第28話 大人の人生ゲーム

 全員食べ終わり、皿をテーブルから片づけた後、どこかへ消えた父が数分後になにか大きな箱を持って、リビングに戻ってきた。


「みんな、人生ゲームやらないか?」

「やるやる! ゲームでは超イケメンの金持ちと結婚して見せるわ!」


 と母さんが急にテンションを上げて言う。

 そんな母を見て、父さんがしょぼんとした顔になった。


 人生ゲームか……。それ自体は別にいいのだけど、なんか『大人の人生ゲーム』ってタイトルが箱に書かれているのが気になるんだよな。

 大人のってなんだよ。なんか、嫌な予感がするな……。 


 しかし特に反対意見が出なかったので、人生ゲームをこの場にいる全員でやることになった。


 そしてゲームをやり始めてから三十分ぐらい経ったのだが、俺の嫌な予感は的中していた。


 俺と久留宮はゲーム内で結婚していたのだが、子供が22人も生まれていた。

 いや、おかしいだろ、この人生ゲーム。


「おまえ、どんだけ子供作ってんだよ、サッカーチーム二つできるじゃねぇか、家族で仲良く試合でもするつもりか?」 


 と父はドン引きした顔を俺に向けてくる。

 妹は俺をジト目で見ていて、母さんは久留宮を尊敬の眼差しで見つめていた。


「すごいわ、久留宮さん、22人も産むなんて、私には無理だわ、すごく頑張ったのね」

 

 母の言葉に久留宮は顔を赤くしながら苦笑いしている。


「いや、あくまでゲームの話だから、これ」


 俺はそう言うが、家族たちは聞く耳を持たず、俺や久留宮に奇異な視線を向け続けた。


 おかしな展開はそれからも続く。

 父はゲームの中で母と結婚したが、隠れて愛人を作ってしまったのだ。


「お父さん? 愛人、いるの?」


 と母が包丁を持ちながら父ににじり寄る。


「か、母さん、これはゲームの話だから!」

 

 汗をだらだらとかきながら、父が母から距離をとっていく。

 母さんが落ち着きを取り戻してからゲームを再開するも、母の心を乱すような展開がそれからも続いた。

 

 父は妙に人生ゲームの中でモテていて、それから愛人が十人まで増えたのだ。


「いやぁ、我ながらモテモテだなぁ、父さんはイケオジだからなぁ」


 とニヤニヤしている父に俺、続いて妹がツッコミを入れる。


「いや、おかしいだろ、このゲーム」

「父さんがこんなモテるわけないって」

「おかしくないない、とてもリアルな俺の姿がここにあるよ」

「つまり、お父さんは愛人が現実でも十人いるってことね、愛人一人につき一回刺そうかしら?」


 と包丁を持った母が怖い笑顔で父にゆっくりと近づく。


「ちょ、ちょちょ、し、死んじゃう、死んじゃうから、ゲームの話だから、あくまでこれは、落ち着いてくれ!」

 

 包丁を刺そうとしてくる母を父が二十分くらいかけて説得した後、俺たちは中断していたゲームを再びやり始めた。


 十分くらい経って、父はあるマスで止まると、そこには、『おめでとう、あなたが浮気しているのが正妻にばれて、怒った彼女にめった刺しにされてあなたは死んでしまいました』と書かれていた。  


 父がガタッと立ち上がり、叫ぶ。


「いや、おかしいだろ、この人生ゲーム、なんで死亡エンドがあるんだよ! しかも死に方が惨すぎだろ!」

「なにもおかしくないわね、素晴らしいゲームだわ」


 と母が軽く拍手をしながら言う。妹は母の発言にうんうんと頷いて同意している。


「誰だ、こんなクソゲーやろうっていいだしたの! ふざけんなよ!」

「言い出したのは父さんだ、ふざけているのはあんただろう?」

  

 俺のツッコミにぐぬぅと唸りながら父は不満げに顔を歪める。


 なにはともあれ、父の最下位がこれで決定した。

 それから三十分後、父以外の全員がゴールするが、最終的な順位は、久留宮、俺、妹、母、父の順だった。

 父と母は順位に不満があるらしく、妬ましそうに俺と久留宮を睨み付けてくる。

 いい年してたかがゲームに大人げない二人だ。

 

