第22話 クリスマスを祝う日本人は洗脳されているのか?


 バイトが終わり、家へと帰る途中のこと。

 まだ昼過ぎだったので、帰ってエロゲでもやって暇をつぶそうかと考えていたとき、繁華街の大通りにある某フライドチキンのチェーン店の近くで、なにやら騒がしい集団を見かけた。


「あなたたちは洗脳されています!」


 十人くらいの集団の先頭にいるスーツ姿の女性が、そう声を張り上げる。

 スタイルがよくてなかなか美人な女性だった。

 その人の少し後ろで、プラカードを掲げた人たちが並んでいる。


 プラカードには、『クリスマス廃止!』とか『あなたたちは洗脳されている!」とか『滅びよサンタ組織!』とか『目覚めよ、日本国民!』とか書かれている。


 一目でやばい集団だと思った。

 通行人たちが「うわぁ」て感じの顔でちらっとだけその集団を見て、そそくさと通り過ぎていく。


 たぶん、あれが委員長の言っていた例のアンチクリスマス組織というやつだろう。

 この暑い日にご苦労なことだ。


 その集団の中心人物っぽい美人な女性は、だれも聞く耳を持ってくれていないにもかかわらず、めげずに叫び続けていた。


「みなさん、無宗教の日本人がクリスマスを祝うのなんて、おかしいと思いませんか!? あなたたちは気づかぬうちにクリスマスを祝わないといけないと洗脳されているんです、誰によって? そう、サンタたちによって! 日本でクリスマスが当たり前のように祝われているのは、サンタ機関の陰謀なんです!」


 彼女の声はさらに熱量を増していき、某フライドチキン屋を指差しながら、大声で捲し立てる。


「見てください、あのフライドチキン屋を! 昔はクリスマスにフライドチキンなんて買わなかったでしょう! あなたたちはクリスマスにはチキンを食べないといけないと洗脳されているんです! サンタたちによって! 信じてくれないかもしれませんが、あのフライドチキン屋はサンタ機関が裏で運営しているんです! 彼らはあなたたちにチキンを買わせて金儲けしようとしているんです! 目を覚ましてください!」


 その美人な女の人がどれだけ熱を込めて主張しても、通行人はうるさそうに耳をふさぎ、通り過ぎていくだけだった。彼女は少しイライラした感じの顔と声になる。


「サンタ機関はクリスマスを一年に12回行われるものにしようとしています! このままだとあなたたちは毎月フライドチキンを大量に買ってあのチェーン店、いえ、サンタ機関を儲けさせることになるんですよ! いいんですか! そんな世界になっても!」


 通行人に問いかけるように彼女は言うが、誰一人として立ち止まる者はいなかった。

 彼女の後ろにいたデモ隊の人々が彼女をフォローするように叫ぶ。


「そうだそうだー、いいのかそんな世界になっても―!」

「クリスマスなんて年に四回もいらない―!」

「クリスマスを祝うのをやめろー!」

「お前らどうせクリスマスの夜にセックスしたいだけだろー!」

「リア充爆発しろ―!」

「隣りの部屋のカップル、クリスマスのたびにセックスするのやめろー、夜、うるさくて眠れないんだよー!」


 後半は完全に私怨だった気がするんだが。

 離れたところからその集団の様子を見ていたが、あほらしくなってきたので、俺も他の通行人と同じように、華麗に通り過ぎようと思った。


 しかし、近づいていくにつれて、デモ隊の中に知り合いを発見してしまった。

 委員長だ。プラカードで顔が隠れていて、気づかなかった。

 夏休みに何やってんだあいつ……。


 気づかないふりして通り過ぎようと思ったが、目が合ってしまった。


「あっ! 志津木君!」

 

