第17話 彼女の家でテスト勉強

 休日が終わり、月曜日が訪れる。

 登校し、教室に入ると、みんなどこか気だるそうな顔をしていた。


 無理もない、今日は月曜日だもんな。これから今日含めて五日間も学校に行ってしたくもない勉強をしないといけないんだ。そういう顔にもなるだろう。

 それに、来週は期末テストもある。そのことも、彼らのこのテンションの低さに影響していそうだ。


「おはよーう!」


 と久留宮がガラッと勢いよく、教室のドアを開け、元気溌剌といった感じでみんなに朝の挨拶をした。

 彼女はわかっているのだろうか? 来週テストがあることを。

 わかっていなさそうな表情を浮かべ、ルンルン♪と音が聞こえてきそうな歩き方で、久留宮はこちらに向かってきて、俺の隣の席に座った。


 ちょうどそのタイミングで、始業のチャイムが鳴り、花柳先生が教室に入ってくる。

 先生は教壇に登り、教卓の前まで来ると、皆が聞きたくないであろう話を始めた。


「おはよー、みんな、来週は期末テストだからね、ちゃんと勉強しないとダメよ? というか、もうとっくにしてないとダメよ?」


 クラス中の生徒たちが、はいはいそんなことわさわざ言われなくてもわかっていますよ、という態度の中、久留宮一人だけが寝耳に水といったかんじで、目を見開き、口を大きく開けていた。

 やっぱり、わかっていなかったか。


 放課後になると、久留宮が焦った様子で俺に話しかけてきた。


「し、志津木君って、たしかすごく勉強できるんですよね? 全然そうは見えないですけど」

「全然そうは見えないというのは余計だが、まあ、間違いなく出来るほうだろうな」

「じゃあ、その、今日、勉強教えてくれませんか?」

「いいけど、どこでする?」

「私の家か、志津木君の家を考えていますけど」

「俺の家か……」


 彼女を連れてきたら、あの両親のことだから間違いなく大騒ぎする。

 そうなると、勉強どころではなくなるだろう。


「俺の家は無理そうだ」

「なら私の家ですね」


 久留宮の家か……どんな部屋に住んでいるんだろう。

 きっと女の子らしい部屋なんだろうな、と思ったが、うまく想像できなかった。

 委員長の家ではリビングしか通されていないからな。

 妹の部屋は、何度かみたことあるけど、ゲームとか少年漫画ばっか置いてあって、全然女の子らしくない気がする。

 女の子らしい部屋ってなんだ……?

 まあ、久留宮の家に行けばきっとわかるか、と俺は初めて訪れることになる彼女の家にワクワクしていた。


 今日はさすがに委員長も勧誘をせず、すぐに教室を出ていっていた。

 真面目な彼女のことだ、早く帰って少しでも長く勉強したいのだろう。

 他の奴らも、今日は余計な雑談をせず、さっさと帰っていた。

 この学校は、みんなで集まって勉強しよう、という人は少ない。大抵の生徒は一人で黙々と自宅や図書館で勉強しているようだ。

 まあ俺もそういうタイプだけど、中学までは集まってわいわい教え合いながら勉強する奴らが多かったので、高一のとき少しびっくりしたのを覚えている。

 うちのクラスだと久留宮くらいだろうな、誰かと一緒に勉強したがるのは。


 一旦家に帰り、私服に着替えて、母に帰りが遅くなるかもしれないと告げてから家を出た。

 

 彼女のマンションに行く前に、近所のチェーン店の薬局へ寄った。


「どれくらい使うだろう? 十個で足りるかな?」 


 ゴムを十個分かごにいれて、レジへもって行くと、店員に怪訝な表情をされた。


 薬局を出て、十数分ほど歩き、マンションの五階にある、久留宮の部屋の前に到着した。

 インターホンをならすと、Tシャツにジャージのズボンという、とてもラフな格好の彼女が出てきた。


 家の中だとそういう格好をいつもしているのだろうか。

 彼氏がくるのだからもう少しおしゃれして欲しい気も……まあこれはこれで生活感が感じられていいか。


「どうぞ入ってください」


 彼女に促されるまま、廊下を歩いていき、奥の部屋へ入る。

 もっとぬいぐるみとか、おしゃれなアンティークとか、観葉植物とか、そういうのがありそうな部屋をなんとなく想像していたけど、彼女の部屋はそういうものは一切なく、テレビとテーブルと座布団があるだけの、ミニマリストが住んでいそうな部屋に住んでいた。


「はあ……」

「なんですか、そのがっかりしたかんじの溜息は?」

「いや、もっと華やかなかんじのを想像していたからさ」

「しかたないじゃないですか、私、ここに来たばっかなんですよ? それに、そんなに長くここにいる予定ないですし、そんな物をたくさん置いたりなんてしませんよ」


 長くここにいる予定はないときいて、ああ、そういえばそうだったな、と彼女ができて浮かれていた気分がガクンと沈んだ。


 久留宮は一時的に俺の彼女をやっているだけなんだもんな。

 でも、この関係っていつまで続くんだ?


