第25話 砂浜で追いかけっこ
数分後、俺は大枝さんにはがいじめにされていた。
五メートルくらい離れたところには、バレー部の星住さんがボールを持って、サーブを打つ態勢に入っている。
そんな俺たちを少し離れたところで、クラスメイトたちが見ていた。
「星住さん、さあ、こいつの股間に向けてサーブを放つのよ!」
それが俺への罰らしい。
聞いただけで股間にひゅんっと寒気がして、縮みあがった。
背中に大枝さんの胸が当たっているが、あまりの恐怖にその感触を味わう余裕はなかった。
「正気か!? こんな至近距離で打つなんて!」
「正気よ、やっちゃえ、星住さん!」
大枝さんがそう言った後、星住さんがボールを真上に放り、高く飛ぶ。
しかもジャンプサーブかよ!?
やめろ、外れてくれ、せめて股間には来ないでくれ。
そう念じている中、星住さんの手がボールを強く叩いた。
彼女の巨乳が大きく揺れ動いたが、それを注視して楽しんでいられる状況ではなかった。
そのボールは吸い込まれるように股間へ向かっていき、見事に大当たりする。
「ぎゃあああああ!」
俺の絶叫が響き渡る。
股間が潰されたんじゃないかと思ったほどの衝撃だった。
「まだまだ続けるわよ、星住さん、どんどん打っちゃって」
と俺の後ろから大枝さんが言う。
「やめろ、これ以上は生殖機能がなくなる!」
「なくなったほうが平和になるわ」
大枝さんの発言にうんうんとうなずく女子たち。久留宮だけは心配そうに俺を見ていた。
男子たちはというと内股になりながらがくがくと震えている。
「次、行くよー」
その声と共に、星住さんがジャンプする。
「やめろおおおお!」
俺の叫びが空虚に響いていく。
結局10回も股間に直撃を食らった。
至近距離とはいえ、星住さんのコントロールは見事なものだった。
股間を押さえながら仰向けになっている俺に、男子たちが黙祷を捧げている。
そんなところへ、大枝さんが強者の風格を漂わせてやってくる。
「じゃ、次は南出ね」
大枝さんが悪魔のように微笑んで言うと、南出の顔が絶望に染まった。
「え、俺は許してくれるんじゃなかったの!?」
「許すわけないじゃない、でも正直に言ってくれたし、あんただけは一回ですませてあげる」
そして、南出が股間サーブをうけたあと、北絛君を除く残りの男子全員が股間に五回ボールを食らった。
この地獄の罰が終わると、女子たちは散開した。もう男子たちとは遊ぶつもりがないらしい。
その場には、股間を押さえながら苦痛に顔を歪めている男子たちが寂しく残された。
「いてえ、いてえよー」
「もう精子出せねえよ」
「それどころか、ションベンもちゃんと出せるか不安だよ……」
涙目の男子たちに北絛君が申し訳なさそうな顔を向ける。
「なんかすまない、俺だけ罰から逃れてしまって、俺も計画に参加していたのに」
「ほんとだよ、イケメンは特だよな」
「その顔よこせ、おら」
男子たちが北絛君の頬を引っ張りだした。
「い、いだっ、やめろーいたいいたい!」
「なにが痛いだ、俺ちの受た痛みに比べればはるかにましだろ」
と南出君が内股で股間を両手で押さえながら言う。
俺を裏切り、一回ですんだおまえがそれをいうのは業腹だが、その点に関しては同意だった。
他の男子たちもうんうんと頷いていた。
その後、男子も女子もみんな海のほうに遊びに行ってしまった。
股間の痛みがだいぶ引いてきたので、俺も海で泳ごうかと思ったが、そのとき、久留宮がビーチパラソルの下で、ポツンと退屈そうに一人でいるのが視界に映った。
俺は彼女の元へ向かう。
「どうした? みんなと泳ぎに行かないのか?」
「私、実は泳げないんです」
「あ、そうなのか、ならしかたないな」
俺が久留宮の隣に座ると、彼女は怪訝な顔を俺に向けてきた。
「志津木君は泳がなくていいんですか?」
「ああ、久留宮といたほうが楽しいからな」
俺がそう言うと、彼女は顔を赤くしてうつむいた。
「志津木くんって、たまにドキッとするこというから嫌です。普段はだいたいふざけたことを言うかエッチなことを言うかのどちらかなのに」
「こういうのはたまに言ったほうが効果あるからな、どうだ、ムラムラしてきたただろ?」
「してません、はあ……せっかくちょっとときめいたのに台無しです」
彼女はがっくしと肩を落とした。
