第19話 放課後デート

 夏休みが迫ってきた。クラスのみんなは明らかに浮かれている様子だ。

 今日は学校が午前中に終わってしまったので、帰ったらなにして暇を潰そうかと考えていたとき、委員長がこちらに来た。


「志津木くん、今日こそ行かない?」


 彼女は明言してないが、組織のアジトに行こうと誘っているのだろう。


「悪い、今日もバイトなんだ」

「また? あなた、バイトばかりしているのね」

「悪いか?」

「別に悪くないわよ、それで成績が悪いならともかく、あなたなぜか勉強はできるものね」

「なぜかは余計だ」

「そういうことなら、また今度誘うことにするわ」


 と委員長が去っていく。

 そのタイミングで、俺たちの会話が終わるのを待っていたっぽい久留宮が声をかけてきた。


「志津木くん、帰りましょう」

「ああ」


 久留宮と一緒に帰るのも、すっかり日常になってしまったな。

 としみじみ感じていると、校門を抜けたところらへんで、久留宮が話しかけてきた。


「志津木君、今日、バイトなんですよね? 今日は学校早く終わったし、志津木君とどこか行きたいなと思っていたから、残念です」

「いや、ないぞ、今日はバイト」

「え、でも泉妻さんにバイトがあるって言っていませんでした?」

「ああ、あれ、嘘だ」

「ええ、なんで嘘つくんですか、かわいそうじゃないですか」

「俺も今日は久留宮と遊びたいと思っていたからな」  


 組織へ勧誘されるのが嫌だから断ったんだけど、そう言ったほうが好感度上がるかなと思って、久留宮には真実を伝えないでおいた。


 彼女は照れた様子で、俺に向けていた顔を少し逸らした。


「そ、そうですか……でしたら、このままどっか遊びに行きましょうか? 委員長には悪いですけど」

「そうするか」


 俺たちはそれから真っすぐ家に帰らず、制服のまま、街へ繰り出した。

 放課後に制服のままデートするの、実は密かに憧れていたんだよな。


「私、行きたいところがあるんですけど、いいですか?」

「いいぞ、遠慮するな」


 久留宮についていき、ニ十分くらい経つと、ゲームセンターの前で彼女は立ち止まった。


「実はずっとここが気になっていたんです」

「ゲームセンターへ来るのは初めてか?」

「はい」


 久留宮は待ちきれないと言ったかんじで店内へ入っていく。

 俺も彼女に続いて入店すると、ゲームの音やプレイしている人の叫び声などが混じったカオスな喧騒がどっと押し寄せてきた。


「いいですねぇ、にぎやかで」


 とうきうきした表情で、落ち着きなく店内を見回している久留宮。

 俺はうるさいとしか感じないけど、初めて訪れた彼女には新鮮に感じるようだ。


「久留宮、くれぐれも変なことはするなよ? 今は制服だからな、学校に苦情がいくぞ」

「それ、志津木くんのほうこそ、気をつけるべきでしょう?」


 と久留宮がジト―っとした目を俺に向けてくる。

 彼女は視線を俺から外し、顔を前に向けると、「あっ」と前方を指差しながら小さく声を出した。


「あそこにプリクラがあるじゃないですか、撮りに行きませんか?」


 と言いながら、久留宮はもうそこに向かっていた。

 なんか初めて遊園地に来た子供みたいだな、とほほえましく思いながら、俺も後を追う。


 二人してプリクラ機の中に入ると、お互い、無言で動けない状態になった。

 しばらくして、久留宮が俺に恐る恐ると言った感じで訊いてくる


「志津木君、プリクラ撮ったことありますか?」


 実は俺も初めてなんだよな、プリクラ撮るの。


「その顔からすると志津木君も初めてなんですか……どうしましょう」

「初見でも、画面や音声の案内に従いならばやれば、まぁできるだろ」


 俺は画面に表示された指示に従いながら、なんとか操作していく。

 目の形をいじったり、メイクとかデコレーションとか、いろいろできるみたいだけど、正直めんどくさかったし、久留宮はそんなことやらなくてもきれいな姿で映るだろうし、俺も特にやる必要を感じなかったので、そのままの姿でプリクラを撮ることにした。