 と委員長が大きな声で俺を呼び止めてきた。やめろ、バカ。


「誰、知り合い?」


 とリーダーっぽい美人女性が委員長に問いかける。


「はい、クラスメイトなんですけど、私たちの思想に共感してくれて、是非ともうちの団に入りたいと言ってくれたんです」


 いや、言ってない言ってない、そんなこと。


「まぁ、それは素晴らしいわ!」


 その美人女性はパァッと顔を明るくし、ぱんっと軽く両手を叩き合わせて、こちらに向かってくる。


「しづきくんでしたっけ? 歓迎するわ。私は中小路なかこうじ、一応この組織の団長をやっています、よろしくね?」

「はぁ、よ、よろしくお願いします……」

「あとで歓迎パーティをしましょうね?」


 いえ、しなくていいです。

 と心の中で言ったが、その中小路といたい女性は、俺の手を両手でつかみ、ぶんぶんと振ってくる。

 その手がとてもきれいですべすべだったので、少しどぎまぎしてしまった。


「そうだ、早速だけど、あなたもデモに参加しない? ほら、このプラカードをあげるから、いっしょに世の中に真実を訴えましょうよ」


 と『クリスマス廃止!』と書かれたプラカードを渡してきた。


「いえ、遠慮しときます」

「あら、このプラカードは好みじゃなかった? じゃあこちらの『あなたたちは洗脳されている!』はどうかしら」

「いえ、書かれている言葉の問題ではなく、プラカードを掲げること自体が嫌というか……」


 委員長がうんうんと頷きながら、俺の話を聞いていた。


「わかるわ、志津木君、恥ずかしいのでしょう? プラカードを掲げて叫ぶのが。

私も昔はそうだったわ、でもね、この世の中をより良くしたいという正義感を強く持たないとだめよ、それが恥ずかしさを乗り越えさせてくれるから」

「いや、乗り越えられなくてもいいから」


 そんな会話をしているとき、誰かが通報したのか、パトカーがこちらにやってきた。

 パトカーは路肩で停止し、中から3,40代くらいの警察官二人がこちらに来た。その中の一人が中小路さんに声をかける。


「君たち、道路の使用許可とってないよね? ここは公共の場所で、君たちが無断で好き勝手していいところじゃないんだよ?」

「あ、す、すみません、すぐに撤収します」


 とペコペコ頭を下げる中小路さん。


 許可取ってなかったんかよ。


「みんな―撤収ー、アジトに戻って、新入団員の歓迎会をするわよー!」

 

 とデモ隊に向かって叫ぶ中小路さん。


「あ、すみません、俺、この後用事があるんで」

「俺も」

「私も」


 と次々に断りの連絡を入れる者が現れて、残ったのは俺と委員長と中小路さんと、中肉中背の男一人と、背の小さい女の人の五人だけとなった。


「だいぶ少なくなっちゃったけど、歓迎会はちゃんとするから安心してね?」


 と俺に穏やかな声音で語り掛けてくる中小路さん。

 べつに無理して開かなくていいんだが、むしろしないほうが嬉しいくらいなんだが、と思っていたが、その後、半ば無理矢理、組織のアジトとやらに連れていかれた。


 ニ十分くらい歩いて、たどり着いたのはとある廃墟ビルだった。

 

「え、ここがアジトなんですか? 廃墟じゃないですか?」

「し、しかたないでしょ、ちゃんとしたとこ借りるお金なんてうちの団にはないのよ」


 と痛いとこ突かれた、という感じの表情で釈明する中小路さん。

 彼女たちが中に入っていくので、俺も後をついていく。階段で二階に上り、元は応接間だったっぽいところへ案内された。


「ちょっとそこのソファに座って待ってて、今、お菓子とお茶を用意するから」


 とぼろぼろのソファを指差される。

 なんだかすごくひもじい組織なんだな、ここ……。

 憐れみを感じながらそのソファに座ると、中小路さんたち四人は部屋の奥の方に消えた。


 しばらくして、コーヒーが入ったカップ5つとポテトチップスが入ったお皿を載せたお盆を持って、中小路さんが奥から出てきた。その後に続くように、他の三人もこちらに来て、テーブルをはさんで俺の向かい側にあるソファに座っていく。


