりする。るるは誰でもからかうが、本人に聞くと人は選んでいるらしい。


「みんな、そろそろ行かないと遅刻するよ」


 日菜の一言で、私達は畑道を歩き出した。でこぼこした畑道は非常に歩きにくいが、慣れてしまえばすんなりと歩ける。畑道を抜けると、コンクリート道路が広がっている。そこを真っすぐ行くと商店街があり、その先の住宅街の真ん中辺りに学校がある。ちょうど商店街に入った時に祭りのチラシを見つけた。


「もうすぐ祭りか」

「今年もみんなで行く?」

 直の呟きに私が問いかける。

「俺はそのつもり」

「私もー」

「もちろんいいよ」


 という感じでみんなと祭りに行く事が決まった。


「そういやみんなあれ覚えてるー?」

「あれって逸話の事?」

「そー」


 るるの発言に日菜が尋ねる。私達の地元の夏祭りには先祖代々から伝わる逸話があった。死んだ人間が生きた様子で帰ってくるというもの。


「あれはもう逸話というか、噂話みたいなもんだろ」

「私も直に同感。他にも祭りを盛り上げる為っていうのも聞いたことあるし」

「カップル仲良く夢がないなあー」

「ちなみに私も信じてない」


 日菜の無慈悲に、るるはわざとらしく項垂れていった。そんなるるを日菜が背負って歩きだし、みんなと話しているといつの間にか学校に着いていた。

 この時はまだ幸せだった。私が全てを忘れていたから。


 私達四人は地元から電車で一時間かけて、ショッピングモールに行く事になった。祭りには毎年行っていたが、浴衣は小さい頃しか着て行かなかった。今年はみんな着ようという話になった為、やって来たのだ。


「着いたー」

「ううう」


 るるはのんびりマイペースな様子で、電車から降りる。その隣には、完全に酔っている日菜の姿があった。


「だから酔い止め渡したのに」

「一時間くらいなら大丈夫だと思ったんだ」


 そう、一時間前に直は日菜に酔い止めを渡していたのだ。日菜は一応貰っとくと言いつつ、飲んでいなかった。つまり日菜はバカという事だ。


「ひなっちー、折角酔い止め貰ったのにバカなの?」

「くそう。言い返せない」


 良かったみんな同じ事思ってた。


「とにかくこんな駅前に居たら邪魔だから移動するか」

「うん。日菜歩ける?」

「一応いける」

「じゃあ行こー」


 酔った日菜を無理やり連れてショッピングモールに着いた。ショッピングモールは五階建てで、浴衣のコーナーは三階にあるらしく、エレベーターに向かった。


「ええ、エべレーター乗るの?」


 もう日菜のライフはゼロかもしれない。顔が青ざめている姿を見て流石に不味く感じる。


「ひなっちもう限界だねー」

「一旦カフェで休むか」


 日菜が限界の為、直の一言でカフェに行く事になった。カフェで暫く日菜の回復を待ち、一時間ほどで日菜が回復した。カフェから出て三階に着くと、日菜が元気な様子で声を上げている。


「着いた!」

「急に元気だな」

 直が少し心配そうに声を掛ける。私も念のため釘を刺しておこうと思う。

「回復してよかったよ。帰りは酔い止め飲むんだよ?」

「分かってるって」


 あ、これ帰りも酔い止め飲まなさそう。生返事ってやつだ。


「絶対飲まなさそー」


 るるも同じ気持ちだったようだ。


「飲むから! 早く行こう!」


 先を行く日菜を三人で後を追う。浴衣の専門店に入ると、お店の人が対応してくれる。


「何かお探しですかー?」

「四人分の浴衣探してて、私達に合う浴衣選んでもらってもいいですか?」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 しばらく待つと店員さんが戻ってきて、みんなの髪色に合わせた浴衣を持ってきた。私は白色で直は青色。るるは緑で日菜が赤色だ。浴衣の相場は三千円から一万円らしく、みんな一万円位のものを選んでいた。着付けをすることになり、るるからすることになる。


