第6話 二人部屋のテタテット

「王様が亡くなった……!?」


 カインは驚きの声を上げた。直後、周囲にいた他の客がジロジロとカインへ視線を向けるのを感じた。

 慌てて口を手で抑え、カインは椅子に座り直す。一瞬でぴりぴりとした雰囲気が店内に充満した。王の死は大きな事件だ。王国の辺境に位置するトリトーであっても軽々しく話せる事柄ではない。


「いつ亡くなられたんだ?」


「正式な発表は昨日。でもまあ、もっと早くに亡くなってるかもね」


 ヒソヒソ声で尋ねるカインに対してアリーはあっけらかんとした様子で答えた。

 それに対し、カインは悲壮な表情を浮かべ、店員が持ってきた飲み物も喉を通らないようだった。


「ひとまず部屋へ行こうか」


 アリーに促されるままカインは宿屋の二階へ上がった。立ち並ぶ一室にアリーとカインは入る。ベッドが二つと簡素なテーブル、イスが置かれただけの部屋だ。


「明日も早いからね。さっさと準備をしてしまおう」


 アリーの号令に従い、カインは買ってきた物を持参のリュックへ詰め込んでいく。

 未だに状況を飲み込めていないカインだったが、そんな中でも仕事を割り振られている間は多少気がまぎれた。王の死に思いのほか衝撃を受けていたカインを見てアリーが気を使ってくれたのかもしれなかった。





 明日の準備を終え、夕食を軽く摂った後、二人は床に就いた。二人部屋のため同じ部屋に二人で寝ることになる。

 カインとしては少々の気まずさがありつつ、それ以上にやはり王の死を報せる掲示の方が気になっていた。気を揉むことばかりだ。こんな時は無心になってひとまず眠ってしまおう。そんな風に思っていた時だった。


「ねえ、カイン。もう寝ちゃった?」


 悪戯っぽいような声音でアリーが話しかけてきた。真っ暗な闇の中、それでもカインはアリーが上体を起こし、こちらへ顔を向けているのを感じ取った。


「まだ、起きてる」


「良かった。ね、どうせなら少し話でもしない? 私たちお互いのこと全然知らないでしょう」


「それは別に、構わないけど……」


 カインにとってアリーの申し出は意外だった。

 洋館で過ごした一週間、アリーはカインにとても良くしてくれた。しかし、身の上話のようなプライベートな会話は一切出なかった。

 アリーの方から話してこないのであればカインから尋ねる理由もない。いや、正直に言おう。ここ一週間ほどはずっと自分の気持ちを整理するので手一杯だったのだ。


 そう考えると、もしかしたらアリーは待っていたのかもしれない。カインの気持ちの整理がついて腰を据えて話をできるタイミングを。


「じゃあ、私からあらためて自己紹介しようか」


 言い出しっぺであるアリーはまず自分のことを話し始めた。

 剥製師という仕事をしていること。動物だけでなく依頼を受ければモンスターの剥製だって作ってしまうこと。身分を隠した王族や貴族などからの依頼が多いこと。住んでいる洋館は昔、貴族の一人から譲り受けたものであること。兵士長のジークが幼い頃は泣き虫の男の子だったこと。


「いやあ、今思い出してもアンデッド系モンスターの剥製が普通に動き始めた時は困ったなぁ。後にも先にも剥製を断念したのはアレが最初で最後だよ」


「くふっ、はははっ、というかそんな依頼断れよ」


「そうもいかないのが貴族の依頼ってヤツさ」


 そんな風に合間で笑い話も交えつつ色々な話をしてくれた。

 カインがなんとなく察していたこともあったが、新たな驚きもたくさんあった。

 しばらく話をして、アリーはカインに尋ねた。


「私のことはこのくらいかな。何か質問はあるかね、少年? あ、年齢は聞かないでよ」


 アリーの軽口にカインは苦笑いで返す。

 実は年齢に関しては少し聞きたかった。兵士長ジークの幼い頃の話をした時、その時点でもアリーはすでに成人らしい描写があった。であれば、アリーは果たして何歳なのだろう。