 中小路さんが俺の真向かいに座り、中小路さんの左に委員長、委員長の隣に小さい女の人、中小路さんの右に残る一人の中肉中背の男が座った。


 委員長がコーヒーの入ったカップをそれぞれに配ると、他の面々が角砂糖をコーヒーに一個入れる中、中小路さんは角砂糖を五個も入れていた。

 

「志津木くんは角砂糖を何個入れる? 五個くらい?」


 五個入れるのが当然のことのようなかんじで中小路さんが訊いてきた。


「いや、一個もいりません、ブラックでいいです」

「ブラック? 正気? まさかブラックで飲むのがかっこいいと思っているタイプの人間? べつにかっこよくないわよ? 角砂糖五個入れなさいって」

「いや、普通に何も入れないのが一番好きなだけですよ」


 俺がそう言うと、中小路さんはおかしそうに「あはははは」と笑う。


「ブラックを好んで飲む人間がいるはずないわ、無理して大人ぶらなくていいのよ? ほら、角砂糖五個入れなさい」


 と無理矢理角砂糖を入れようとしてくる彼女の手を止める。


「いや、いりませんってば、ていうか多すぎですってば!」


 そう言っても角砂糖を入れようとしてくる中小路さんに抵抗していると、委員長が横から仲裁してくれた。


「中小路さん、自分がブラック飲みたいけど飲めないからって、ムキになるのはやめてください」

「ム、ムキになんてなってないわよ、もう、そ、そんなにブラックが飲みたいなら好きにすれば!」


 とようやく中小路さんはあきらめてくれた。

 うん、なんていうか……美人だけど、ちょっと残念な人だな。


 中小路さんは仕切りなおすように、ごほんと一回咳をする。


「それでは、歓迎会を始めるわ、改めて、我が組織――サンタ機関を破滅に導くためのスーパーエリートの集団、略してSHS団にようこそ、志津木君」


 SHS団……正直、微妙なネーミングだと思った。


 中小路さんの周りの三人が必死に盛り上げようと、パチパチパチパチと拍手をするが、そのあとすぐに白けてシーンと静かになってしまった。


 そんな微妙な空気感の場を何とか盛り上げようと、中小路さんは明るい顔と声で俺に話しかけてくる。


「まずは自己紹介ね、さっきも言ったけど、私は中小路よ、一流企業でOLをしているわ」

「見栄を張るな、一流企業じゃないし、ブラック企業だし、三年前に残業とパワハラに耐えられなくて退職して、それからはずっと実家でニート生活だろ」


 と委員長の隣に座っている小さい女の人がつっこむと、中小路さんは額に汗を浮かべて露骨に焦った様子になる。


「ちょっと、言わないでよ、そういうことは! 私の威厳が……!」

「どうせ今かっこつけても、あんたのことだからそのうちボロが出るだろ」

「うう……あなただって、ニートのくせに」

「え、そうなんですか?」

「ああ、私はもう五年はニート生活だな、毎日ゴロゴロできてサイコーだよ」


 と全然罪悪感がなさそうな感じでその小さい女の人は俺の疑問に答えた。

 中小路さんが彼女を指差しながら話す。

 

「彼女についての紹介がまだだったわね、彼女は姫井というわ、小さいけど、ああ見えて三十代よ」

「小さいは余計だ」


 と姫井さんはくりくりとした瞳をキッと細めて中小路さんを見た。

 嘘だろ、あの見た目で三十代なのか。身長何センチ何だろう? 150もないよな? 145くらいか?


 と俺が姫井という人をじろじろ見ていると、「なんだよ」と睨まれたので、「いや、何でもないっす、すみません」と言って頭を軽く下げておいた。

 けっこう性格がきつそうだ。

 

「えーと、泉妻さんのことは、同じクラスなんだし紹介しなくていいわよね……それじゃあ残るは一人ね、そっちの小悪党っぽい見た目の男は、石部というわ」

「何だよ、小悪党っぽいって」

 

 と石部という男は自分を紹介した中小路さんを睨んだ。


 言われてみれば、確かに小悪党っぽいかもしれない。髪をオールバックにして、服装もズボンにじゃらじゃらとチェーンとかつけてて不良っぽいファッションをしているが、どこにでもいそうな地味な顔をしていて、中肉中背で筋肉もそんなについてなさそうだし、あまり強そうに見えない。