「るる大丈夫かな」

「何がだ?」


日菜が心配した様子で呟き、直が反応する。


「いや、あの子小さいから大人サイズの浴衣ぶかぶかなんじゃないかなって」

「流石に子供サイズにはされないでしょ」

「いや、るるの身長なら子供サイズにされてもおかしくないか……?」


 なんかどうでもいい事を真剣に考えるの面白い。そうしているうちに、るるが試着室から出てきた。


「なんか失礼な事が聞こえてきたんですけどー?」


 緑色の浴衣が引き摺る事がなく、みんなで「おー!」と歓声を上げた。


「何が『おー!』だよ! 子供サイズとか失礼だよ全くー」

「あのーお客様」


 店員さんがるるに申し訳なさそうに話しかけた。


「なにー?」

「大変申し上げにくいのですが、そちら子供サイズなんです」

「え?」


 私達は我慢できずにクスクスと笑うが、るるは絶望した様子だった。


「成人サイズの一番小さいサイズでも、お客様には大きかったようで……」

「え? まさかの追い打ちだ」


 直が冷静にツッコんだ。流石に心配なのでるるに声を掛ける。


「るる大丈夫?」

「ふふふ、全然大丈夫、子供サイズたのしーなー」


 駄目だショックでまともな会話が出来ない。しばらくそっとしておこう。


「心愛ちょっといいか?」

「ん? どうしたの」

「これ心愛にプレゼントしたい」


 直はそう言って赤色の簪を見せてきた。いつの間に取って来たんだろう。


「いいの?」

「うん。絶対似合う」

「ありがと」


 絶対似合うという言葉が素直に嬉しくて自分でも分かるくらいに、にやけてしまった。


「ねえ、ここなん。私が落ち込んでるのに随分幸せそうだねー。ふふふ、私もここなんにプレゼントあげるよー」


 しまった。流石に落ち込んでいる、るるの前で浮かれすぎたかもしれない。いつのまにか私の横にるるがいた。


「な、何をくれるの?」

「子供サイズの浴衣きっとここなんにも似合うよ」

「るる、落ち着きなさい」


 日菜がるるにチョップをお見舞いした。


「いだぁーい」


 自分の頭を両手で覆い隠し、痛さをアピールするが誰もるるの心配はしない。るるは頭が冷えたようでみんなに謝り、その後みんなの浴衣を選んで私達は家に帰った。帰る際に日菜が酔ったことは言うまでもない。


 一週間後、祭り当日の朝を迎えた。平日の為、学校があるので登校する。みんなと登校して授業を受けて下校した。家に帰ると、またこの前の不安が蘇ってきた。自分の部屋で落ち着きを取り戻すまで一時間もかかった。その後、お母さんに着付けを手伝ってもらう。


「本当に行くの? 無理しなくてもいいのよ?」


 さっき体調が悪かったからその事を心配しているのだろう。でも大丈夫だもうあの不安感はない。


「大丈夫。さっきはちょっとしんどかっただけだから」

「いや、そうじゃなくて……まあいいわ。気を付けて行ってくるのよ」

「はーい」


 お母さんに玄関まで見送られて家を出た。


「おーい! ましろんここだー!」


 待ち合わせ場所の小さい公園に行くと、日菜が大声で私を呼んでいる。その横には直とるるもいて、数人別の人が居た。みんなは右端に寄っていて、他の人もおそらく誰かを待っているのだろう。


「ごめんっお待たせ!」

「俺達は全然大丈夫。心愛凄い息切れしてるな」

「急いでたから。走ったんだけど、うまく走れなくて」


 浴衣には慣れていないから、急いでも上手く走れなかった。みんなも先日買った浴衣を着ていて、なんだか嬉しくなった。


「ここなーん」

「どうしたのるる?」


 るるがどうにもにやけた顔でこちらを見てくる。


「彼氏が他の女二人といてやきもちやいたりしないー?」


 るると日菜が直と何かするようには全く見えないし、もし二人が誑かそうとしても直は真顔でツッコミそうだ。


「しないね」

「るるー? 私を勝手に巻き込むな?」

「ごめんごめんー」


 日菜がるるを軽く叱ると、るるも軽く謝罪する。それを見て私と直が笑う。私はみんなでバカやってみんなで笑うこの空間が好きだ。


「取り合えずもう行かない?」

「ひなっちせっかちだなー」


 そんなやり取りを二人がしていると日菜からお腹の音が鳴り、日菜は顔を赤くした。あれだね、早く行こうとした理由。


「ひなっちお腹空いたのかー、早く言いなよー」


 日菜は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。


「俺も腹減ったから早く行きたい」

「直も? じゃあみんな行こうか」


 みんなお腹を空かせて待ってくれていたようなので、屋台に向かうことになる。向かう前にとても嫌なことがあったが、みんなには言わなかった。周りにいた人達が私達に奇異の目で見ていたがいい雰囲気を壊したくなかったから。


「おー、美味そうな物がたくさんありますなあー」


 みんなはすぐにでも屋台を見て回りたい様子で、特に日菜はお腹が空いたからか今にも飛び出しそうな雰囲気だ。


「よし、少し別行動しよう! ご飯組と遊びたい組で!」

「まあー、私がひなっちに付き合ってあげるよー。二人はちょっとでもデートしてきなー?」


 るるが珍しく気を使ってくれている。日菜はいつも気を使ってくれているが今回はただお腹が空いただけだろうな。


「ありがと。直、行こ?」

「おう」


 私達はるると日菜と別れて行動を始めた。まずは腹ごしらえをしておこうという事になり、私達が好きなたこ焼きを買った。十個入りで五百円と祭りにしてはリーズナブルだ。ベンチに座り、少し冷ます。


「直食べないの?」


 少しいたずら心が芽生えた。


「ん? じゃあ食う」


 自分から言い出したけど、熱々なのに大丈夫かなと思いながら行く末を見守る。直が爪楊枝を使い、たこ焼きを口に放り込んだ。


「うん、美味い。心愛も食べるだろ?」


 あれ、熱くないのかな? 直は大丈夫だったし、湯気は出てるけど見た目より熱くないのかも。


「食べる」

「ほい、あーん」


 直は私に何かを食べさせるのが好きなのか、よくあーんと何かしら口に運んでくる。今日も同じだ、甘んじて受け入れよう。


「あーん、あふっ! アフイ! はふはふっ!」


 直の平気な様子とは異なり、私はたこ焼きを口に入れた瞬間やけどした。そのまま飲み込むのは困難な為、口の中で頑張って冷ましていく。やっとの思いでたこ焼きを食べきると、直がやってやったという感じでドヤ顔をしていた。


「熱いの我慢して食べたでしょ」

「心愛からやって来たんだから文句ないだろ?」

「くっ、言い返せない」

「ほい、あーん」


 まだ熱いというのに、さらに追い打ちをかけようと直がたこ焼きを私に向ける。そっちがその気なら私はたこ焼きを独り占めしてやる!