 機械が撮る準備に入り、カウントダウンが始まる。


「なぁ、久留宮」

「なんですか?」


 と俺の声に、久留宮が少し顔を隣りの俺に向けたところで、パンっと猫だましをした。


「きゃっ!」


 と久留宮がかわいらしい悲鳴を上げたとき、パシャッと音が鳴った。


「な、なんですか急に驚かさないでくださいよー」

「わりぃわりぃ、普通に撮ってもつまらないと思って」

「別に普通でいいですよ、もう……」


 久留宮が急ぎ足でプリクラ機の外に出るので、俺も続いて外に出る。

 彼女はシールの出口からシールを取り出すと、不満そうに唇を尖らせた。


「あーやっぱり、変な顔になっちゃったじゃないですか、普通の顔で撮りたかったのに」

「大丈夫、久留宮はどんな顔でもかわいいから」

「な、急になんですか、そんなこと言っても許しませんからね!」


 と彼女は少し頬を朱に染めて、照れながらぷんぷんと怒ってきた。


「それにしても、俺ってこんな顔だっけ? このプリクラ機おかしい……ファイティングファンタジー7のクロードみたいなイケメンが映ってるはずなのに」

「え……?」


 この人それ本気で言ってんの?と言いたそうな顔で彼女は見てくる。


「手鏡貸してあげましょうか? 今すぐ自分の顔を見て、このクロードの画像と見比べたほうがいいと思いますけど……」


 と彼女は制服のポケットから裏面が赤いスマホを取り出し、画面を何回かタッチしたりスワイプしたりした後、片手でスマホを持ってクロードの画像を俺に見せてきた。

 そして、バッグから取り出した手鏡をもう片方の手で持って、俺に差し出してきた。

 俺は手鏡を受け取り、クロードの顔と見比べてみる。


「いやー、やっぱ俺とクロードってそっくりだなぁ」

「志津木君、悪いことは言いませんから、眼科行ったほうがいいかと、私もついていくので……」


 本気で心配していそうな顔で久留宮は言う。


 ふざけて言ったこととはいえ、比較的俺に優しく接してくれる彼女ですらこういう態度をとってくるということに、俺は少し傷ついた。


 と、そこで、久留宮が内股でなんだか脚をもじもじさせていることに気づいた。


「もしかして、久留宮、トイレ行きたいの?」

「あ、はい、実は……プリクラの最中に行きたくなってしまって」

「早く言ってくれよ、確か奥の方にあったから行こうぜ」


 と俺は彼女に手鏡を返して、一階の最奥の方にあるトイレへ急いだ。

 トイレが見えてくると、必死に我慢している顔で彼女はトイレの方に走って行く。

 俺は特に尿意がないので、トイレから少し離れたところで待つことにした。


 ぼーっと待っていると、こちらの方に、小さな子が泣きながら歩いてくるのが見えた。

 紳士な俺はもちろん放っておけず、その子の前へ赴き、彼女と同じ目線になるまで屈んでから、声をかけた。


「どうした?」

「ふぐ、ぐす、ママとはぐれちゃって……」

「そっか……」


 ここって迷子センターみたいなのあったっけ?

 なさそうだよなぁ。

 どうしたもんか……


 と悩んでいると、久留宮がトイレから出てきた。

 彼女は俺に目を止めると、不安そうな表情でこちらに来る。


「志津木君、なにをしたんですか、その子に……前々から変態だとは思っていましたが、まさかそんな小さな子にまで……警察に連絡した方がいいのでしょうか……」


 とスマホを取り出して、110という数字を入力していた。


「いや、なんでだよ、やめろよ、何もしてねぇよ! この子、母親とはぐれたらしいんだ」

「ほんとですかー?」

「ほんとだよ、まさか久留宮からそこまで信頼されてないとは思わなかった」


 いくら俺でも幼女には手を出さんって。

 その時、低い位置からくすくすと笑い声が聞こえてきた。迷子の子が俺たちのやり取りを見て、笑ったようだ。


「あはは、お兄さんとお姉さん、面白いね」


 今のやり取りに面白い要素なんてあっただろうか?

