第27話 子供の作り方

 もうふざけた料理は持ってくるなよ、と思いながら待つこと数分、母がやってきて、テーブルに二つ皿を置いた。


「はい、あわびとわかめのアヒージョとソーセージとミートボールの盛り合わせよ」

「ふざけんなよ!」


 料理を見た瞬間、そう叫んでしまった。

 盛り合わせ方もなんかおかしいのだ、これは絶対意図的にそう盛り合わせている。


「ふざけてないわ、一生懸命作ったのに、ひどいわ」


 目薬をこっそり差して、また泣く演技をする母、いやいいかげん飽きたよそれ。

 父がそんな母を見て、わざとらしく俺に怒りを向けてくる。


「このバカ息子、母さんを泣かせるとは何事だ!」

「そうですよ、一生懸命作った料理をひどく言うのはどうかと思いますよ」

「ええ、久留宮まで……わかったよ、謝るよ、ごめん」

「もっとちゃんと謝って! 頭を下げて、体を90度折り曲げるのよ、ほら、分度器で測るから、やってみなさい」


 とズボンのポケットから分度器を取り出す母。

 なんでそんなもんポケットに入れてんだよ。


 渋々言われたとおりにするが、


「だめ、まだ50度くらいよ! ほら、あと40度がんばりなさい! それ、がんばれ、がんばれ!」

「やってられるか!」

 

 俺は折り曲げていた上体を元に戻して、席へ戻った。


「まともに謝ることもできないなんて……どうしてこんな子に育ってしまったの」


 顔を覆い、しくしくと声に出して泣いているふりをする母。

 もういちいち突っ込むのもめんどくさくなってきたな。

 

「まったく、俺の息子ときたら、母さんの料理はこんなにも美味しそうだというのに。ほら、よく見てみろ、どうだ、興奮しないか? 俺は見ててムラムラしてくるぞ!」


とアワビとわかめのアヒージョを見た父が鼻息を荒くする。

それは食欲ではなく性欲が刺激されているだけでは?


「あ、そうだ、まだ飲み物をみんなに出してなかったわね、忘れてたわ。

久留宮さん、牛乳かカル〇ピス、どっちがいい?」


 なんでその二択なんだよ。変な意図はないよな?


「え、えと、じゃあ牛乳で」

「牛乳!? カル〇スにしときなさい、女の子なんだから!」

「いや、意味わからん、別に牛乳でいいだろ」


 と勝手にカル〇スを注ごうとする母を止めて、俺は牛乳をコップに入れて、久留宮に手渡した。


「あ、志津木君ありがとうございます……あっ!」


 しかし、久留宮は受け取った瞬間、持ち前のドジさを発揮して、テーブルにコップを落としてしまう。

 コップが倒れ、中の牛乳がテーブルを白く汚し、二つの料理にもかかっていく。

 さらに料理の見た目があれな感じになってしまった。


「ごご、ごめんなさい、ごめんなさいいいいい!」


 ぺこぺこと何度も頭下げる久留宮に、母が若干ひきつった顔を向ける。


「久留宮さん、あなたわざとやったでしょう! 見た目に反してなんていやらしい……!」

「わ、わざとじゃないです! い、いやらしいってなんですか!」

「わざとやっているのはあんたの方だろう、母さん」


 俺はチョップを軽く母さんの背中に当てると同時にツッコミを入れる。


「ごめんなさい、せっかく作っていただいた料理を台無しにしてしまって」


 泣きそうになる久留宮。慌てて俺は彼女をフォローする。


「いや、気にすんなよ、どうせ母さんがふざけて作った料理だし、まだ全然食えるし、牛乳ががかったことでむしろおいしくなってそうだ」

「言ったわね、怜久、なら食いなさいよ、この牛乳まみれの料理を、さぁ、早く!」


 と母さんがうるさく急かしてきたので、しかたなく俺が食べようとすると、


「だめよ、怜久、そんなミルクがかかったアワビとわかめを食べるなんて、いやらしいわ、この変態!こっちのミルクがかかったソーセージとミートボールを食べなさい」


 それもいやらしいと思うが。

 

 何だか絵面的に抵抗あるが、牛乳まみれのソーセージを食べ、続いてミートボールも食べる。


「うん、大丈夫、食えるよ」


 俺がそう言うと、ホッと胸をなでおろす久留宮、

 他の面々も微妙そうな顔をしながらも恐る恐る食い始めた。


「まぁ、食えないことはないけど」


 と顔をしかめる妹。

 母もうーんと唸りながらも、何とか食っていた。


「そうね、まぁ食べられないことはないわね……」

「ああ、全然食えるな。食ってるとなんだか興奮してくるぞ」


 父さんだけが勢いよく牛乳まみれのアワビとわかめのアヒージョを食べている。

 だからあんたは性欲が刺激されているだけだろう?