「ふーふー、あーん」


 そうして残り八個のたこ焼きを食べきった。外はカリカリで中はトロトロで美味しかった。直を見るとなんだか満足したような顔をしてこちらを見ていた。


「なに」

「いや、走って来たからお腹空いてるだろなって思って買ってよかった」


 なんか見透かされている。実際お腹は空いていたから、そんな風に考えて買ってくれたのが嬉しい。


「ありがと」

「どういたしまして」


 照れくささを誤魔化す為に、射的にでも行こうと誘って返事を聞く前に、直の手を握り歩き出した。


「射的の場所反対だぞ」


 クスっと笑いながら言われて、恥ずかしくなるが下を向いて踵を返した。射的屋に着くと、見知った顔が二つあった。


「あれ、意外と早い合流だねー」


 るるにそう言われるが、その前にるると日菜の持ち物が気になった。るるは左手にかき氷、右手にチョコバナナや綿あめ、さらにりんご飴まで持っている。絶対手つるよ、あとその状態でどうやってかき氷食べるつもりなんだろう。続いて、日菜は左手に紙コップに入った唐揚げ、右手にお好み焼き。口にはチュロスを咥えている。行儀が悪い。


「お前らどんだけ食う気だ」

「あとその状態で、よく射撃に並んでるね」


 私達の呆れた様子に二人は息を揃えて言った。


「確かに!」

「たしかにー!」


 取り合えずみんなでご飯を食べようと言う話になったので、また近くのベンチに座りみんなで食べて楽しかった。やっぱり誰かと食べるご飯は美味しい。


「そろそろ花火上がる時間じゃない?」

「えー射的したかったのにー」


 日菜がスマホの時計を見て確認する。るるが駄々をこねるが、そんなるるの手を引っ張り毎年行く穴場スポットへみんなで向かった。向かう最中、みんなと話しているだけでまた奇異の目を向けられてしまう。私達何かしたかな? 道はちゃんと開けているのに正直腹が立ってきた。でも折角みんな楽しんでるし、祭りが終わったらまた今度聞いてみよう。


「ついたー」


 両手を上げて、るるは喜びをアピールしている。私達は子供の頃から穴場スポットを見つけ、毎年そこで花火を見るのだ。


「未だにこの場所見つからないの奇跡だよね」


 私はそう呟いて周りを見渡す。この穴場は、祭り会場である神社の真後ろを通った森の中で、ちょうど私達がいる場所だけ木々がない。その為、空がよく見えて花火が見える穴場といえる。


