第21話 企業努力の結晶と言える商品

 夏休みだというのに、俺はここ一週間、家でエロゲするか、コンビニでバイトするかのどちらかしかしてなかった。

 誰からも、どっか行こうぜとか、そういう誘いの連絡が来ない。

 積みゲーを消化しようと思っていたものの、さすがに誰とも全く遊ばず、家にこもりきりなのはちょっと嫌だった。

 そろそろ自分から誘うべきか?


「――ねえ、どう思う、貴地邦さん?」


 隣のカウンターで、箸やスプーンやウエットティッシュを補充していた彼女に、そのことを訊いてみた。


「志津木君、今はバイト中なんですよ、あなたのくだらない話に付き合わせないでください」


 と俺のほうを見ずに言われる。


「べつにいいじゃん、今、客誰もいないんだし」

「客がいないからって雑談していいわけじゃないんですよ? こうしている間にも時給が発生しているんですからね、わかったらトイレ掃除でもしてください」

「一時間前にしたよ、君も見てただろ、俺が掃除してたの」

「あなた、さっきトイレ行きましたよね、また汚れたんで掃除してください」

「いやいや、そんな汚れてないから、俺が一回用を足したくらいで」

「え……?」

「いや、なんだよその反応、トイレ行くたびに掃除なんてしてられるか!」

 

 俺がそう叫ぶと、貴地邦さんはうるさそうに耳を手でふさいだ。

 そのうち、彼女も他にやることがなくなってしまったのか、なにもせずぼーっとし始めた。


「それでさ、さっきの話なんだけどさ」

「なに勝手に話を再開しようとしてるんですか」


 不平を言う彼女を無視して、俺は話を進めていく。


「俺のほうから誘うべきなのかもしれないけど、暇人なんだなとか他に遊んでくれるやついないんだなとか思われそうで嫌なんだよね」

「別に思われてもいいじゃないですか、実際そうなんでしょう?」


 彼女はあんなことを言っておいて、今回はちゃんと話を聞いていたようだ。まぁ他にやることがないからかもしれないが。


「まあ、そうだが」

「あなた、なんでそんなプライドだけは無駄にあるんですか、あなたのほうから下手に出て頼む立場でしょうに、お願いしますー、この卑しい下郎とどうか遊んでくださいーって」

「いや、卑屈すぎだろ、ひかれるわそんなこと言ったら」


 とそんな会話をしていたとき、店内に客が入ってきた。


「いらっしゃいませー」


 と俺が言った後、入ってきた客を見て、驚いた。

 その客は久留宮だったのだ。

 彼女も俺を見て、その場で固まり、元々大きな目をさらに大きくしていた。

 久留宮は店内をキョロキョロして、他に客がいないのを確認してから、俺のほうへ来る。


「志津木君ってこのコンビニでバイトしてたんですか?」

「そうだけど」

「へー、こんな偶然あるもんなんですねー」


 まあ、久留宮の住んでいるところから10分くらい歩けば着く距離にあるから、俺のバイト中に遭遇するのはありえる話ではあったんだけどな。


「あ、仕事中に知り合いに絡まれるの、嫌ですよね、ごめんなさい」


 とぺこりと頭を下げてくる。

 彼女のまともな態度に、俺は少し感動してしまっていた。

 今までバイト中に来た俺の知り合いは全員、俺を冷やかしまくってきたのに。


「いや、いいよ、久留宮なら絡んできても、むしろ俺のほうから絡みに行く」

「ええ……いいんですか、それ」

「いいんだよ、他に客もいないしな、久留宮は俺に絡まれるの嫌か?」

「べ、べつに、嫌じゃないですけど……」


 と少し恥ずかしそうに顔を逸らして彼女は言う。


「嫌じゃないなら、そうだな、久留宮におすすめの商品でも教えてあげよう、ついてきてくれ」


 俺が弁当コーナーのほうまで向かうと、久留宮がとてとてと、俺のすぐ後ろをひよこのようについてきた。


 俺は先ほどと一転して、完全に店員モードになって、久留宮にうちの商品の魅力をアピールする。


「まず私がおすすめするのはこの幕の内弁当です、見てください、一見、たくさんご飯が入っているように見えますよね? ですが実は上げ底になっていて、そんなに量は入っていません、小食の女性でも食べきれるように配慮しているのです、どうですか? 食べたくなりませんか?」

