第31話 久留宮瑠美の過去
「瑠美が元は普通の人間だった……? しかも、一度死んでいるだって?」
振り返ってみると、たしかに瑠美は今まで何度か、忘れていた昔のことについて断片的に思い出していたみたいだったから、彼女が普通の人間だったというのは府に落ちる話ではあるのだが……。
「はい、私は一度死んで、サンタに転生したんです。気づいたら天界にいて、サンタ機関に所属していました」
「詳しく訊いていいか、瑠美の過去のこと?」
「はい、怜久くんはもう無関係とは言いづらいですもんね……それに私自身、私のことをあなたに知ってほしいって思っています」
そして彼女は語り出した、どこか懐かしそうで、また同時にどこか悲しそうな顔で、自身の過去を――
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私はたぶん、かなり裕福な家に生まれてきました。友達を家に呼ぶと、だいたい「大きな家だね」と驚かれましたし、実際、私が行ったことのある友達の家で、私の家より大きな家はありませんでした。
だから私は他の子達から羨ましがられることが多かったんですけど、私自身は自分がちっとも恵まれているだなんて思えませんでした。
たしかに衣食住にはまったく困ることはありませんでしたけど、両親はとても学校の成績に厳しい人で、私は病弱で運動は全然できなかったし、勉強もできなかったので、母や父からよく叱責を受けていました。
「私の子なのにどうしてこんなに不出来なのっ」と母からたびたび言われていた覚えがあります。
私には兄が一人いたんですけど、とても優秀な人で、兄が学校でいい成績を出したりすると、両親は私と兄を比べて、余計私に冷たくしてきました。
兄もそんな両親の影響を受けたせいか、私のことをすごく見下していました。
私が勉強していても、どうせお前はなにしても無駄だから大人しく部屋でお人形遊びでもしていろと言ってくるのです。
私は悔しくて、勉強を頑張りましたが、元のできが悪いからかあんまり成績が上がらなかったんです。
運動に関しても頑張ろうと思っていても、私は喘息を患っていて激しい運動が難しいし、病弱で体調が悪いときも多いから、運動したくてもなかなかできなくて、学校の体育は見学してばかりでしたし、休日も外に出ず、家にひきこもってばかりいました。
だから公園で元気一杯に鉄棒とか滑り台とかブランコとかして遊ぶ子達がすごく羨ましかったんです。
一回だけ、すごく体調がいい日があって、本当は兄や家の使用人から、家からでないように言われていたんですけど、こっそり抜け出して、公園に行ったことがあるんです。
そこで私は逆上がりをしたんですけど、全然できなくて、周りにいた男子たちに指を指されて笑われて、悔しくて泣きながら家に帰りました。
いつか体調が万全になったら、もう一度逆上がりをして、今度こそは絶対成功させたいと思っていました。
だから怜久くんに手伝ってもらって逆上がりができたとき、すごく嬉しかったんですよ?
……話を過去に戻しますね。
私は外で逆上がりができなくてバカにされたのもあって、ますます自分の部屋にこもりがちになってしまいました。
私はだいたい家にいるときは、お人形遊びをしたり、絵を描いたり、家の料理人さんに頼んで料理を教わってお菓子を作ったりしていました。
料理に関してはプロの料理人さんに小さい頃から教わっていたので、自信があるんですよ?
そのようなことをして部屋ですごしていたのですが、それでも暇な時間が多くて、私は暇潰しとして、ゲームがやりたいと思うようになってきました。でも、両親は厳しくてゲームを買ってくれませんでしたし、よその家でもしないように言われていました。
こっそり友達の家でやっていましたけどね。もちろん、ゲームセンターに行くのもダメで、いつかゲームセンターで好き放題ゲームするのが憧れだったんです。
それも怜久くんのおかげで叶えられましたね。
でも、やっぱり私は自分の家でもゲームがしたくて、不満をずっと抱えていたある日のこと、なんとサンタが私の部屋まできてくれたんです。
美人な女性のサンタでした。
実は今まで家に来たサンタは使用人の人が応対していて、私に会わせてくれないし、クリスマスプレゼントも捨てられていたのですが、そのサンタはそれを知っていたのか、わざわざ私の部屋の窓まで来て、外から窓を叩いて私を呼びに来てくれたんです。
窓を開けると、
「メリークリスマス」
と言われて大きな箱を渡されました。
箱の中にはゲーム機とやってみたかったゲームソフトが入っていました。
私、すごく感動して、それ以来、私もサンタになって、子供たちにプレゼントを渡して笑顔にしてあげたいと思うようになったんです……
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「はふう……」
喋り疲れたのか、彼女は大きく息を吐いた。
俺は、なるほどな、と思っていた。
彼女が公園にあれだけ行きたがっていたことも、逆上がりができてあんなに喜こんでいたことも、ゲームセンターに行きたがっていたことも、サンタになるのが夢だったことも、先ほどの話を聞いて、納得がいった。
