第18話 親の手伝いを回避する方法
月曜日から金曜日まで毎日、放課後は久留宮に勉強を教えていた。
正直、彼女は平均点も取れなさそうな気がするが、まあ赤点はなんとか回避できそうだからよしとしよう、うん。
さすがの俺も、この土日は自分の勉強に集中することにした。
久留宮には何をどういうやり方でどれくらい勉強すればいいか言ってあるので、まあ後は一人でがんばってもらおう。
国、数、英、その他理系科目は、俺の場合、学校の定期試験レベルなら勉強する必要がないくらい楽勝なので、今日は世界史を勉強するか。
教科書を開いて、出そうな用語をチェックする。
「ローマの五賢帝、これは出そうだな」
一旦、教科書を閉じ、頭の中で文字を鮮明に思い浮かべながら暗唱する。
ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アントニウス・アントニヌス……
よし、覚えた。
そんなかんじで教科書を読んでは閉じて、暗唱して、ということを繰り返す。
試験に出そうな用語だけでなく、その年代、時代背景や事件が発生した原因なども、完璧に言えるようになるまで暗唱を何度もする。
4時間くらいずっと勉強したあと、さすがに集中力が切れてきたので、少し休憩することにした。
スマホを手に取り、あるソシャゲを起動する。
最近ハマっているソシャゲ、ウオ娘だ。
美少女化した魚を釣るゲームなのだが、キャラクターたちがかわいいし、ちょっとした暇潰しには最適なのだ。
釣ったウオ娘たちが巨大な生け簀の中で泳ぐ、ウイニングスイミングというパフォーマンスも、とてもアニメーションがぬるぬるで最高なんだ。
「お、ずっと欲しかったSSRのカジキマグロちゃんが釣れたぞ、やったー!」
と小躍りして喜んでいるとき、
コンコン、とドアがノックされた。
「怜久ー、ちょっと掃除手伝ってくれない?」
母さんがドアの向こう側でそう言ってくる。
おいおい、息子が明後日テストだというのに、手伝いをさせるつもりか?
テスト勉強を理由に断っても、俺があまり勉強しなくても余裕で高得点を取るのを母は知っているので、かまわず手伝わせてくるだろう。
なら、この手を使うしかないな。
「はぁはぁ……あ、ああっ、いく、いくいく……あっ、あっ!」
「!? きょ、今日はやめとこうかしら……」
母さんが去っていく。
あまり、使いたくない手ではあるが、効果抜群なので、これからもいざというときはやるか。
さてさて、ソシャゲの続きだ。
と思ったところで、またしても邪魔が入った。
コンコン、という音がドアの方から聞こえてきた。
「おにいちゃーん、学校の宿題、手伝ってほしいんだけど―?」
今度は妹か。
しかたない、またあれをやるか。
「あっ、いく、いくいく……はあ、ああ……!」
「!? や、やっぱり、いいや、一人でがんばろ……」
妹は去っていったようだ。
ふぅ、いくら俺が頼りがいがある男だからと言って、母さんも妹もなんでこう俺にばかり頼ろうとするかね?
さて、ゲームを再開しよう。
しかし、その直後、再び俺のリフレッシュタイムを阻害する者が現れた。
「おーい、息子よ、たまには公園で俺と男のキャッチボールでもしないか?」
今度は父さんが部屋の前でドアをノックしながらそう言ってきた。
まったく、どいつもこいつも、明後日テストだというのに。
ていうか、なんだよ、男のキャッチボールって。キャッチボールだけでいいだろ。
ちっ、1日で3回もこれを使う羽目になるとはな。
「あっ、いく、ああっ、いくいくいく……」
これでドアの前から去るだろうと思っていた。
が、しかし、がちゃり、とドアを開けて、父は部屋に入ってきた。
「はあ!? おい、なんで入ってきてんだよ、息子が自家発電してんだぞ、ほっといてやれよ!」
「してないじゃん」
「いや、結果的にはしてなかったけど、してたらどうするんだよ!」
「べつにいいだろ、男同士だし、俺は息子がどんな自家発電しているか、ちょっと気になるぞ」
「気にならないでくれ、そんなことを」
「それにしても、俺の遺伝子はちゃんと息子に受け継がれてるようだな、俺が子供の時と同じじことしてやがる、俺も昔、よくおまえみたいに自家発電しているふりして親の手伝いとかを回避していたよ」
