第5話 亜人種の立場

 市場での買い出しをアリーに依頼された。つまり、彼女の手伝いができるということ。カインは張り切って買い出しに向かった。

 彼の暮らしていた王都の市場と比べれば規模はずいぶんと小さい。30分も掛からずに回り切れるだろう。


 手始めに食料品を調達する。なるべく日持ちして砂漠の暑さで腐りにくいものを選んでいくことが大事だ。青空の下、色とりどりのテントの張られた屋台が並ぶ。その中をカインは歩きながら覗いていった。


「思えば王都以外の街はあまり知らないな」


 王都で生まれ育ったカインは王国内の街であったとしても王都以外の街に関しては詳しくない。わずか15年の人生で思い当るのは、せいぜい宮廷庭師だった父とともに王都近郊の街や森に出かけたくらいのものだった。

 トリトーは王国の外れに位置する街。思えばカインにとって初めての遠出旅にあたる。だからこそ、少し浮かれていた。今、自分がどういう姿をしているのか、カインは客観的に見れていなかった。



 市場で必要なモノを買い揃えていく。硬貨を渡し、商品を受け取る。そんな中でカインはわずかな違和感を感じ取っていた。


 カインが指差していった商品が店主の手により手際よく紙袋へ詰められていく。引き換えにアリーから買い出し用にと預けられていた硬貨でカインは支払いを済ませる。

 すると店主は受け取った硬貨をしばらく眺め、それから量りに乗せて重量の確認などを始めた。十分に確認した後、ようやく正式な硬貨と認められたようで商品を手渡されたのだった。


(何だか感じの悪い店主だ)


 カインはたまたま愛想のない店主に当たったのだと思い、買い物を続ける。すると取引をしたほとんどの店主が硬貨を本物かどうか入念に確認してきたのだ。

 周囲を見ても他の人々が買い物をする時にそんなことはしていない。カインが買い物をする時だけだ。


(何だ、この感じ……?)


 そこでようやく気付いた。

 街の人々からカインは奇異の視線を向けられていたのだ。浮ついた心が一気にしぼんでいくのを感じた。


 居心地の悪さを感じたカインはテント屋台から離れ、建物内に店が立ち並ぶ場所へ移動した。中央広場に面した建物にも様々な店舗が入っている。

 ちょうど次に購入しようと思っていた肉類を専門に取り扱う店があったのでカインは逃げ込むように入店した。

 店内には大柄な店主が一人作業している。カインが入店すると、ちらりと視線を向けて「フンッ」と鼻を鳴らすと再び作業に戻った。やはり対応が客に対するそれではない。


 カインは干し肉をいくつか選び、店主が量りに乗せて金額を伝えられる。カインは硬貨を渡して店主の行動を観察した。

 店主は硬貨を受け取ると一瞥もせずに干し肉を包む作業へ移った。さっきまでの店なら確実に本物の硬貨か確認されていたところだ。もしかして、この店主は本当にただ不愛想なだけなんじゃ……?

 カインは店主から干し肉を受け取った時点で、意を決して声を掛けた。


「なあ、ちょっと良いか。どうして俺は変な目で見られてるんだ?」


「……ん? なんだ、コボルドのくせにずいぶんと人の言葉が上手いな」


 店主は声を掛けられたことに多少の驚きを感じた様子でカインに目を向けた。

 それからカインは自分の見た目がコボルドになっていることに思い至った。あまりにも自然と身体に馴染んでいたため、自分の身体が人間ではないことを失念していた。


(街の人々の対応は亜人種に対するものだったのか)


 思えば街の中で亜人種の姿は無かった。王都で会った行商人は、王都の外では亜人種もよく見かける、と話していたのに聞いていた話と違う。


「人の言葉が上手いのは珍しいか?」


「お前さんほど達者なのは珍しいね。大抵はあの獣人語ってヤツを話すだろうよ」


 どうやら人の言葉を話すコボルドは珍しいらしい。まさか、奇異の視線は見た目だけではなく言葉のせいもあったのか。


「俺は人の従者をしているから人の言葉を使うのも長いんだ」


「なるほどなぁ、それなら納得だ」


 ひとまず弁明しておく。

 アリーの従者として付いて来ているので嘘ではない。


「それからもう一つ聞きたい。この街に亜人種はいないのか?」


「なんだ、お仲間探しでもしてんのか。それはこの国では叶わねぇと思うぜ」


「それは、どうしてだ?」


「お前さん、何も知らないんだな。この国で亜人種は基本的に奴隷扱いだ。お前さんみたいに従者になれるのは幸運な一握りだけだよ」


「……そう、なのか」


 店主に礼を言ってカインは店を出た。

 王国において亜人種は基本的に奴隷階級として扱われる。カインはそんな王国における当たり前のことも知らなかった。若いカインにとって、それは衝撃的な事実でもあった。


 頭の中にモヤモヤが残るまま、カインはアリーが待つ宿屋へ戻った。

 宿屋の一階は飲食店になっており、アリーは飲み物を飲みながら待っていた。


「やあ、お帰り。疲れたろう。座りなよ」


「あぁ、ありがとう」


 アリーに勧められるままカインは席に腰を下ろした。食料品の詰まった紙袋を横の椅子に立てかける。

 カインは座った後しばらく頭の中で言葉をこねくり回してからアリーに尋ねた。


「えっと、アリー……、この国で亜人種は奴隷なのか?」


「全員とは言わないが多くの貴族たちの亜人種に対する扱いはそうだね」


「てっきり亜人種とは友好的な関係なのかと思ってた」


「前は王都に住んでたんだっけ? それなら気付けなかったかな。一つ前の王様は親亜人種寄りだったからね」


「一つ前の王様?」


 カインが聞き返すとアリーは壁際の掲示板を指差した。

 掲示板には国からの発令など巡回兵が持ってきた貼り紙が載せられている。

 そして、そこには前王の死と新しい王の即位について書かれていた。

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