「みんなこの場所を見つけた私に感謝してねー」

「はいはい」


 腰に手を当てて胸を張り、るるが偉そうに言うのに対し日菜が軽くあしらう。


「お前らそろそろ始まるぞ」


 と直が二人の間に入り、これから始まるであろう軽いノリを阻止する。もうすぐ花火が上がるし、いい判断。


「直、ありがと」


 この祭りは小規模の祭りとはいえ、花火が千発上がる。私にとって四人で祭りを見るこの瞬間が一年で一番好きな行事だ。


「たーまやー」

「たーまやー!」


 るると日菜は花火が上がる瞬間に、声を上げた。私は直と目を合わせて、二人と同じ言葉を口にする。


「たーまやー」

「たーまやー」


 花火のフィニッシュはどこも同じでどかどかと連発して終わる。その瞬間は本当に綺麗で、黄金のしだれ花火が咲き誇っていた。


「綺麗だったね」

「いやーやっぱ夏は祭りに限りますなー」

「毎年同じこと言ってるなお前ら」


 と話しながら帰り道をみんなは歩いていく。私は何故か足が止まり、足が震えていた。何でだろう。


「心愛ー行くぞ?」

「ここなーん」

「ましろーん、早くー」


 みんなの声で震えが止まり歩き出すことが出来た。まただ、この定期的に訪れる不安は一体……。


「ここなん遅いよー」

「ごめんごめん、もう大丈夫だから」


 そう言うと、るると日菜が少し暗い表情になった。


「本当に?」


 と低い声で日菜が話す。


「え?」


 突然表情が暗くなって低い声になって、何か怒らせるようなことしちゃったかなと考えていると、るるも後に続いて話してくる。


「ここなんは何か忘れていることないー?」

「忘れている事?」


 何のことか訳が分からない。二人は一体何に怒っているんだろう。とそんな時だった。


「思い出して」

「もう時間がないからー」

「二人とも体がっ!」


 二人の体が少しづつ薄くなりだした。なんだこれ何がどうなっているんだと頭の中で思考が止まらない。頭がパンクしかけた時だった。


「お……思い出した」


 封印が解けたかのように、一気に私の頭に去年の祭りの記憶が流れ込んできた。私は一体何でこんな大切なことを忘れていたのだろう。


 一年前の今日の事だった。私服姿で私達四人は集まった。


「おー、みんな早いねえ」

「るるが遅いのよ」

「いやいやーひなっち、まだ五分しか遅れてないからギリギリセーフだと思うんだよー」

「いやアウトだろ」


 直が鋭いツッコミを入れて、日菜が勝ち誇った顔でるるを見る。るるは少し反省したのか、はぁとため息を付き、仕方なさそうに言う。


「何か奢るから許せ―」

「るるいい子だねえ、よしよし」


 日菜がるるの頭を撫でると、るるはそれを振り払った。


「ここなんと、なおなおだけに奢るー」

「なんで⁈」

「流石に今のはお前も悪い」


 日菜は救いを求めるように私を見るが、私も直と同じ気持ちだ。


「私も同感」

「ましろんまで⁈」


 落ち込んだ日菜を引き連れて、屋台を回り私と直はたこ焼きを奢ってもらった。ちゃんと反省したるるに奢らせるのはかわいそうなので、るるの好きなかき氷を奢って上げた。


「ここなん、好きー」

「ありがと」


 目をキラキラと輝かせて、かき氷を両手に持ち天に掲げる姿を見ると日菜が頭をなでなでしたくなる気持ちも少しわかった気がする。


「ましろんも今るるを撫でたくなっただろ?」

「なんで分かるの」

「目が凄く優しかったから」


 るるの後ろでそんな話をしていると、るるが私の事を怪しんでいる様な目で見てきた。


「ここなん?」

「いや撫でたくなったけど撫でてないからセーフ!」


 弁明を始めると何か納得した様子で、頷き始めている。


「うんうん、確かに。誰かさんと違ってここなんは理性があるよ」

「うっ、まるで私に理性がないように言いやがって」


 日菜も反省しただろうからチュロスでも買ってあげよう。


「美味かった」


 ずっと黙っていた直を見ると私の分のたこ焼きも無くなっていた。食べるの早いな。


「おい、私の分」

「あ、ごめん」


 直にお仕置きとしてチョップをお見舞いしておいた。


「二人はここにあそこのベンチに残ってて、色々買ってくるから」

「分かった」

「りょーかーい」


 日菜は軽く手を上げ、るるは謎に敬礼をしてきた。二人に手を振り、直を連れて屋台に行って一先ずたこ焼きを買わせた。あとは適当に色々買っていこう。


「ましろん、買いすぎ……」

「これはビックリだねー」

「俺は止めたんだけどな」


 みんなの為に買ってきたのに酷い言われようである。私はたこ焼きやお好み焼きといった粉物と揚げ物では唐揚げ。さらに甘いものも欲しいかと思い、かき氷やチョコバナナ。綿あめにりんご飴とチュロスを二つずつ買って来た。


「みんなの為に買って来たんだよ?」

「いや量がおかしい」


 文句を言う日菜の口に、無理やりチュロスを加えさせて黙らせる。


「ここなーん、私もー」


 可愛いるるには、優しく加えさせた。


「心愛、俺は?」

「もうチュロスないよ」


 なんだか悲しそうな顔をする直には、もう一度たこ焼きを上げた。熱々の奴を。


「あっつ! アフアフッ!」

「ましろん、誰かの口に食べ物突っ込むの好きなの?」

「違うよ、みんなにあーんってしてあげただけだよ」


 そう弁明するも、るる以外の二人は信じてくれる様子はない。


「二人ともー、優しくされなかったからって怒るの辞めようねー」


 るるはいつもの様にみんなをいじりだした。日菜がそれに怒り、直と私でそれを止める。いつもの流れだ。


「みんな、そろそろ花火上がるから移動しよう」


 直が時計を見て、移動を促してくれる。それに対し、みんなが返事を返して私達は穴場スポットに向かった。


「ついたー」


 るるは両手を上げて、地面に寝転んだ。


「汚いよるる」

「でもこうした方が何か風情があっていいじゃん」

「そうかもな」


 と直が納得し、直はるるの横に寝ころぶ。それを見て私も直の横に寝ころぶ事にした。そうすると日菜が驚きの声を上げた。


「ましろんまで⁈」


 まるで犯人が観念したかのように、崩れ落ち日菜は寝ころぶ事を受け入れた。その後花火が打ちあがり、私達は一斉に声を上げた。


「たーまやー」


 花火が終わると、みんな起き上がり感想を日菜が言い出した。


「綺麗だったね」

「いやーやっぱ夏は祭りに限りますなー」

「毎年同じこと言ってるなお前ら」


 そういう直も毎年そのセリフを言っている気がする。


「そろそろ行こー」


 るるが帰りを急かし、みんなは帰り支度を始めた。背中が少し汚れたのでみんなで払いあっていると、るるが日菜の背中を指でなぞっていた。


「あひゃひゃ!」

「ふふふー、可愛くない悲鳴だなー」

「るーるー?」


 日菜は四人の中で一番こしょこしょに弱い。というか、日菜以外こしょこしょが効かないんだ。そして日菜は、こしょこしょをすると結構本気で怒る。


「おい、るる早く謝れ」

「大丈夫だってー、夏祭りでテンション上がってるからひなっちもすぐ許してくれるよー」


 直がるるに助言するけど、るるは受け入れず楽観的でいた。


「ふふふ、るる? 頭ぐりぐりしてあげる」

「え、ちょっと待ってー!」


 日菜はるるの事を追いかけまわしてその場を後にした。私は直と後を追い、二人は神社から出たところにある信号機でるるが日菜に捕まった所だった。


「観念しなさい」

「や、やめろー」


 痛い痛いと叫び、るるは嫌がるが日菜は辞める様子がない。


「るる、ちゃんと謝ったら日菜も許してくれるよ」

「ううう、ごめんなさいー」


 深いため息を付いた日菜は、るるを開放して許したようだ。


「るるもそうだけど、日菜もこんな所で暴れたら危ないから気を付けてね」

「はーい」

「分かってるよ」

「お前ら仲いいな」


 暫くすると信号が青になり、四人で渡る時だった。猛スピードの車が私達に向かってきて、それにいち早く気付いた日菜が私の背中を押して助けてくれた。


「みんなっ!」


振り返った瞬間、頭が真っ白になる。直は、るるに押されて助けられたみたいだ。でも、るると日菜の無残な姿がそこにはあった。


「ああ……え……」

「心愛! しっかりしろ」


 直の声に気づき少し冷静さを取り戻す。そうだ、直は無事だったんだ。早く二人を助けないと。


「俺が二人を安全な場所に移すから、心愛は救急車を呼んでくれ!」

「うん、分かった」


 適材適所。私が二人を運ぶよりも力のある直に任せた方がいいだろう。それに運ぶと言っても少し道の端に寄せるぐらいだろうから一瞬だ。飛び出したい気持ちをグッと堪え私はスマホを取り出した。


『火事ですか? 救急ですか?』

『救急車お願いします。場所は――』


 何で私はこんな事を忘れていたんだ。でもそれじゃあ今いる二人は?