「うわ、父さんと同じとか、超嫌なんだけど……」
「しかたがないだろ、お前は俺の精子によって作られたんだからな」
「やめてくれ、そういうこと言うの……」
「で、どうだ、今からキャッチボールしないか?」
「明後日、テストだから勉強しないといけないんだ」
「してないじゃん、ゲームしてんじゃん」
「今は休憩中なんだよ」
「ほんとかー?」
と猜疑心に満ちた目で見てくる父。
「ていうか、お前ならそんなに勉強しなくても大丈夫なんじゃないか?」
「今回は勉強しないとやべえんだ」
べつにやばくないけどそう言っておいた。
「ふーん……まあそういうことなら今日はやめとくか」
父はまだ疑っている様子だったが、ようやく諦めて去っていった。
ふぅ、なんだか勉強するよりも家族の相手をする方がはるかに疲れるな……。
●
テストが終わり、テスト用紙の返却期間に入った。
テスト用紙が全部返ってくると、この時期恒例の、テストの点数勝負がクラス中で行われた。
「ねえーねえー数学何点だった?」
「私、70点だった」
「勝った、私、75点!」
「やだー負けちゃったー!」
「お前、古典、どうだった?」
「50点」
「うわ、しょぼ」
「そういうお前は何点なんだよ」
「52点」
「お前もたいして点数変わらないじゃねえか!」
みんながテスト用紙を見せ合い、楽しそうに騒いでいる中、俺は一人、俺に挑んでくる強者を自分の席で静かに待ち受けていた。
俺はどの科目も95点以上。科目別だと俺より上のやつがいるが、総合点では学年一位だ。
さあ、そんな俺に最初に挑んでくる命知らずはいったいどいつかな……。
しかし、待てども待てども、一向に誰も来る気配がなかった。
「なぜだ、なぜ誰も俺の方へ来ない! 挑んでくるやつらよりはるかに上回る点数を見せつけて、敗北を知りたい、て言うつもりだったのに!」
俺が一人、机をドンドンと叩きながら憤慨していると、うるさそうに南出君と北條君がこちらに来た。
「だって、誰もお前に勝てないじゃんか」
と北條君が机を叩く俺の手を掴んでくる。
「こいつ、頭おかしいくせに勉強はできるのがむかつくよな」
南出くんがそう言って、俺を軽く睨み付けてきた。
「おまえらは、テスト、どうだったんだ?」
「どの教科も、だいたい平均点くらいだ」
と北條君が俺にテスト用紙の束を見せてきた。
「俺は赤点はなんとかどの教科も回避できたって程度だな」
南出君が平然とした態度で言う。
二人とも、テストの点数にそこまで関心はないみたいだ。
まあ、北條君は勉強よりスポーツ、南出は勉強より女、ていうやつらだからな。
そんな彼らと点数で張り合っても、面白味が全くない。
丸田と細野が教室の端の方にいたので、そちらの様子を窺う。二人は点数を見せ合って、互いに一喜一憂しているが、俺の方に来る様子はなかった。
あいつらも俺には勝てないことがわかっているからなあ……。
「やれやれ、このクラスは臆病者ばかりだな……俺に立ち向かう勇気ある者は一人もいないのか……」
と俺が半ば諦めて、机に片肘を付いたとき、こちらに近づいてくる者が一人現れた。
委員長だ。
「暇そうね、志津貴君、私が勝負してあげましょうか?」
と彼女は不適な笑みをその小顔に貼り付ける。
俺は顔がにやけるのを押さえることができなかった。
嬉しいねえ、俺に挑んできてくれるとは。
だが、君では俺に勝てんよ。
委員長とは何度か過去に勝負したことがあるが、1教科たりとて彼女に敗北を喫したことはなかった。
悪いことは言わない、この勝負、受けないほうがいい。
とは、当然言わない。愚かにも向かってくる弱者を全て蹴散らすのが覇者の役目だからな。
「ほほう、委員長……無謀にも俺に挑んでくるか……その勇気は称えよう、しかし、そういうのは勇気は勇気でも、蛮勇というのだよ?」
「蛮勇かどうかは、勝負の結果が出てからでないとわからないと思うけど?」
「そのとおりだ、言うではないか、委員長の分際で……よかろう、相手してやろうではないか、総合点だと確実に俺が勝つから、どれか1教科の勝負でいいよ、しかも、君の好きな教科を選ばせてあげよう」
まあ、1教科でも、負ける気はせんがな、くくく……。
