第4話 ハロー コボルド生活

「さあ、そろそろ“庭”を抜けるよ」


 まだ日が昇ったばかりの内に洋館を出て、それからずっと歩き通して3時間ほど。ようやく森の切れ目が見えてきた。


「このモンスターだらけの森を庭呼ばわりか。アンタは本当に何者なんだ?」


「あははっ、ここなんて世界中の名立たるダンジョンと比べたら初級コースも良いとこだよ」


 そういってアリーは話をはぐらかす。

 ここ一週間、折を見て尋ねてみてはいるが、アリーが自身の身の上を語ることは無かった。ただ、カインは何となく察していた。アリーが見た目通りの普通の女性ではないだろうということを。





 出発直前、カインの身体はコボルドへと変身を遂げていた。

 アリーが言うには精巧な変装というのだが、どう考えたって変装の域を超えているのは若いカインでも分かる。

 被り物だったはずの頭は外せないし、身体全体を覆う獣毛だってどうやって生えてきたのか分からない。しまいには尻尾まで生えてきて触覚もきちんとあるのだ。もはや、自分は人間ではない。完全にコボルドになってしまっているのだ。

 アリーの言葉は大人が子供へ向けて言うような、適当に誤魔化す時に吐く嘘と同じ匂いがした。


 ただ彼女が言うには、いつでも元の人間の姿には戻せるという。

 彼女の言葉を信用できるかは置いといて、ひとまず断言してくれたことで多少の安心は得られた。しかし、それ以上に自分は一体、何をされたのか、という方が気になる。

 人の姿を亜人種へ変貌させてしまうなんて通常なら考えられないことだ。カインの問いにそれでも案の定アリーは話をはぐらかして教えてはくれなかった。


 最終的にはカインが折れた。アリーに教えるつもりが無いのなら無駄な問答だ。仕方なくコボルドの身体を受け入れ、アリーとともに館を出発したのだった。





 二人はアレタ平野を歩いていた。アリーが前を行き、カインが後ろを付いて行く。

 通常、行商人などはアレタ平野を通る際、王都から伸びる国の街道を通る。整備された道は迷いにくく、定期的な巡回兵もいるため盗賊にも襲われにくいからだ。

 しかし、カインは指名手配されているので正攻法のルートは通れない。そのため、街道沿いを外れた道なき道を歩いていた。


「ごめん、俺のせいだよな。本当だったら街道を行くんだろう?」


「君だけのせいじゃないよ。王都近辺だとまだまだコボルドの従者は目立つんだ。本当なら人間の皮を用意できれば良かったんだけどね」


 それなら大手を振って街道も通れる、とアリーは笑った。しかし、カインは聞き捨てならない発言に耳を疑う。


「人の皮でも同じことができるのか?」


 現在、人生を捨ててコボルド生を歩み始めたカインである。これと同じことが人間の皮でもできてしまうなら、言ってしまえば他人の人生を乗っ取ることだってできてしまうんじゃないのか。


「人だってコボルドだって皆同じさ。むしろ、できない道理が無いだろう」


「そりゃ、同じ生き物ではあるけど……。なんというか、倫理的にどうなんだ。それに別人と成り代わるなんて犯罪に使ってくださいと言わんばかりじゃないか」


「難しい話だなぁ……。少なくとも私は誰彼構わずやってる訳じゃないよ。君には別の顔が必要だった。私は君が冤罪であることを信用して、生き延びるための手助けもできた」


 だからカインを助けた。今回は特殊なケースだった、というのがアリーの言い分だ。

 カインもこれ以上話を掘り下げても意味がないことを悟り、追及はしなかった。実際にアリーはカインを助けてくれている。それを半端な道徳心でケチをつけるのは筋違いだろう。





 アレタ平野の道なき道を4日ほど歩き、ようやくアレタ砂漠との境界線付近まで到着した。野営の食料は多めに用意していたので心配ないが、問題は水だ。街道から外れていたこともあり、水を補充できる川が無かった。


 そろそろ水が底を尽きる。そんな心配をカインがしていた所、遠目に街が見えてきた。ホッと一安心するカインを尻目に、アリーは「だいたい予定通りだね」と余裕綽々といった様子だった。

 カインの目から見てもアリーは明らかに旅慣れている。年齢はさほど変わらないように見えるのに、彼女は何でも知っているかのようで時折とても大きく見える。そのたび、カインは王都でぬくぬくと育った自分との違いか、と思い知らされるような気持になるのだった。



 着いたのは辺境の街、トリトー。王国領でもっともアレタ砂漠に近い街だ。

 まだ時刻としては太陽が真上に昇ったばかりではあるが、今日はこの街で宿を取り、必要物品の補充をすることとなった。

 アリーとカインは手分けして買い物を済ませることにした。カインは食料品の買い出しを依頼され、街の中央広場で開かれている市場へ出向いたのだった。

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