「いや、そんなこと言われたら、買いたくなくなるんですが……」


 と苦笑いを浮かべる久留宮。

 次は、紙パックやプラスチックの容器に入った飲料水が売っているコーナーへ、久留宮を連れていく。


「次に私がおすすめするのはこの果肉入りのジュースです、たくさん果肉が入っているように見えますが、なんと、これ、よく見てください、果肉と思いきや大半がただ表面に絵が描かれているだけです、企業努力の結晶と言える商品でしょう、どうですか? 実に素晴らしい商品だと思いませんか?」

「いや、だからそんなこと言われたら買いたくなくなりますって、もっとちゃんとしたのを紹介してくださいよ」

 

 と久留宮がじとーとした目を俺に向けてくる。


「ずいぶん仲良さそうですね」


 いつの間にか近くにいた貴地邦さんが不機嫌そうに俺と久留宮を見ていた。

 俺はにやつきながら、そんな彼女をからかう。


「お、嫉妬か?」

「は? ちがいますよ、その女の子がすごいなと思っただけです」

「は? なんでだよ」

「いや、こんな気持ち悪い男のつまらない話をよくそんな付き合えるなって」

「ひどすぎだろ!」


 まぁ貴地邦の毒舌は今に限った話ではないが、つまらないというのは芸人志望の俺としては聞き捨てならない。

 彼女をいつか笑わせてやろうと密かに俺が燃えている中、久留宮がむっとした顔で貴地邦を見た。


「そうですよ、いくらなんでもひどすぎます、志津木くんのこと、そんなに悪く言わないでください!」


 と久留宮はわりと本気で怒っている感じの声で言った。貴地邦さんは切れ長の目を少し大きくして彼女を見ている。


「たしかに志津木君はちょっと……いや、かなり変態ですけど、意外と優しいところもあるんですよ? 勉強も運動もできるし、話だって私は結構面白いと思います!」


 かなり変態という部分は遺憾だったが、かばってくれたことはすごく嬉しかった。

 俺を擁護してくれるやつなんてあんまいないからな……。

 貴地邦さんはというと、困惑した表情を浮かべていた。

 珍しいな、彼女があんな顔するの。


「いえ、あの……私も半分くらいは冗談で言っていますよ?」

「半分は本気だったのか……」

「そうだったんですか、なら許します」

「半分は許容するのか……」


 そのあと、久留宮は俺のおすすめを無視して、ミルクティーとシュークリームをかごにいれて、俺のレジの方に来た。

 俺がレジの清算を終えて、レジ袋を手渡すと、久留宮はすぐに帰らずに、その場に立ち止まって、なにか言いづらそうなことを伝えようとしているかんじで、口をもごもごさせていた。


「あの、志津木くん、その、えと……」

「なんだ? デートの誘いか?」

「あ、そ、そうです、デ、デートしましょう、今度!」


 と焦っているかんじでしゃべる久留宮。

 あれ、この様子だと違うことを伝えようとしていたっぼいな。何を言おうとしていたんだろうか?


「今度はどこへ行きましょうか?」

「そうだな……いや、今決めなくてもいいだろ、俺バイト中だしさ、後でココアトークで連絡するから、その時ゆっくり決めようぜ」

「それもそうですね、では私はこれで、バイト頑張ってください」


 彼女が店を出ていくと、隣のレジにいる貴地邦さんが声をかけてきた。


「デートって言っていましたけど、もしかして付き合っているんですか?」

「ああ、そうだが」

「うそ、あなたがあんな美少女と……? 今度このコンビニにきたら別れたほうがいいと言っておきますね」

「やめろ、余計なお世話だ」


 先程は半分くらい冗談と言っていたが、今のは本気なのだろうか?

 うーん、わからん。


 その後は客が結構来るようになって、忙しくなってしまったので、バイトが終わる時刻まで俺たちは雑談を全くせず、真面目に仕事していた。

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