第24話 バレーしようぜ!

「志津木と久留宮じゃねえか」


 その声の発生源を探していると、南出君がこちらに向かってきているのに気づいた。その後ろには、北絛君、さらにその後ろには大枝さんが率いるクラスの女子たちがいた。

 こちらに近づいて来るにつれ、女子たちの背後に、クラスの男子たちがいるのも見えた。


「なんでここにお前らが」


 おれの前まで来た南出くんに訊くと、


「それはこっちのセリフだ、志津木は呼ばれてないはずだぞ」

「呼ばれてない、だと? まさかおれ以外のクラスのやつら全員が今日は海で遊ぶことになっていたりしたのか?」

「お前だけじゃなくて丸田と細野も呼ばれてないな。あと西林と東峰は呼ばれていたんだが、今日は試合があるらしくて来てない」


 マジかよ、また俺はハブられていたのかよ。

 

「あれ、ということは久留宮は呼ばれていたのか?」


 彼女は少し気まずそうに苦笑して、口を開いた。

 

「はい、実は一昨日、大枝さんにこの日にあそばないかと誘われていたんです、志津木くんとの予定があるから断ったんですけどね。まさか同じ海水浴場に行く予定だったとは知りませんでしたが」


 そうだったのか。

 久留宮が俺との予定を優先してくれたのは嬉しいが、しかしまたもクラスのやつらから除け者にされていたことは俺に大きなショックを与えていた。


「うう……ひどいや、みんな、また俺を仲間外れにするなんて」

「いいじゃねえか、かわいい彼女と二人きりで楽しく過ごしていたんだから」


 南出君が珍しく俺に嫉妬しているかんじで言うと、大枝さんも俺の前まで来て話に加わってきた。


「そうよ、志津木のくせにこんなかわいい子と海水浴なんて生意気よ、久留宮さん、こんなやつとじゃなくて私たちと遊ぼうよ」

「え、でも……」

 

 大枝さんが久留宮の腕を掴んで、女子の集団のほうへ連れていこうとする。

 久留宮は困った顔で俺のほうを見てくる。

 

「まて、久留宮を連れていくなら俺もつれていけ」

「なんでよ、嫌よ、女子の集団に男一人で混ざるつもり?」

「そうだが、なにか問題があるのか?」

「問題だらけよ、あんたみたいな変態がいたらなにされるかわからないからお断りだわ」


 と久留宮を引っ張っていた大枝さんだが、久留宮がその手を振り払って立ち止まり、ぺこりと頭を下げる。


「ごめんなさい、大枝さん、今日は私、志津木くんと二人でいようと思うので」

「えー」


 と不満そうな大枝さんに、南出君が言う。


「まあ、この際だ、志津木は呼んでいなかったとはいえ、ここで出会ったのもなにかの縁だし、志津木と久留宮含めてみんなで遊ばないか?」

「えーこいつ入れるのー?」


 と大枝さんはごみでも見るような目を俺に向けてくる。


「大枝さん、考えてみろよ、志津木を除け者にしたら、こいつはずっと久留宮と二人でイチャイチャすることになるんだぜ、そんなとこ見たくないだろ?」

「たしかにそうね、そういうことならしかたないわ」


 と大枝さんは南出の説得に頷いた。

 こいつら、人の恋路を邪魔しやがって……。

 久留宮と二人きりで海を楽しみたかったが、まあ皆と鉢会わせてしまった以上、しかたないか。


 それからはクラス全員で遊ぶことになった。といっても、みんなけっこうばらついて遊んでいるが。

 海で泳ぎを競っているやつら、砂浜で砂遊びをしているやつら、貝殻を探しているやつら、などなど、それぞれやりたいことをやっているかんじだ。


 久留宮は先ほどから一部の女子たちと、砂でお城をつくって遊んでいた。

 キャッキャウフフと楽しそうで何よりだ。

 俺はというと、そんな久留宮を離れたところから、ただ眺めていた。

 そんなとき、南出がバレーボールを持ってこちらに来た。


「なんだよ、そのボール?」

「いや、バレーボールをクラスのみんなでやろうと思ってな、おまえもみんなへの説得に協力してくれ」

「べつにいいが、なんでバレーボール? おまえ、そんな好きだっけ?」

「いや、バレー自体はそんな好きじゃねえよ、だが、志津木、今の状況を考えてみろよ?」


 と南出が下卑た顔で水着姿の女子たちを見る。

 そこで、俺はやつの意図に気づいた。


「そうか! 今は水着、あんな格好で動きの激しいバレーボールなんてやったら!」


 そう、胸や尻が揺れまくるに違いない! 