 なんか背伸びして不良っぽい恰好をしているように見えるのだ。


「なんか失礼なこと思われてる気がするぞ」


 と石部という男がぎろりとした目で見てきたので、俺は目をそらした。

 姫井さんが小バカにしたかんじの顔で石部さんを見て、口を開く。


「この石部も大学を中退した後、ずっと実家でニート生活をしているんだ」

「おい、言うなよ! 先輩風ふかしたかったのに!」

「ろくな奴がいねぇじぇねぇか、この組織!」


 思わず俺はそう叫んでしまった。

 どこがスーパーエリートの集団だよ。

 これについては委員長も反論できないようで、苦虫をかみつぶした顔をしている。

 大丈夫なのか、委員長はこんな変な奴ばかりいる組織にいて?

 いや、まぁ、委員長もぶっちゃけ変な奴か。


「で、でもね、今ここにいないだけで、ちゃんと働いている人もいるのよ?」

「非正規しかいないけどな」


 必死にイメージアップを図ろうとする中小路さんの努力を、姫井さんは踏みにじった。


「ええ、定職についてる人はいないんですか……」

「ああ、こんな活動、私たちみたいな暇人でもないとするわけねぇだろ」


 と皮肉っぽい笑みを浮かべて俺を見てくる姫井さん。

 まともじゃない組織にいる割にはまともなことを言っていた。


「質問なんですけど、この組織って主にどんな活動をしてるんですか?」


 俺の問いに、待ってましたというかんじで、中小路さんがすらすらとよどみなく話す。


「そうね、定期的に私たちと主張が異なる人たちと議論する場を設けているわ、あとたまに今日みたいにデモ活動をしているわね、クリスマスの日は毎回、クリスマス廃止のデモを行っているから、志津木君も絶対参加してね」


 嫌です。と心の中で言っておいた。

 姫井さんが嘲笑うような顔で中小路さんを見る。

 

「議論って言っても、ただSNSで私たちを陰謀論者だと馬鹿にする人たちとレスバしてるだけだけどな」

「ろくな活動してねぇじゃねぇか!」


 思わず俺がそう大声で言ってしまうと、委員長は悲し気に目を伏せた。


「な、なんか、他に訊きたいことはあるかしら? 何でも質問していいのよ?」


 と自分たちの組織のイメージがかなり下がっているのを感じてか、中小路さんは焦ったように、訊いてくる。


 正直、俺はもう帰りたくなっていた。いや、ていうか、帰ろう。べつに訊きたいこととかもうないしな。

 一刻も早くこの組織から距離を置きたい。


「いや、特にもう訊きたいことはないですね」


 俺はコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。


「すみません、そろそろ帰ります」

「あらもう帰るの? まだお菓子、たくさんあるのに……」


 と皿の中のポテチを見て、残念そうな顔をする中小路さん。


「はい、ちょっとこれから用があるんで」

「ならしかたないわね」


 と言って中小路さんも立ち上がった。ほかの三人もそれに続くように席を立つ。

 俺が部屋の出口へ向かうと、組織の四人は見送りに来てくれた。

 俺が部屋のドアノブに手をかけた瞬間、中小路さんが俺の腕をつかみ、鬼気迫る顔を俺に向けてくる。


「ねぇ、またこのアジトに来てくれるわよね? ね? ね? これっきりもう私たちの活動には参加しないなんてことはないわよね!? ね?」

「え、ええ、もちろん……」

「ほんとね? 信じていいのね? 一度参加してもう次からは来ないって人、たくさんいるのよ、あなたはそんな薄情な人じゃないわよね、ねぇ!?」

「団長、あんまりしつこいと逆効果だぞ……」


 と姫井さんがひきつった顔で中小路さんを引き離した。

 俺はその隙に部屋を出て、逃げるように走って廃墟ビルを後にした。


 もうあの組織と関わるのはやめよう、そう心に決めて、俺は帰路についた。

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