「ここなんここの逸話本当だったんだー」

「ましろんに会いたくて帰って来たんだよ」


 二人の体がどんどん薄くなっていき、もう後ろの林が見えるくらいに透けていた。


「じゃあ、ずっと……ずっと一緒に居てよ!」

「心愛、無理だよそれは」


 直の冷静な様子に少しイライラする。友達が消えちゃうのに何でそんなに冷静でいられるの?


「うるさい! 私は二人に言ってるの!」

「ここなん、私達はもう帰らないと行けないんだ」

「ましろんともう一回遊べて楽しかったよ。ありがとう」


 なんで、どうして。よく分からない。頭が上手く働かない。自分の瞳が熱くなるのを感じ思っているままを伝えた。


「幽霊でもいい、わがままも何もいわないからずっと一緒に居てよ!」


 二人は顔を合わせてにこりと笑みを浮かべている。


「ここなんと友達になれて嬉しかったよー、いつもみんなを纏めてくれるここなんが好きだぞー」

「ましろんの優しい所みんなが知ってるよ。いつも私達を見守って何かあるときは、ちゃんと怒ってくれる」

「そんなのいいから、お願いだから消えないで」


 二人は最後に声を合わせて笑顔で言って来た。


「ありがとう」

「まって!」


 二人を抱きしめようとすると空を切り、何も抱きしめる事が出来ずそのまま自分の方を自分で抱きしめ、膝から崩れ落ちる。


「……うぅ……っ……」


 感情がぐちゃぐちゃになる。泣いてそれが無くなるわけじゃないけど、今の私にはこれぐらいしか出来る事がない。


「心愛、帰ろう」


 泣いている私の肩に手を置き、立ち上がらせてくれた。直とは帰り道何も話さなかった。直は二人が死んでしまったことを覚えていたんだろうか。……あぁなんか全部どうでもよくなって来た。私って何で生きているんだろう。


 二人が消えてから数日経った。あの日から、私は不登校の引きこもりになってしまった。どうしても何をするにもやる気が起きない。スマホで自殺の仕方と調べたが、電話相談や自殺対策などが出てきて調べるのを辞めた。人間楽に死ぬことなど出来ないのかもしれない。


「心愛」


 部屋の外からお母さんの声が聞こえてきた。部屋に入ってこないのはお母さんなりに気を使っているのだろう。去年も私は引きこもっていたからお母さんからしてみれば、やっと立ち直った娘がすぐに心を病んでしまったように見えるんだろう。


「……何」

「大丈夫? ご飯も食べてないでしょ?」


 心配していそうな声を掛けられ申し訳ない気持ちになって、お母さんに顔を見せてあげたくもなるけどそれより何もしたくない気持ちが勝ってしまう。

 何も返事をしなかったから、お母さんはそっとしておくのがいいと思ったのだろう。そのまま立ち去って行った。


「はぁ、私何やってるんだろう」


 目を閉じると、るると日菜の顔が浮かんでくる。最後に笑っていたあの顔だ。


「起きろ心愛」 

「直? 何でいるの」


 直が怒ったような顔をしていた。どうやって家に上がって来たんだ。


「おばさんに上げてもらった。お前がうじうじしてるから連れ出す」

「え、え?」


 腕を掴まれ何も抵抗できないまま、パジャマの状態で外に連れ出される。何故か墓地まで来させられた。


「心愛は考えすぎなんだよ。自分のせいでみんな死んだと思ってるだろ」

「実際、日菜は私のせいで死んだから」

「じゃあ俺のせいでるるは死んだのか?」

「それは違う!」

「めちゃくちゃだな」


 自分の考えが分からないんだよ。


「だって日菜が私を押さなかったら、日菜は助かったんだよ!」

「そうだな、まあ取り合えず挨拶したら?」


 そういってお墓を見せられる。名前は翡翠家、隣のお墓は朝緋家と彫られていた。二人のお墓を見ると本当に二人は死んだんだという現実を押し付けられる。まだどこかに二人はいるんじゃないかと思っていた。でもいないんだ。目が熱くなる。どうしようもない、泣く事しか出来ない。