「バカ、あんま大きな声を出すな、女子に聞こえるだろ、だが察しがよくて助かるぜ」

「わかった、そういうことなら、俺の持てる力すべてを注いで協力しよう」


 俺たちは固く握手した。


 そのあと、俺たちは他の男子たちにもこの件をこっそり話して、それから南出くんはクラスのみんなを呼んだ。


「みんな、バレーボールしようぜ!」


 南出くんが歯をキラッと輝かせて言うと、運動部に入っていない女子たちが微妙そうな顔をした。


「えー、運動するのめんどいー」

「私、運動苦手だしー」

「暑いしーめんどいー」


 不満そうな声がいくつか出てくる。

 俺はそこで、男子たちにアイコンタクトを送る。

 男子たちが無言で軽くうなずくと、次々と口を開き出した。


「いいじゃねえか、バレー!」

「運動してえと思ってたんた」

「海といえばビーチバレーだよな」

「バレー最高!」

「やりてえー! 今すぐバレーやりたくてしかたねえよ!」


 テンション高めの男子たちの声があちこちで噴出する。

 いいぞ、このまま数の力でごり押す。


「なに、あんたら、そんなにバレー好きだったの? でもねぇ、私は別にいいけど、運動あんま好きじゃないこも少なくないからなあ」


 大枝さんが眉尻を少し下げてそう言ってきた。

 もうひとおしといったところか。


「バレーはダイエットにいいらしいぞ?」


 俺がそう言うと、今まで乗り気じゃなかった女子たちの目がとたんにキラリと光る。


「へ、へーダイエットにいいんだー」

「ま、まあ、たまには、運動もいいかな」


 やはりな、予想通り食いついてきた。女がダイエットという言葉に弱いことは、母や妹を観察していてよくわかっている。


「ほんとにダイエットにいいんですか?」


 疑いの目を向けてくる久留宮に、おれは言う。


「ああ、それを証拠に、バレー選手を思い浮かべてみろ、みんな痩せてるだろ?」

「あ、たしかに!」


 と久留宮がぽんと手をたたいた。他のみんなも納得した顔だ。


 よしよし、うまく騙されてくれたな。

 そもそもバレーなんて競技の性質的に太っているやつがやるのは難しいだろうから、ダイエットとか関係なく必然的に痩せているやつが多いだけだろうに、そこにまったく気づかないとはな。まあこちらとしてはちょろくて助かるが。


「いいわね、バレー、みんなバレーやりましょうよ!」


 大枝さんがそう言うと、皆が「おー!」と賛同した。

 俺と南出はこっそりハイタッチした。他の男子たちも俺にサムズアップを送ってくるので送り返した。

 

 そして、バレーが始まる――


「そうだ、もっと強くボールをたたけ!」

「行け、思いっきりジャンプするんだ!」


 俺や南出はプレーする女子たちに激しい動きをさせて、少しでも多く胸や尻を揺らそうとしていた。

 他の男子たちも自分たちのプレーはそっちのけで女子たちのプレーに熱中している。


「ジャンプサーブだ、大丈夫、やればぜったいできるって!」

「そうだ、高くジャンプして、おもいっきりボールをたたけ! そして揺らせ!」

「ん、揺らせ?」

 サーブを打とうとしていた大枝さんが首をかしげたあと、こちらにくる。

 しまった、つい本音がすこしもれちまった。

 隣の南出君が「バカ、なに言ってんだよ」という顔をする。

 すまぬ……やらかしちまった。


「ゆらせってなにを?」


 俺の前まで来た大枝さんが、鋭い目で見てくる。

 汗がだらだらと流れてきた。


「い、いや、なんでしょうね、あはは」

「まさか胸のことじゃないでしょうね?」


 胸だけじゃなくて尻もです、と言いそうになって口を紡ぐ。


「ま、まっさかー」

「やたらバレーをやりたがったのも、まさかそのため?」


 まったく、かんのいい女は嫌いだよ。


「いやいや、ま、まさか、ははは」

「ずいぶん挙動不審ねえ、志津木だけじゃなく南出も」


 名前を出された瞬間、俺の隣で汗をだらだらかいていた南出君ががたがたと震えだした。

 少し離れたところで、他の男子たちが青ざめた顔で俺たちを見守っていた。


「南出、ずいぶん震えているじゃない、他の男どもも、なんだか顔色が悪いわねえ、まさか、男子たち全員による計略だったりするのかしら?」

「ま、まさか、みんな純粋にバレーがやりたかっただけですって」


 俺が必死にそう言うが、彼女は冷酷な目でおれたちを見てくる。


「正直に言いなさい、最初に真実を打ち明けたものだけは許してあげる」

「すべて、あなた様のいうとおりです! でも付け加えると、首謀者は志津木です! あいつが言い出しっぺで俺たちはあいつの指示にしたがっただけです!」


 南出が爆速で土下座しながらそう言った。

 あいつ、俺に責任をなすりつけやがった!?


「南出、てめえ!」

「志津木、やっぱりあんたなのね」


 こきこきと手を鳴らす大枝さん。

 俺は死を覚悟した。


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