ただ、一番気になっていることが、まだ残っていた。
訊きづらいことではあったが、俺は意を決っして口を開いた。
「それで、瑠美はどうして死んでしまったんだ?」
瑠美は目を閉じて、十秒くらいそうした後、ゆっくりと目を開いて、話し出した。
「喘息です。ある日、自分の部屋にいるときに、急に発作が起きて、家の使用人の人が私の異変に気づいたときにはもう手遅れで……」
「そっか……今はもう喘息の心配はないんだよな?」
「はい、サンタになってからはなんの病気もなく健康そのものです、体力は普通の人間だったときと同じであまりないですけど、運動も勉強も苦手なままですし」
「そっか、それはよかったと言っていいのかな……?」
「よかったですよ、憧れだったサンタになれたんですから」
と彼女は微笑む。
俺は聞いた話が衝撃的すぎて、まだ頭が少し混乱していたが、とりあえず別れる前に瑠美のことが深く知れてよかったと思った。
「ありがとう、話してくれて」
「なんでお礼を言うんですか、私が話したいから話したんです、お礼を言うのは私の方です、ありがとうございます、本当に」
と頭を丁寧に下げる瑠美。
彼女のことを知れたのはよかったけど、せっかく知れたのに明日には別れることになると思うと、気分がずんと沈んだ。
そんな暗い気持ちが顔に出てしまう前に、俺は動き出した。
「墓参りに来たことを忘れていたな、瑠美の家の墓に水をかけたあと、俺の家の墓の方にも行こう。まずはバケツに水をいれに行かないと
……」
と俺が水汲み場に行こうとしたとき、こちらに背の高い男が向かって来ていることに気づいた。
ルックスのいい男だった。どことなく瑠美に似ている気がする……。
その男は俺たちに目を止めると、目を大きく見開いた。
「瑠美……? なんで生きている……!?」
その男がこちらに大股で迫ってくる。
「お兄様……」
と傍らにいる瑠美が目を見張っていた。
「瑠美の兄なのか?」
「はい、私のお兄様です……」
その兄とやらは瑠美の前までくると、彼女の肩をつかむ。
「お兄様、どうしてここに……」
「墓参りに来たんだよ、おまえのほうこそなんでここにいる、俺の妹はすでに死んだはずだ!?」
「えと、私は一度死んで、それからサンタになって……」
「一度死んだ? それからサンタに? 何を言っている? たくっ、女の話は非論理的だから嫌だな……」
女性蔑視的な発言に俺は眉を潜めるが、彼は俺のことを一瞥すらしない。
「まあいい、よくわからないが生きていたのはたしかだ、家に戻るぞ、詳しい話はそこで聞こう」
「ちょっと待ってください、私、怜久君とお参りをしないと行けないんです!」
「怜久……このスケベそうなガキのことか?」
「誰がスケベそうなガキだ、人を第一印象で決めつけるな」
「スケベなのは事実ですけど、怜久くんのことを悪く言わないでください!」
「いや、瑠美、それ、フォローになってないから……」
「……仲が良さそうだな、だが、瑠美、おまえ、誰にそんな口を利いている?」
瑠美の兄が彼女をぎろりと睨んだ。彼女はびくっと体を震わせる。
「女は男の言うことに黙って従っていればいいんだよ、おまえはひとりじゃなにもできない無能なんだしさ」
「はい……ごめんなさい、お兄様……」
瑠美はしゅんとした顔になり、肉食獣を前にした小動物のようになっている。
我慢ならず、俺は口をはさんだ。
「おい、なんだよその女性を見下した発言は?」
「見下して何が悪い、事実、女は男より下だろう? 特にこの妹はな、勉強も運動も全くできない哀れなやつなんだよ、だから有能な俺の言うことをはいはいと聞いていればいいんだ、なあ、瑠美?」
「は、はい……」
瑠美はこくりと小さくうなずいた。
なぜ彼女はこんなやつに従う、そんなに怖いのか、こいつが?
「さあ、わかったなら家に行くぞ、ついてこい」
と兄が瑠美の腕を掴み、彼女を引っ張って歩きだす。
「待てよ!」
俺はそんな兄の腕を後ろから掴んだ、が、その次の瞬間――
ドスンッ!
と鈍い音とともに、鳩尾に突然痛みが走った。
「ぐっ……」
あまりの痛みにうずくまる。
何がおこったかすぐにはわからなかったが、どうやら瑠美の兄が振り向いた瞬間に、俺の腹を殴ったようだ。
「怜久くん!」
瑠美が叫びながら、振り返って俺の方を見る。
彼女の兄はそんな瑠美を問答無用で引っ張って連れていく。
息が苦しい。あいつ、的確に鳩尾を殴りやがった。
腹を押さえながらなんとか立ち上がり、痛みに耐えながらのろのろと二人を追いかける。
あの二人は墓地を出て、すぐ近くにある駐車場に入った。
彼女の兄は瑠美を高そうな黒い車の助手席に押し込むように座らせると、自身は運転席に座り、車を発進させた。
「待て!」
と叫ぶが、待ってくれるわけなかった。あっという間に車は見えなくなるまで遠くに行ってしまい、ぽつんと俺だけがその場に残されてしまった。
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