 それからもう一つ。


「一つだけ聞きたいことがある。今の俺は誰がどう見てもコボルドだ。こんなの魔法か何かじゃないと説明が付かない。どうしてアリーはこんなことができるんだ?」


 どうしても聞きたいことはコレだ。

 言ってしまえばアリーは人をコボルドに変えてしまったわけだ。有り得ないようなことを起こす者を魔法使いと呼ぶ。おとぎ話の存在だ。

 けれど、今の状況はまさしく有り得ないこと、魔法くらいでしか説明がつかない。


「うーん、よりにもよってその質問かぁ。それ以外なら何でも答える気だったんだけどなぁ」


 アリーは白々しくも暗に答えられないということを伝えてくる。

 少し意地悪したい気持ちが湧いてカインは口をついて言葉を発した。


「なら、年齢を聞いたら答えてくれた?」


「それは女性に対するエチケットがなってないからダメー」


「結局、答える気は無いんだろ」


「まあね、謎の多い女ってヤツよ。その方がモテるんだから」


 カインはアリーに背を向けて毛布を肩まで引っ張り上げた。

 そんな背中へアリーは慌てて声を掛ける。


「ごめんって。別に君の質問を煙に巻こうって訳じゃないんだ。ただ、どうしても言えないことだってある。それは君だってそうじゃないかな?」


「そんなことない。……と思う」


「じゃあさ、次は君のことを聞かせてよ」


「明日は早いんじゃないの?」


「えー、私ばっかり話したんだからそっちも話さなきゃフェアじゃないでしょう」


 カインはどうしようか思案した。ハッキリ言って自分の話は最終的に暗いものとなる。寝る前に話すにしては後味が悪いのだ。それが分かっていて話すのはどうだろう。そんなことを悩んでいた。


 一方、カインが悩んでいるのを、アリーはそのまま寝ようとしていると邪推した。そして、そうは問屋が卸さないとアリーは一計を案じた。


「絶対に君にも話をしてもらうよ」


 再び聞こえたアリーの声をカインは不審に思った。アリーの声が近いのだ。まるですぐ後ろにいるかのような。その瞬間、背中側の毛布がふわっと持ち上げられ、直後にするりと人が潜り込んでくる感覚を背中越しに感じた。


「話すまで君の体毛をモフり続ける」


「ちょっと、やめっ!」


 宣言の後、突然アリーが抱きついてきた。たまらずカインは暴れようとするがアリーは意に介さず腕や尻尾をモフモフとモフり倒す。

 痒いような、くすぐったいような、ともすれば気持ち良いような不思議な感覚。しかし、それ以上に年上のお姉さんに身体をまさぐられる羞恥心が勝った。


「分かった、話す! 話すから手を離してくれよ」


「よーし、いい子だ。ようやく素直になったね」


 手を離してそう言うアリーは、しかし少し名残惜しそうな顔をしていた。なんと恐ろしい女性なのだろう。まだモフり足りないのか。そして、モフられるのがこんなにも精神を削られる攻撃とは思いもしなかった。

 カインは今後、アリーには逆らわないようにしようと心に誓った。もっと長くモフられたら何か大事な尊厳のようなものを失ってしまいかねない。


「じゃあ、話すけどさ。正直、暗い話にしかならないぞ」


「良いよ、それで。王都に居たんでしょう。その時の君のことを教えてよ」


 一転してアリーは真剣な表情をしてカインに話しかけた。まるで幼い頃に母から「今日は何をして遊んでいたの」と聞かれた時のような、思わず何でも話してしまいそうになる雰囲気があった。

 さっきまでカインの尻尾をモフモフしていたのと同一人物とはとても思えない。


「俺は王都で生まれた。父さんは宮廷庭師で無口な人だったよ……」


 カインはそうしてぽつりぽつりと過去の記憶を掘り起こすように自分のことを話し始めたのだった。

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