第32話 理性院

 瑠美とその兄が去ったあと、その場にずっと立ち尽くしていると、後ろから肩を誰かにつかまれた。

 振り返ると、父がそこにいた。


「墓場の方にいないから探したぞ、久留宮さんはどうした?」

「久留宮は……帰ったよ」

「ん、そうなのか? じゃあ、お前はここでなにしてんだ?」

「いや、なんにも」


 そう言うと、父が眉を潜めた。


「もしかして、彼女と喧嘩でもしたか?」

「まあ、そんなところだ」

「そうか……」


 事情を説明するのがめんどくさかったのでそう言ったが、父は不満げな顔をしながらも、それ以上はなにも訊いてこなかった。

 普段はふざけてばかりの父も、さすがに今の俺の前ではそんな気分にはなれないらしい。


「母さんと美久は墓場の方にいるから、合流するぞ」


 そう言って歩きだす父についていく。

 そのあと、俺は墓参りをして、家族とともに家に帰った。


 俺は自室に入ってから、瑠美のことばかり考えていた。


 彼女はどこへいったんだろう?

 瑠美に会いたい、でも、どうすれば……


 漫画を読んだりゲームをやったりするが、全然集中できなかった。

 彼女に会いに行きたいと考えるも、どこに行けば会えるかわからず、途方にくれていた二日後、突然、家に誰か知らない人が来た。


 インターホンが鳴ったので、テレビドアホンのモニターを見ると、そこには眼鏡をかけた美人な女性がいた。

 スタイルも良くて、スーツ姿が良く似合っている。


「どちらさまですか?」


 と言うと、無表情で彼女は返答した。


「私は理性院といいます。久留宮瑠美さんのことで話があります」


 瑠美のことで……?

 素性がよくわからない相手だったが、俺はすぐに玄関に行き、ドアを開けた。


 家の前にいたその女性を実際に見ると、より一層美人に見えた。銀縁の眼鏡の奥にある切れ長の目が知的な印象を抱かせる。どこかの大企業で秘書をしていそうだ。


「瑠美の知り合いですか?」

「はい、あなたに話したいことがあってここに来ました」

「その話、長くなりますか?」

「おそらく」

「じゃあ、家に上がってください、お茶をだすんで」

 

 都合がいいことに今は俺以外、誰も家にいない。落ち着いて話ができそうだ。

 リビングに通し、その女性をソファに座らせた後、二つぶんのお茶が入った湯呑みをキッチンから持ってきて、テーブルに置き、彼女の向かい側に座った。


 彼女は出されたお茶をひとくちのんだ後、切り出した。


「私はサンタ機関の人間です、サンタたちを現地でサポートする仕事をしていました」

「サンタ機関の? えーと、理性院さんだったか?」

「はい」

「ということは、瑠美のサポートをしていたんですか?」

「はい、彼女が学校に編入する手続きをしたのも私です」

「そうだったのか……今、瑠美がどこにいるのかもわかりますか?」

「はい、久留宮さんは今、生前、彼女が住んでいた家に兄とともにいます、どうやら兄によってなかば幽閉された状態のようです」

「その家がどこにあるのかわかりますか?」

「はい」

「瑠美に会いたいんです、その家に案内してくれませんか?」

「元々、そのつもりでここに来ました。しかし、その前に彼女の家のことについて少し話しておきたいです」


 そこで、彼女はいったんお茶を啜った。


「久留宮さんの家についてなのですが、彼女の父は三年前に他界していて、母も二年前に他界しているので、家督は久留宮琉依が継いでいます。父親が経営していた会社も、彼が継いだようです」

「けっこう、大きな家なんですか?」

「そうですね、使用人も数人雇っているようですし、一般的には大きな屋敷と行って差し支えないでしょう」

「あの兄はどういう人なんですか?」

「非常に優秀らしいですね、難関大学を首席で入学し、空手の全国大会で優勝した経験もあるようです」


 そうか、それであの強烈なパンチか。


「社長としての手腕もたしかなもののようで、彼が社長についてから利益が大幅に上がっているようです。あと、動画配信者としても活動していて、それもけっこう成功しているようですよ」


 と言って、理性院さんはスマホをとりだし、動画サイトの久留宮琉依のチャンネルのトップページを見せてきた。

 俺も自分のスマホでその動画サイトを開き、いくつか彼のチャンネルの動画を視聴してみる。


 Vlog系の動画を主に投稿しているようだ。

 飯食っているだけの動画がなぜかかなり高い再生数を稼いでいる。イケメンだからか?