「るる、あの日は救ってくれてありがとう。日菜、心愛を助けてくれてありがとう」


 直はきっと前を向いているんだ。ごめんなさいじゃなくてありがとうと、二人の取った行動に感謝している。


「っ……う……日菜、だすげてぐれて……ひっ……あいがどぉ」


 私はお墓の前に座り込み、日菜にお礼を言った。


「心愛お前の命だし、心愛が思うようにすればいい」


 私が思い詰めて死にたいと思っているのを知っていたんだろう。それに対して死ぬなではなく、思うようにすればいいというのは直の優しさだと思う。


「私は二人の分まで生きる」

「そうか、頑張れよ心愛」


 振り返ると直が薄くなっていた。


「え、なんで」


 直は私をゆっくりと抱きしめてくれる。ちゃんと温もりが感じられて直の匂いもして、直がここにちゃんといる事が分かる。


「心愛俺の事も思い出してくれ」


 そう言われた瞬間、この前の続きの記憶が蘇ってきた。


 私が救急車を呼んでいる最中、鈍い音が聞こえてきたのだ。音がしたのは直がいた方向で、るると日菜を轢いた車とは別の車に直は轢かれていた。すぐに直に近づき呼びかける。


「直! 大丈夫? 意識ある?」

「……いったた……大丈夫大丈夫。それより二人は?」


 るると日菜は直によって、歩道に寄せられていた。運んだ所で直が轢かれてしまったのだろう。


「二人とも歩道にいるから。直も行こう?」

「いや、ちょっと立てないわ。……あれ、なんかあったかい」


 直の腹部の辺りから血が流れていた。轢き飛ばされた時に何か刺さったのかもしれない。


「直じっとしてて、血が出てる」


 どうしよう、このままじゃみんなが死んじゃう。みんなを轢いた二台の車は、そのまま走り去ってしまっていて轢き逃げされている状態。何で逃げるんだよ、轢いたならせめて確認くらいしろよ。


「心愛、泣くな。大丈夫だから」

「でもみんなが」


 仰向けに寝転んでいる直が、指で私の涙を拭ってくれる。その手を掴んで更に泣いていると、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。


「救急車来たよ。もう少しで助かるか……ら」


 直を見ると目が生きた目をしておらず、生気が感じられなかった。恐る恐る脈に指を当てると何も感じない。


「直っ!」


 何度呼びかけても直は返事をしてくれなかった。


「何でぇ……う……返事しでよぉ……」

「どいて下さい!」


 救急隊に連れられ、救急車に乗り込み私はずっと泣いていた。その後の記憶はまた思い出せない。


「思い……出した」

「心愛思い出してくれてありがとう」


 その笑顔はあったかくて優しくて、いつまでもここに居て欲しいと消えないでくれと私に思わせてくる。


「嫌だ、消えないでよ。もう一人は嫌だよ」

「そうだなー。じゃあ天国で待ってる」

「は?」


 意味が分からなくて声が漏れる。


「まあ別に無理しなくてもいいよ。いつでも来ていい。だけど後悔はするなよ」

「……うん」

「みんな、心愛の事大好きだぞ」


 最後に目一杯抱きしめられて、直は消えていってしまった。また私の腕の中には何も残らず、自分の肩をそのまま抱きしめる。


「う……なんで……みんな消えないでよ」


 その場に寝ころんで空を見上げる。薄暗い雲がかかり、雨がポツポツと降って来る。私の涙を洗い流してくれと思い暫くそこで泣き続けていた私をお母さんが発見し、家に連れ戻される事になった。


 私はお風呂に入らされ、リビングに戻るとお母さんが話しかけてきた。


「髪の毛びしゃびしゃじゃない! 拭いてあげるからこっち来なさい」

「うん」


 私は椅子に座りお母さんが頭を拭いてくれる。


「心愛思い出した?」

「うん。やっぱりお母さんは気づいてたんだ。私が何か見えてるって」

「最近の心愛は明るかったから、何となくっていうのもあるけどね」


 お母さんは優しい、何も深い部分を聞いてこないから。


「……私みんなが見えてたの。直とるると日菜が本当にいた」

「うん」

「みんな会いに来てくれたんだ。私がいつまでもうじうじしてるから」


 背中をよしよしと撫でてくれるお母さんの手の温もりは、私を落ち着かせてくれた。


「みんななんて言ってたの?」

「大好きだって言ってくれた」


 それだけ言ってまた泣いてしまう。それと同時に一つ決めた。私はもう泣かない。泣くのは今日で終わりにする。


「そう。明日またみんなに挨拶しに行くでしょ?」

「何で分かったの?」

「何か心決めたって顔してたからね」

「よく見てるねお母さん」

「お母さんですから」


 えっへんと胸を張るお母さんを見て少し笑う。何だか久しぶりに笑った気がする。そんな私を見てお母さんも安心したように笑っていた。


 翌日お母さんに見送られてみんなのお墓に向かう。今日は昨日決めた事をみんなに報告しに行きたかった。


「みんなありがとう」


 お墓に着くとみんなにお礼を言った。昨日は気づかなかったけど、直のお墓も隣にあったのだ。


「私はもう泣かないって決めた。後みんなの分まで絶対に人生楽しんで天国で楽しい話を聞かせてあげる」


 返事が返ってこないのは本当に寂しい。でも、みんなはもういないんだ。


「また来るね」


 みんなのお墓に背を向けて歩き出す。家に帰り自分の部屋に行くと直から貰った簪が目に入った。確かあれはみんなが帰って来てからくれたものだ。ならみんなを見ていたのは私だけじゃない。それこそ学校だってみんなで一緒に行ったはずだ。


 みんなが帰って来たのだと自分以外が証明してくれる何かが欲しかった。私は電車で一時間かけてショッピングモールへ向かった。浴衣のコーナーは三階だった。そうそう、この前来たときは直が日菜に酔い止め渡したのに日菜は飲まなかったんだよね。それで一階の喫茶店入って日菜の酔いが覚めるまで待ってたんだ。