それから海で泳いだり水をかけあったりしているクラスメイトたちを二人でしばらく眺めていると、久留宮がこちらを向いて「あの……」と言ってきた。
なにかを言おうとして、口を開いては、また閉じている。
話しづらいことを言おうとしているのだろう。
たぶんこの前、コンビニに久留宮が来たときに言おうとしていたことと同じ内容なんだと思う。
まあ、この様子からして、だいたい何を言おうとしているのかは想像がつく。
その想像通りなら、俺にとっても聞きたくない内容だった。
だからまた俺は茶化すことにした。
もちろんこんなのは問題を先延ばしにしているだけだ。でも、今はせっかく海水浴に来ているんだからあまり暗い話をしたくなかったんだ。
「また、デートの誘いか?」
「え、あ、えと、はい、そうですね」
「次はどこ行こうか」
「そうですね、今は夏なんですし、夏っぽいところに行きたいです」
「夏っぽいところか……夏祭りとかか?」
「あ、夏祭りいいですね!」
「他に行きたいところはあるか?」
「そうですね、他には、うーん……あ、そうだ、志津木君の家に行きたいです」
「え、俺の家?」
「はい、志津木君のご両親にも会ってみたいですし」
「俺の両親か……」
あの二人と久留宮を会わせるの、すごく不安なんだけどな。あの夫婦のテンションに久留宮はついていけるのだろうか?
「まあいいけどさ、俺の両親、ちょっと……いや、だいぶ変なやつらだからさ、そこはわかった上で来たほうがいいかも」
「志津木君が言うほどなんですか……なんか怖いような、でも逆に気になってきたような……」
と彼女は顎に手を当てて、どこか上の空になる。
たぶん、俺の両親がどんな人たまたか、想像しているのだろう。
俺はやることもないし、顔を前に向けて、ぼーっと海で泳ぐクラスメイトたちを見ていた。
ちらって隣を見ると、いつのまにか久留宮もそうしていた。
「夏休み、終わってほしくないなぁ」
どこか寂しげな顔で海を見ながら、ぼそりと彼女はそう言った。
「なんだよ、終わる間近のときに言うようなこと言って。まだまだ夏休みは始まったばかりじゃないか」
「あ……そうですね」
てへへとピンク色の舌を少し出す久留宮を見て、確信する。
やっぱり、さっき言いたそうにしていたことって、そういう話だよなって。
俺は少し暗くなってしまった空気を打ち破るように、立ち上がった。
「久留宮、俺たちも海に泳ぎに行かないか?」
「え、でも、私、さっきも言ったように泳げないんですけど」
「でも本当は泳ぎたいんだろ? ずっと泳いでいるやつらのこと、羨ましそうに見ているじゃないか。俺が泳ぎを教えてやるからさ、行こうぜ」
遠慮がちな彼女の手を引いて、俺は海に向かって走り出した。
「わわ、志津木くん、わ、わかりましたから、行きますから引っ張らないでください、もう……」
久留宮はまんざらでもなさそうな顔をしていた。
そのあと、俺は久留宮にバタ足をとりあえず教えていた。
「志津木くん、手を離さないでくださいね、絶対、絶対ですよ」
「わかった、わかったから落ち着け」
なんだか小学生に教えている気分だ。
「そろそろ手、離してもいいと思うが」
「だ、だめです、まだ、まだつかんでいてください!」
「はいはい」
と言いながら、俺は手を離した。
「あー、なに手を離しているんですか!?」
「わりぃわりぃ、でもさ、ほら一人で泳げているじゃないか?」
「え、あ、ほんとだ!」
と彼女はそのままその辺をバシャバシャと泳ぎ回る。
「やった、わたし、泳げるようになるのがずっと夢だったんです!」
はしゃいでいる彼女を見ていると、なんだか俺も嬉しくなった。
そのとき、大きな波がこちらにやってきているのに気づいた。
しまった、久留宮に意識を向けていて気づかなかった。彼女も泳ぐのに夢中で気づいていない。
そのまま、波が俺たちを襲った。
「ぷはっ、大丈夫か、久留宮!?」
「え、ええ、なんとか……て、あ!」
と久留宮が急に顔を赤くして、水の中で胸を隠すように腕を組む。
「どうした?」
「い、今ので、水着がどっかいっちゃって!」
「え、マジ、わ、わかった、探してくるからそこで待ってろ!?」
そして俺はこの辺りを泳ぎ回ったが、幸い、すぐに久留宮の水着が見つかった。
これ、さっきまで久留宮がつけていたんだよな……?
