第7話 逃亡者カイン
カインは王都に生まれた。
父が宮廷庭師をしていたため、物心ついた頃には父の仕事の手伝いとしてカイン自身も王宮へ行くことが多々あった。
庭の手入れを手伝っていると、白いひげを蓄えたおじいさんが「よく働いているな」と声を掛けてくれたものだ。それが当時の王様だと知ったのはもう少し年を重ねてからだった。
「王様に気に入られていたのかい」
「さあ、どうだろう。……あぁ、でも父さんは王様に召し抱えられて王国へ来た、って母さんに聞いたことがあるな」
「たしか、二十年ほど前に王国の外から庭師が召し抱えられたと風の噂で聞いた気がする。となるとお気に入りは君の父の方か」
「俺は行ったこと無いけど、東の皇国出身って言ってたかな」
「なるほどね、そういうことか。気付いたら王都の庭園が皇国式になっていたわけが分かったよ」
アリーは深く頷く。いつ頃からか、王都に立ち寄ると不思議な曲がりくねった木が見事な調和で植えられているのを見て目を奪われたものだった。
大陸の東に位置する皇国は芸術や加工品に秀でた国だ。カインの父も名の知れた庭師だったのだろう。王の目に留まり、召し抱えられて王国へ来たわけだ。
「父さんも言ってたな。王様は伸び伸びと庭を造らせてくれるからやりがいがあるってね」
それからカインは王都の学校に通わせてもらった話や庭園の設計に関わらせてもらった話など過去の生活のことを夢中で話した。
アリーが聞き上手だったのか、カイン自身が人との会話に飢えていたのか。とにかく楽しかった思い出が次々と湧き出て止まらなかった。
そして、一通り話をして、気付けば思い出話の時系列は現代へと辿り着いてしまっていた。
その日は突然やってきた。
王国兵士が詰めかけ、カインたちの家に押し入ってきたのだ。兵士から「謀反の容疑で一家全員を勾留する」という言葉を受けて、カインだけでなく両親も戸惑っていた。
父の判断は早かった。
虫の報せと言うのか、嫌な予感がしたのだろう。父は従順に勾留される風を装い、兵士の目を盗んでカインを家の裏口から逃がした。
カインはなにが何だか分からないままに逃げた。それから両親と仲の良かった近所のお婆さんの家に匿ってもらった。お婆さんは「きっと何かの間違いよ」と励ましてくれたが、気が動転してカインの耳には何も入ってこなかった。
日を跨いですぐに、両親が中央広場に連れて来られていることを知った。お婆さんに引き留められるのも振り払ってカインは一目散に中央広場へ向かった。
そして、両親が処刑されるのを見てしまった。
最後の方はカインも思い出すのを辛そうにしながら話していた。
しかし、それでもカインは話すのを止めたりしなかった。自分たち家族の無実を誰かに聞いてもらいたい。そんな感情がアリーには伝わってきた。だから、話し終えた後にはカインの頭を抱き寄せ、ただ一言「よく頑張ったね」と言って頭を撫でたのだった。
カインが疲れて寝た後、アリーは静かに一枚の紙を取り出した。
宿屋の一階、掲示板に貼られていた手配書だ。アリーはカインより一足早く宿屋へ着いていた。そして、そこで見つけた手配書をこっそりと破り取ってきていた。
手配書に書かれた人物にかけられた容疑は「前王の殺害容疑」。王国において最も重い罪だ。
その容疑者の名は───
『宮廷庭師の息子、カイン』
そこに載った名前はまぎれもなくカインだった。思いがけないほど重い罪状。国王殺しはただの死刑では済まないだろう。
さすがに今のカインには見せられない。今だって両親の死をなんとか乗り越えようと四苦八苦しているところなのだ。そこに追い打ちはかけられない。
とはいえ、いずれは知ることになるだろう。むしろ広場へ買い出しに行った時、カインが見かけなかったのは幸いだ。実際のところカインは店主から亜人種に対する不愛想な態度の方に意識が割かれ、広場の掲示物が目に入らなかった。
もしも、手配書の罪状に気付いてしまっていたら、もっと心を揺さぶられ、とてもカインは平静でいられなかっただろう。
アリーは眠るカインの横顔を見つめた。顔にかかった髪を手でかき上げると、そこにはまだあどけなさが残る少年の顔があった。
カインの話を聞き、ハッキリと分かったことがある。
少なくともカインは国王殺しではない。アリーはそう確信していた。
人殺しの目には影が宿る。
それはアリーの持論であった。感覚的なものではあるが、今まで読みを外したことは無い。カインの瞳に影はなかった。その事実はアリーにとってカインを信じるに足る理由として十分すぎた。
むしろ話を聞く限り、カインと両親は罠にハメられたという線の方が濃厚だろう。では、誰がそんなことをしたのか。
王の死後、異様に早い新王の即位。
即位したのは第一王子だ。しかし、訳アリの第一王子である。
なにやら、これからの王国はしばらく荒れそうだ。
アリーの経験上、こういう事件が起き始めると面倒事が続く傾向にある。
兎にも角にも、ひとまずは速やかに依頼をこなすことが最優先だ。
アリーは明日の行動予定をぼんやり思い浮かべつつ、瞳を閉じるのだった。
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