 

 全員があまりおいしくなさそうに料理を食べる中、母さんが唐突にこんなことを言ってきた。


「で、二人はどこまでやったの?」


 俺は口に含んだ牛乳をふきそうになった。

 久留宮は問われていることがよくわかっていないようで、キョトンとした顔で首をかしげている。


「どこまで、とは?」


 そんな久留宮の様子を見て、母が眉を顰める。


「なんだか久留宮さんって、すごく純粋そうよね、性知識が乏しそうだし……あっ、もしかして子供の作り方知らなかったりする!?」

「え、そうなん!?」


 父が身を乗り出してきた。こういう話題になるとすげぇ食いつくな、こいつ。

 久留宮が困ったかんじで、しどろもどろの話し方になる。


「え、し、知って、ますけど……」

「なら、言ってごらんなさい、どうやって作るの!? ほら、早く言いなさい、3、2、1、はい、ほら、大声で!」


 母がせかすように手を叩きながら言う。

 久留宮がますます困った感じの顔をし、目をそらしながら答えようとする。


「え、えと、こ……」

「まさかコウノトリが運んでくるとか、つまらないことを言うつもりはないでしょうね? つまらないことは我が家では罪なのよ? 常に面白いことをしないとだめというルールがあるの」

「そんなルール、初耳なんだが」


 俺は母に言うが、彼女はスルーした。

 都合の悪いことには耳をふさぐな、この親。


「え、えと、ち、ち……ううう」


 と久留宮はゆでだこのように顔を赤くしながら、なんとか口に出そうとしている。

 公開処刑だ、こんなの。


「おい、無理しなくていいぞ」


 と俺が言うが、久留宮は苦笑いしながらも、母の質問に答えようとし続ける。


「だ、だいじょうぶ、です、ち、ち……ち、ちん……」

「どうしたの、早く言いなさいよ、ほら、大声で! 正確に言うのよ! 3、2、1、はい、」

「こ、子供は、ち、ちん、うう、を、ま、ま、まんに、うう」

「言えないの? 知らないなら無理して知ったかぶらなくていいわよ?」

「い、言え、ます、ち、ちん、ちん……うう……」


 しかし久留宮は湯気が出そうなほど赤い顔でうつむいてしまった。

 それを見て、母があきらめたように嘆息する。


「そう……知らないのね」

「そうか、知らないのか。だが、子供の作り方を知らないのは非常に問題だな、まったく学校は保健体育の授業で何を教えてきたんだ!」


 と父がテーブルを軽く叩いた。

 母が父を意味深な目で見る。


「お父さん、これは私たちが一肌脱ぐしかなさそうね」

「そうだな、母さん」


 見つめ合う父と母。

 なんか、すごく嫌な予感がしてきた。


「怜久、久留宮さん、今から私とお父さん、ここでセックスするから、私たちを手本にして、あなたたちも隣でセックスしなさい!」


 と言い、母が上着を脱ごうとしたので、俺は慌てて母の腕をつかんでやめさせた。。


「いや、なんでだよ、嫌だよ! 両親がセックスする隣で彼女と初めてのセックスとか、どんな地獄だよ!」

「なぜ止めるの!? 私はあなたたちのためを思ってやろうとしているというのに!」

「俺たちのためを思うならやめてくれ!」

「おい、美久、二階の寝室の机の引き出しにコンドームが入ってるから、二個分取ってきてくれ」


 父が上着を脱いで上半身裸になると、妹にそう言った。

 

「いやだよ!」

「なに? くそ、とうとう反抗期が来たか……」

「いや、反抗期じゃなくても嫌がるから、普通、あと服脱ぐな」


 妹がげんなりした顔で言う。

 久留宮が顔を上げて、騒いでいる俺の家族たちを見て、あわあわと焦った様子で口を開く。


「み、皆さん、落ち着いてください、こ、子供の作り方なら、ちゃ、ちゃんと、し、知ってますから! ま〇こにち〇こをいれてせ〇しを中に出すんでしょう!」


 その瞬間、そう叫んだ久留宮以外の全員が固まった。

 妹があんぐりと口を開けて、久留宮のことを無言でまじまじと見ている。


「すごいわ、久留宮さん、こんな昼間から他人の家でそんな卑猥なことを堂々と言えるなんて、私にはできないわ……」


 と母がドン引きした表情で言う。


「いや、あんたが言えと言ったんだろう!」


 俺がツッコムと、母が急にアホっぽい顔になった。

 

「あら、そうだったかしら?」

「とぼけるな!」

「久留宮さん、いいよいいよ、よく言った、ブラボー!」


 父だけがテンション高めにパチパチと拍手しながら久留宮を誉めそやしている。

 こいつはこいつでうっとうしいな……。

 

「すまんな、久留宮、うちの両親が」

「あ、い、いえ、だ、だいじょうぶ、ですぅ」


 彼女の顔は先ほどからずっと赤いままで、卵を頭に落としたら目玉焼きができそうなほど熱そうだった。


 その後は父だけがうるさく騒ぐ中、微妙な空気感で俺たちはご飯を食べた。

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