 人生ゲームが終わって少しした後、久留宮が帰ることになった。

 俺は彼女のマンションまで送っていくことにする。


「久留宮さん、また来てねー、また私の料理、食べさせてあげるからー!」

「避妊三原則は守れよー」


 と母、次いで父が手をブンブンと振りながら、家から離れていく久留宮を見送る。

 妹も見送りに来ていたが、終始ブスっとした顔をしていた。


 俺の家が見えなくなる距離まで歩くと、久留宮が口を開いた。


「な、なんかすごい人たちですね、志津木君の両親」

「すまんな……俺の父さんと母さんが」

「あはは、でも、すごく楽しかったです、家族みんな仲が良くて羨ましいです、私は両親に嫌われていて、兄からも……あれ?」


 久留宮が唐突に立ち止まった。


「どうした、久留宮?」

「お父さんとお母さんは、いないはずなのに、少しだけお父さんとお母さんの記憶が……兄もいたような気が……おかしい……私はずっと一人身で、サンタとして生きてきたはずで……」


 久留宮が目をギュッとつぶって頭を抱え出した。


「おい、大丈夫か?」

「頭が少し痛くなってきました……」

「無理するな、よくわからんがそのことはとりあえず今は考えるのはやめた方がいい」

「そ、そう、ですね……」


 彼女は目を開き、頭を抱えるのもやめたが、まだ苦しそうに顔をしかめていた。


「まだ頭痛いか?」

「少し、ましになってきました……」

「歩けるか? だっこしてやろうか?」

「いえ、大丈夫です……」

「遠慮するな、ほら」


 と俺は久留宮の腰と脚を持って、お姫様だっこしてあげた。

 想像以上に軽かった。あとなんかすごくいい匂いがする。

 彼女はボッと顔を赤くする。


「あわわわ、は、恥ずかしいので、下ろしてください、い、いや、実はお姫様だっこされるの、ひそかに憧れてはいましたけど、で、でも、恥ずかしすぎます!」

「憧れていたんならいいじゃん」

「でも、やっぱり恥ずかしいです、下ろしてください、せめて、お姫様だっこじゃなくておんぶにしてください!」


 久留宮がじたばたと暴れだしたので、しかたなく一旦下ろした。

 俺が彼女に背中を見せて屈むと、久留宮は遠慮がちに俺に抱きつき、太ももを俺の手に載せた。

 俺は彼女を持ち上げると、あまり揺らさないように気をつけながら歩き始めた。


「志津木君、背中大きいですね」


 久留宮の生温かい息が首筋に当たってぞわぞわするがなんとか平静を保つ。


「筋トレしてるからな」

「ごつごつしています」

「鍛えているからな」

「筋トレしすぎです、背中、硬すぎます……」

「すまんな……」

「いえ……ありがとうございます」


 とぎゅっと俺を抱き締める力が強まった。

 背中に柔らかい二つのものを押し付けられて、正直めちゃくちゃムラムラしてきてしまった。

 でも、さすがの俺も、このシチュエーションでエロい言動をする気にはなれなかったので、必死に理性を保とうとする。


 そうだ、こんなときは百鬼先生からもらった、あの無駄に胸の大きいババアの絵を思い出すんだ……。

 性欲が先ほどまで200だとしたら、100まで下がったのを感じた。

 

 それから十五分後、性欲をなんとか押さえつけて、ようやく彼女のマンションの前まで辿り着くことができた。


「ありがとうございました」


 久留宮を背中から下ろすと、彼女はペコリと頭を下げてきた。

 

「頭痛は平気か?」

「はい、もう治まりました、おかげさまで」

「そっか、ならよかった、じゃあ今日はこれで、次会うときは夏祭りの日だな」

「はい、また夏祭りの日に会いましょう、それでは!」


 マンションの出入口に入っていった彼女だが、なぜかすぐに引き返して、自動扉を抜けて、俺の近くまで寄ってきた。


「なんだ、どうした?」

「その、い、言い忘れたことがあって、その……きょ、今日の志津木君、す、すごく、す、素敵でした、よ」

「へ?」


 急にそんなこと言われたので間抜けな声を上げてしまった。


「で、では、また!」


 とてとてと走り去り、自動扉の奥に消えて行く久留宮。


 なんだよ、いきなり……。

 俺の胸はすごいドキドキしていた。


 彼女といればいるほど、どんどん好きになっ ていく。

 でも、好きになっていくほど、いつか別れないといけないという事実が重くのしかかった。

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