「なら、英語で勝負しない?」
「いいだろう」
「今さら、やっぱ勝負しないっていうのはなしよ?」
「ははは、誰に向かって言っているんだ、同じ台詞をそっくりそのまま君に返そう」
「私はこの勝負から絶対逃げない、あなたに恥をかかせてあげる」
と彼女は勝ちを確信した顔で言う。
何て愚かなのだろうか。俺に対してそのような顔で挑むとは。
だが、その負けるはずがないと思っている顔が今から崩れるのを見られるのは楽しみだな、くくく。
シーンとこの場に静寂が訪れた。気づけばクラス中の生徒が固唾を飲んで、こちらのほうを見ていた。
俺と委員長は、机を挟んで向かい合う。お互いにテスト用紙の束から英語のテスト用紙を、相手に裏側を向けた状態でスッ……と取り出した。
場の緊張感が高まっているのを感じる。
ごくり、と誰ががたまった唾液を飲み込んだ音が聞こえた。
委員長が口を動かしたのを見逃さず、すぐに俺も口を開き、同じタイミングで声を張り上げる。
「「いざ、尋常に……勝負!」」
バンッ、とテスト用紙をお互いに机に叩きつけた。
公開される、二つの点数。
片方は99点、もう片方は100点だった。
「な、に……?」
俺の額から汗がだらだらと流れてきた。
眼前には、勝ち誇る委員長の顔があった。
「私の勝ちね」
委員長が腕を組みながら、勝利を宣言した瞬間、クラス中が沸いた。
「やったー、委員長の勝ちだー!」
「委員長おめでとー!」
「よくやってくれた、あいつ調子乗っててうざかったんだよなー」
「ざまあ、ざまあー!」
委員長への喝采と俺への煽りが、俺の自尊心をひっきりなしに傷つけていく。
ま、まさか、委員長が100点だと?
バカな、この学校の英語のテストはネイティブでも満点を取るのは難しいと言われているんだぞ。俺でも取ったことないんだぞ!?
ぎりりと歯軋りする俺を見て、委員長は嘲笑する。
「あら、あらあら? どうしたの? すごい悔しそうだけど、敗北を知りたいんじゃなかったの?」
「黙れ、1教科で勝ったくらいでイキるな、総合では俺に負けてるくせに」
「1教科で勝負を受けたくせに、しかも、提案したのはあなたのほうじゃない」
くそ、論破されちまった。
「ねえ、今、どんな気分かしら、ねえねえ? 言ってごらんなさいよ?」
委員長がめちゃくちゃムカつく顔で煽りまくってくる。
俺のプライドはズタズタだった。
何よりムカつくのが、俺が負けてクラスのほとんどのやつが喜んでいることだ。
みんなひどいや、たしかに今までテスト用紙が返ってくるたびにお前らを露骨に見下していたけどさ、だからってこんなのあんまりだ。
「うわああーん、こんなのいじめだ、先生に言いつけてやるー!」
涙を拭いながら俺は走って教室を出た。
「ダッサ」
「哀れね……」
大枝さん、そのすぐ後で委員長の呆れた声が背後から聞こえてきた。
廊下に出ると、久留宮を発見した。
「あれ、なんでこんなところにいるんだ?」
「だって、今、教室にいたら、誰か勝負をしかけてくるじゃないですか、私の点数だと絶対負けてしまいますし……」
「赤点はとってないんだよな?」
「はい、平均点もどれもとれてないですけど」
「ならよし」
「よくないですよー!」
とぷんすかぷんすか、と彼女が怒ってくる。
ああ、癒されるなあ、久留宮は。あのクラスは俺への当たりが強いやつばかりだからなあ……。
「まったくもう、またテスト前になったら、勉強教えてくださいね?」
次があればな、と言いかけてやめて、「ああ」とだけ言って頷いておいた。
彼女は次があると思って言ったのだろうか?
「なんですか? 私のことを無言で見つめて? なにか私の顔に付いてますか?」
キョトンとしている久留宮。
いや、この様子だと深く考えて言ってないな。
俺も悲観的に考えるのはやめるか。彼女が帰るのは、まだ遠い先のことなのかもしれないのだから。
そのあと、久留宮と別れ、職員室に行って、花柳先生に俺がいじめを受けていることを、事の経緯を詳細に話して伝えたが、「それは志津木君が悪いですね」と笑顔で一蹴されてしまった。
先生も俺の味方をしてくれないのか、とほほ……。
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