思わず匂いを嗅ぎそうになるが、すんでのところで思い止まる。
いや、彼女が困っているときにこれはない。
いくら俺でもさすがにこんな変態的なことを今するのはどうかと思ったので、久留宮の元へ急いだ。
「久留宮、ほら水着」
「ありがとうございま……て、きゃああああ!」
久留宮は胸を片腕で隠しながらもう片方の手で水着を受け取った瞬間、なぜか悲鳴を上げて顔をそらした。
「どうした?」
「し、志津木くん、し、下、下はいてないです!」
「え!?」
言われて気づいた。たしかに下、はいてない。
さっきの波で俺も脱げていたのか!?
俺は水中に潜り、急いで水着を探した。
息継ぎをしながら、十分くらい探して、見つけることができたが、水面にプカプカ浮かんでいたその水着をつかんだ瞬間、突如として強風が吹いた。
「あっ!」
先ほどまでずっと泳いでいたことことで疲労がたまっていたのに加えて、水着を発見できたことで油断していたのだろう。
掴んだ水着が手から離れてしまった。
その水着はそのまま風に乗って砂浜のほうへ飛んでいく。
「まずい!」
俺は砂浜のほうへ向かうが、水着を追いかけることに夢中でもっとまずいことになっていることに気づいていなかった。
「きゃああああ!」
「いやああああ!」
「ひいいいい!」
砂浜にいる女性たちが俺を見て、次々と悲鳴を上げだした。
そこで、俺はようやく気づいた。
俺、今、全裸じゃん。
「いやああ、変態よおお!」
「警察だ! 警察を今すぐよべ!」
「いや、そのまえに私人逮捕だ!」
動画配信者っぽい筋骨隆々とした男がおれのほうへ向かってきたので、思わず逃げてしまう。
「逃げるな、変態が!」
「ちがう、俺は変態じゃない! 誤解なんだ!」
「自分の今の姿を見て言え!」
ガチムチの動画配信者と砂浜でおいかけっこする。
くそ、相手が美少女だったら憧れのシチュエーションだったのに、どうしてこんなことに……。
逃げている最中、クラスメイトたちが砂浜にいるのを見つけた。
「みんな、助けてくれ!」
全員から無言でサッと顔を逸らされた。
他人の振りをされた!?
久留宮の姿も発見したので、彼女にも助けを求める。
「久留宮、誤解を解いてくれ!」
しかし、彼女にも顔を背けられた。
「だ、誰でしょう、あの人は……世の中にはとんでもない変態がいますね、あはははは……」
「久留宮まで!?」
そのあと、警察が来るまで三十分くらい逃げ続けた。
警察署に連れていかれ、必死に事情を説明してなんとか理解を得てもらい、解放されたときには、もう外は暗くなっていた。
「ぐす、ふぐ、ふええ、こんなの、いくらなんでもあんまりだあ、ふえええん」
俺は一人泣きながら自宅に向かって夜道を歩く。
通行人から変な目で見られたが、気にする余裕はなかった。
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