 浴衣のコーナーに着くと、店員さんが話しかけてきた。


「何かお探しですか?」


 幸いにも、前回みんなで一緒に来た時に対応してくれた店員さんだった。


「すいません。前回四人で浴衣を買いに来たんですけど覚えていますか?」


 一体私は何を聞いているんだ。


「はい。覚えてますよ。彼氏さんが簪をプレゼントされていて微笑ましかったので。あと身長の低い方が面白くって……あ、すいません! 皆さんお元気ですか?」


「……はい。みんな元気です。ありがとうございました」


 私は店員さんにお礼を言ったが、店員さんはよくわからないだろうと思いすぐにその場を立ち去った。みんなちゃんと居たんだ。何だかみんなと歩いた場所に行きたくなり、いつもみんなで学校に行く時に集合する畑道に向かうことにした。


 また電車で一時間揺られて帰ってきて、畑道に着くとあの時の不安感の正体に気づく。


「心のどこかで私は分かっていたんだ」


 みんなが死んでしまっている事を。


 この畑道はよくみんなが喧嘩していたな。まあ主にるると日菜だけど。大体の原因はるるだから基本的には、るるが悪い。たまに日菜もふざけるから、一概にるるだけが悪いと言えないのも事実。また二人のやり取りを見てみたい気持ちが膨らむが、顔を振りその思考を辞める事にする。


「このまま学校まで歩こう」


 独り言に何も返ってこない。私の隣には誰もいなくてそれは当たり前のはずなのに返ってこないと本当に寂しいものだ。


 でこぼこした畑道を一人で歩く。小さい頃はみんなここを歩くのにくろうしたな。るるなんか歩けないからって日菜におんぶしてもらってた。直は私の隣で二人にツッコミを入れて軽く笑っていたと思う。


「懐かしいな」


 思い出に浸りながら畑道を抜け、日が沈み始めた事もあり早歩きで学校に急ぐ事にした。学校に近づくと、下校中の同級生が沢山歩いているのが見えた。


「あれ? 心愛じゃん」


 いきなり話しかけてきたのは同じクラスの斎藤さんだった。モデル体型で、茶髪をアイロンでしっかり巻いている。斎藤さんは所謂ギャルという奴で、たまに何を言ってるか分からない事がある。


「ん?」

「久しぶり、最近学校来てないけど大丈夫?」


 斎藤さんはちゃんと人の事を思いやる事が出来る性格で、オタクやぼっちを馬鹿にすることが一切ないギャルだ。困っている人を見たら、助けに行く姿を何度も見たことがある。最近はこういうギャルが増えたのかな? あんまり馬鹿にされたというような事を聞いたことがないな。


「もう大丈夫になったよ」

「そっか……心の整理つきそ?」


 私の事を心配してか、個人の名前を出さずに話してくれる。優しい人だと思った。


「前までの私どうだった?」

「えっとね、そのなんていうかいない人と話してるみたいな感じ?」


 何となくそう見られているのは分かっていた。浴衣コーナーのお姉さんは見えていたと言ってくれたが、祭り当日に私は色んな人に変なものを見る目で見られていた自覚がある。学校でもそれを感じた事はあった。


「だよね」

「でも、心愛には見えてたんでしょ? ならそれでいいじゃん。みんな待ってるよ」


 そうだ。三人が死んで辛かったのは私だけじゃない。みんな、仲が良かったんだ。自分だけが辛い世界にいるような気持ちでいたけど、それは大間違いだと自分で気づく。


「そうだね。ありがと、なんかすごく心が軽くなった」

「ええ、大袈裟だ」

「本当にありがと」


 斎藤さんは私が本当にお礼を言っている事に気づいたのか、少し戸惑っていた。


「どういたしまして?」

「なんで疑問なの?」

「お礼言われることになれてないから! とにかく待ってるからね!」


 恥ずかしくなってしまったのだろうか、斎藤さんは顔を赤くして捨て台詞のような形で言い走り去っていった。


「可愛い」


 本人に言ったら怒られそうだから言わないけど。


 その後、学校に着くとまた懐かしい記憶を呼び覚ますことになる。入学式の事、校門の横の塀に跨ったるるを日菜が叱る。それを見た直が面白そうだからと、一緒に跨りに行き直は私も誘ってそれに対し私も跨った。日菜は辞めた方がいいと言っていたが私達は辞めず、先生に入学早々怒られたな。日菜も巻き込まれで怒られていてあれは本当に可哀想に思った。流石にみんなで何度も謝って、許してもらうのに一週間もかかった。


 校内に入り、私達の教室へと向かう。


 教室に入ると後方に一つ離れた机と椅子があり、そこには三つの花瓶があった。三人にあてられたお花のだった。そこには花瓶だけではなく、みんなの写真が飾られていたのだから。今までの私なら、またここで泣いていたかもしれない。でも、もう大丈夫。泣かないって決めたから。私は花瓶の前で手を合わせて家に帰った。


 翌日から学校に登校することにした。お母さんは心配してたけど、ここで変わらないとみんなに顔向け出来ないから少しだけでも頑張ろう。もし、しんどくなってもまた休めばいい。少しずつでも行動する事が大事なんだ。


「おはよ」


 教室のドアを開けながら言うと、クラスメイト達数人が私の方に駆け寄って来た。主にギャル集団。るると日菜がギャル達と仲が良かったこともあり、私も斎藤さんと友達になれたから二人がいなければ私は殆ど友達がいなかったかもしれない。あんまり能動的に動いてこなかったしね。