 でも、まぁ少しは元気になってくれたならよかった。


 久留宮がうーんと唸りながら、腕を組みだした。


「でも、どうしましょう、この子……?」

「下手にこちらから探してすれ違うより、ここらへんでゲームでもして待っていたほうがいいんじゃないか?」

「そうなんでしょうか?」


 と顎に指を添えて考え込む久留宮。


「この子の意見も聞いてみようぜ、君はどうしたい?」

「私、ゲームしたい」

「じゃ、この辺りのゲームをしながら待つことで決まりだな、何かやりたいゲームはあるか?」

「あれがやりたい、あの、ヤクザウサギのぬいぐるみが欲しいの」


 と彼女はクレーンゲームの方を指差す。


 ヤクザウサギというのは、強面の小さいうさぎたちが血なまぐさい争いをする四コマ漫画に出てくるキャラクターだ。

 結構グロテスクな内容なのに、なぜか大人にも子供にも人気あるんだよな、あの作品。


 それにしても、クレーンゲームか……。


「お嬢ちゃん、あれは確率機と言ってね、実はある回数までは絶対取れないようになっていてね……」

「ちょっと、志津木君、子供になに夢を壊すようなこと言ってるんですか!」

「いいじゃないか、早いうちに厳しい現実を教えておいてあげようと思ったんだよ」


 ジト目で怒ってくる久留宮をなだめていると、迷子の子は首をかしげていた。


「確率機?」


 よくわかっていなさそうだった。

 まぁそりゃそうか。こんな話をしてもしょうがないよな。


「よくわからないけど、クレーンゲーム、しちゃだめなの?」


 と幼女の目がウルウルしてくる。


「いや、ごめん、うそうそ、ダメじゃないよ、じゃあクレーンゲームしようか」

「やったー」


 とはしゃぐ幼女を、俺と久留宮はクレーンゲームの機体の前へ連れていった。


「一回二百円か……」


 硬貨の投入口付近に表示された料金を見て、思わずつぶやいてしまう。

 正直、確率機に金なんて使いたくなかったが、今回はしかたがないので俺がゲーム代を出すことにした。


 数千円は失うことを覚悟しないとな……。


 その子がゲームを始めるが、なかなかうまくアームを操作できず、目当てのぬいぐるみを掴むことができない。

 10回プレイして、全部失敗した後、子供が泣きそうな顔で俺に頼んできた。


「お兄ちゃん、あれ、取れる? 私じゃ、ダメそうだから……」

「わかった、俺が絶対取ってやるから、泣くな泣くな」


 それからは交代して、俺がプレイする。


 上手くそのぬいぐるみを掴むことができたが、ゴールの手前で突然アームの力が弱まって、ぬいぐるみが落ちてしまう。


「おかしいよ、なんで、取れそうだったじゃん!」


 と幼女がクレーンゲームの機体のガラスをポコポコととても弱い力で叩きながら、怒っていた。

 うんうん、おかしいよね、そういうふうにできているんだよ、あれ。

 君もいつかはたぶん知ることになるだろう。


 その後も似たようなことが続き、結局、それから五回目の俺のプレイでようやく天 井が来たようで、そのぬいぐるみを取ることができた。


「やったーとれたー!」


 と迷子の子は目をキラキラさせてはしゃぎだした。

 俺は獲得したぬいぐるみを商品の出入り口から取り出して、その子に手渡した。


「はい、君が欲しかったヤクザウサギだよ」


 その子はぬいぐるみを受け取ると、礼儀正しく俺に頭を下げてきた。


「ありがとう、お兄ちゃん、お礼に、わたし、将来、お兄ちゃんのお嫁さんになってあげるね」

「えー、困るなー」


 と俺が後頭部を掻いていると、俺の隣で久留宮が蔑んだ目を俺に向けていた。


「なにデレデレしてるんですか、もしかして、志津木君ってやっぱりロリコン……」


 とスマホを取り出して、警察に電話しようとしていたので、焦って止めた。


「やめろ、通報しようとするな、俺、なにも警察のお世話になるようなことしてないだろ!」


 彼女はしぶしぶと言った感じで通報するのはやめてくれたが、代わりにその子に俺の危険性を熱心に教え諭しだした。


「悪いこと言わないので、この人のお嫁さんになろうだなんて冗談でも言うのはやめておいた方がいいですよ、この人、めちゃくちゃ変態だしろくでもない男だから……きっと結婚しても浮気しまくりますよ?」

「ひどすぎだろ、君、俺の彼女のはずだよね?」


 とそんな俺と久留宮のやり取りを見ていた幼女が、がっかりした顔になった。


「仲良さそうだね、お兄ちゃんとお姉ちゃん、あきらめたほうがいいのかな……あ、でも略奪愛もいいかも……」



 キャーなんて言って両手に頬を添えて、急にテンションが上がりだした迷子の子。

 略奪愛って、なんかませた子供だな、将来が心配だよ。


 と俺がぬいぐるみを抱えるこの子の未来を悲観していた時、三十代くらいと思われる女性がこちらに走ってくるのが、視界の端に映った。


「ママ!」


 とぬいぐるみを大事そうに抱えながら、迷子の子はその母親らしい人の元へ駆けていった。

 その後、その母親にすごい申し訳なさそうに何度も頭を下げられながらお礼を言われた。

 ぬいぐるみを取るのにかかった代金を渡そうとしてきたが、「俺たちがゲームをするついでにぬいぐるみを取ってあげただけだから気にしないでほしい」と言って、断った。

 母親に片手を引かれて、店を出ていくその子が「バイバーイ」と手を振ってきたので、俺と久留宮も手を振り返した。


「志津木君って、実はけっこう優しいですよね」

「ああ、俺は幼女には優しいんだ」

「志津木君が言うとすごい犯罪のにおいが……やっぱ通報した方が……」

「ちょ、やめろ、犯罪になるようなことなんてなにもしてないだろうが!」


 スマホを取り出して電話しようする久留宮を止めるが、彼女も今回は本気ではなかったようで、すぐに電話するのをやめて、くすくすと楽しそうに笑った。


 それから俺たちは外が暗くなるまで、このゲームセンターのゲームをいろいろプレイした。

 レースゲームとか格ゲーとか対戦型のゲームも久留宮といくつかやったが、全部俺が勝った。久留宮はゲームがとても下手だった。

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