「瑠美の家のことや彼女の兄についてはわかりました、それで俺にどうしてほしいんですか、あなはなにか俺にしてほしいことがあるからわざわざ家まできたんでしょう?」

「久留宮さんを連れて帰るための手助けをしてほしいんです、サンタ機関としても働き手がひとり減るのは困るし、サンタ機関の内部を知っている者を野放しにしたくないですから」

「なるほど、手伝ってもいいですが、最大限、俺のやることに協力してもらいますよ?」

「できるかぎりは尽力しましょう」


 話はそこでいったん終わり、俺たちは瑠美が生前に住んでいた家へ向かった。

 家を出て、車を止めてあるというコインパーキングへ向かう。

 その道すがら、俺は疑問に思っていたサンタのことについて理性院さんに訊いた。


「瑠美は元は普通の人間だったらしいけど、他のサンタもそうなんですか?」

「はい、サンタは元は普通の人間だった人が死後、転生した姿です」

「理性院さんもそうなのか?」

「はい、サンタとしてはもう活動していなくて、今はサポートに徹していますけどね」


 それから俺たちは車に乗り、一時間くらい理性院さんが運転して、またコインパーキングに車を止めると、そこからは徒歩で目的地へ向かった。


 十分くらい歩くと、ある大きな屋敷の前で、理性院さんは止まった。


「ここが生前の久留宮さんの家です」


 俺はインターホンを押した。すぐに使用人らしき女性の声がそこから聞こえてきた。


「どちら様ですか?」

「久留宮瑠美さんの友達の志都木です、彼女に会いたくてここまできました」

「……少しお待ちください」


 しばらくして、久留宮琉依の声がそこから聞こえてきた。


「なぜ、この家の場所がわかった?」

「どうでもいいだろ、そんなことは。俺は瑠美を呼んだんだ、お前は呼んでいない」

「瑠美はお前に会いたくないと言っているぞ?」

「嘘だろ?」

「信じられないなら本人の声を聞くがいい、瑠美、言ってやれ」


 少し経って、瑠美の声がインターホンから聞こえ出した。


「怜久くん……」

「瑠美、俺に会いたくないなんて嘘だよな?」

「ごめんなさい、私、お兄様には逆らえないです……」

「嘘だろ……」


 と俺がショックを受けていると、久留宮琉依の嘲笑が聞こえてきた。


「はははは、瑠美は有能である兄に従うべきだときちんとわかっているな、父と母が女は男より下だとしっかり教育してきたおかげだ、両親に感謝しないとな」

「てめえ……」

「そういうことだから、お引き取り願おう」


 それから、インターホンの向こうから声が聞こえてくることはなくなった。

 何度押しても、応答しない。


 十回くらい押したところで、理性院さんに腕をつかまれた。


「しかたないです、今日のところは諦めましょう、もう暗くなってきましたし」


 悔しかったが、彼女の言うことに従うことにした。

 その後、理性院さんは俺を家まで送ってくれるというので、彼女の車に乗った。


「それにしても、どうしましょうか?」


 理性院さんが車を運転しながら言う。  


「理性院さんはどうすればいいと思う?」

「このまま久留宮さんの兄が彼女を家にとじこめるつもりなら、やむをえません、手荒な手段を取るしかないでしょうね」

「手荒な手段って?」

「場合によっては久留宮琉依にはこの世からいなくなってもらうことになるかもしれませんね。我々なら表沙汰にならない形で人ひとり消すくらい容易いことですので」


 とさらりと理性院さんは言う。

 本気で言っているとしたら物騒すぎる。


「待ってくれ、もっと穏便な形でやろう」

「そう言うからにはなにか策はあるのでしょうね?」

「ああ、俺に任せてほしい」

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