「大丈夫だったか?」

「ここなーん」


 様々な声が掛けられる。そんなに話したことのない子達なのにどうしてだろう。そんな心配するほどの仲ではなかったはずだ。


「何か驚いてね?」


 茶髪で褐色の肌をしていて身長は日菜と同じぐらいの木下さんがそう言うと、水色の髪の毛でるると同じぐらいの身長の山野さんが補足を入れてくれた。


「あれよあれ、さいとっちが気にして上げてって皆に言っててさー。そんな事言われなくてもみんな心配してるのにねー」

「言っていいのかよそれ」

「まあ大丈夫じゃなーい?」


 山野さんはるると同じであだ名で人の事を呼ぶ。よく二人で盛り上がってて、それを日菜と木下さんに怒られてたな。さいとっちと言うのが斎藤さんで、みんなに呼びかけてくれていたのは私の事を思ってだろう。何だか少し直みたいな一面があって、正直嫌いじゃない。


「はよーっす」


 噂をすればなんとやら、斎藤さんが眠たそうに教室に入って来た。木下さんと山野さんは何だかニヤッと笑って二人で目を合わせていた。


「さいとっちー、ここなん来たよ」

「えっ! どこ?」


 きょろきょろと私を探しているが、まだ眠いのか目の前にいるのに見つけれていない。やっぱり可愛いな。


「目の前にいるだろー?」


 木下さんに教えられると私に気づいたようで、私に向かって飛び込んできた。というか突進してきた。


「心愛―!」

「うっ」


 正直痛いが、なんか斎藤さんが泣きそうになっているからこのままでいてあげよう。


「今ここなんから中々聞こえない声が聞こえたー」

「本当に苦しかったんだろうな」

「心愛―頑張って来たんだな。偉いぞー!」


 斎藤さんってこんな熱いキャラしてたっけ。


「あ、ありがどぉ」

「ここなん苦しすぎて声出てないよー?」

「斎藤そろそろ開放して上げな?」


 二人にそう言われて、斎藤さんは私を解放してくれる。何とか息を吸えたから大事には至らなかった。


「ふぅ」

「心愛ごめん! つい!」

「ねーねー、きのっちーついつい人を苦しめる人がいるんだって」

「へぇ、怖い人もいたもんだな。素直に嬉しいっていえばいいのに」


 二人はあからさまに斎藤さんをからかうと、斎藤さんはプルプルと震えだし、二人に嚙みついた。物理的に。


「痛いー」

「危ないって」

「二人がからかうから」


 急に目が覚めたんだろうな。るると日菜が寝ぼけた直をからかっている姿を思い出した。あの時も直が急に目が覚めて嚙みついていた。流石に物理的じゃあなかったけどね。


「ここなん笑ったー」

「嘘! 見逃した!」

「あーあ、今の見逃しちゃうなんて斎藤ついてないね」


 自分が笑ったと言われたが実感がない。そういえば、みんなが死んでからまともに笑った事なんてあっただろうか。


「笑ってない」

「ここなん誤魔化してるー、そんな悪い子にはお仕置きだー。みんなでこしょこしょの刑―」


 山野さんがそう言うと三人でにじり寄ってきて、私は教室のドアを背にしていた。よし、逃げるか。


 復帰初日に学校を抜け出して鬼ごっこが始まった。普通に授業受けて帰るはずだったのに、めちゃくちゃだよ。でもこのめちゃくちゃ感が懐かしく嬉しくも感じる。結局三人に捕まり、こしょこしょをされることになって死ぬほど笑った。学校に戻るのもめんどくさいので近くの喫茶店に入る事になった。


「それにしても心愛があんなにこしょこしょ弱いとはね」

「さいとっちも弱いくせにー」

「そういう山野も弱いけどね」


 みんなどこかあの三人に似ている所がある。でも似ているだけでみんな違う人間だ。置き換えるのは良くない。私は今この時を生きるんだ。


「そんな事言う木下さんも弱かったりして」

「おーここなんよく分かったね」


 喫茶店で暫く過ごし、私がみんなをお墓参りに誘って返事は即答だった。るるは山野さんと仲が良かったし、日菜は木下さんと仲が良かった。直も斎藤さんとよく言い合いなんかしていた。


「ここだよ。みんなは初めて?」


 三人は無言で頷く。表情が固まっているから緊張しているのだと伝わってくる。私の後ろを三人が歩き、お墓の前について手を合わせた。


「みんな連れてきたよ」


 三人はさっきまでのはちゃめちゃ感は一切なく、泣き始めた。みんな辛かったんだ。私は一人だけ苦しいと思っていた時もあったけどみんなも苦しくて辛かったのだと気付くことが出来て本当に良かった。


「直、るる、日菜。……私ちゃんと生きるから見守っててね」


 私の言葉を聞いた三人は私に抱き着いてきた。私達に任せろと言わんばかりの物だった。それぐらい苦しい。三人とも泣いているから真意は分からないけれど、おそらく合っていると思う。三人の涙を見てもらい泣きしそうになるのをぐっと堪える。


「また来るね。あんまり来すぎてもよくないから今度は卒業式に」


 みんなで卒業を祝いたい。


「その時は私達も」


 斎藤さんがそう言うと、後ろにいた山野さんと木下さんも強く頷いていた。きっと私はこれから三人と仲良くなるだろう。それは三人が直、るる、日菜に似ているからではなく三人自身の魅力に私が気づいたからだ。


「うん」


 返事と同時に私の瞳は熱くなり、何かが流れ落ちていた。

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命のカタチ 三橋那由多 @nayuta12_17

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