「なあ、久留宮はさ、いつ天界とやらに戻るんだ?」

「なんですか、戻って欲しいんですか?」

 

 とちょっと怒っていそうな表情の彼女。


「そんなわけないだろ、むしろ戻って欲しくないから訊いているんだ」


 俺がそう言うと、彼女は顔を朱に染め、照れくさそうに俺から視線を微妙に逸らした。

 

「そ、そのことについてなんですけど、私もいつ帰還するかわからないのです、まだ上層部からはあなたの彼女を続けるようにしか言われていません」 

「そうか……」


 それを聞いて、安心したような、でも、まだ不安なような、なんとも言えない気持ちになった。


 少ししんみりしてしまった空気をかき消すように、俺は言う。


「勉強始めるか」

「そうですね」


 それから久留宮に英語を教え、そのあと数学を教えていたのだが、彼女は基礎的な部分の理解すら大分怪しかった。

 英語は5文型もちゃんとわかっていなかったし、数学は出題範囲の公式すら全部しっかり覚えていなかった。

 このままだと赤点は確実。

 これは時間がかかりそうだ……。


 俺は中学生に勉強を教えるつもりで、懇切丁寧に基礎の基礎から彼女に教えていった。


 始めは問題を解くのに熱中していた彼女だが、勉強を初めてから3時間くらい経つと、見るからに集中力がなくなっていた。


「志津木君は数学を勉強しなくていいんですか? さっきからイヤホンつけてずっとスマホをいじっていますけど?」

 

 彼女が問題を自力で解いている間、俺はDエロサイトで買った音声作品を聴いていた。

 

「ん? ああ、俺は余裕だから大丈夫だ」

「ほんとですか? 志津木くんって授業も真面目に聞いてないですよね? ずっと下向いてなにかやってるし……先生にこの問題解けって言われたらあっさり解いちゃいますけど」


 ちゅぱ、ちゅぷ、ちゅっ、ぬちゃ、べちゃ、ぬちゅっ!

 音声作品のちゅぱ音が大きくて、久留宮の声が聞こえづらいので、俺は音量を下げた。

 

「授業は真面目に聞いてないけど、勉強は真面目にしてるぞ、授業の進むスピードが遅すぎるからさ、問題集を買って、勝手に問題を解きまくってる。おかげでもうとっくに高校三年間の範囲は勉強を終えてしまったよ」

「ええ……なんだか、真面目なんだか不真面目なんだかよくわからないですね……」


 久留宮はそう言うと、俺の耳のほうに視線を向けた。


「ところで、さっきからなんかにやにやしてますけど、なに聴いてるんですか?」


 と彼女が隣に座る俺の耳からイヤホンを取って、自分の耳につけた。


「ばか、やめろ!」

 

 イヤホンを取り返そうとするが、時すでに遅しだった。


「きゃあああ! な、なに聴いてるんですか、私がべ、勉強がんばっているときに! し、信じられません、へ、変態……!」


 と彼女がワイヤレスイヤホンを耳から急いで取り、俺に向かって投げつけた。


「バカ、壊れたらどうすんだ、丁重に扱ってくれ!」

「バカはあなたです!」


 とぷんすかと怒る久留宮。

 それからというもの、彼女はずっと機嫌悪そうに勉強している。

 わからないところがあれば、以前はすぐに俺に訊いてきたのに、今では俺に声すらかけてこない。


「なあ、悪かったよ、久留宮が勉強している間は音声作品を聴くのやめるからさ、許してくれよ」

「私が勉強している間だけですか……」


 と蔑んだ目を向けてくる。丸田だったら喜びそうな顔だ。


「本当に悪かったと思ってる、ほら、このとおり!」


 俺はその場で土下座した。

 困ったら土下座、だいたいこうして俺は今まで様々な困難を乗り越えてきた。

 俺以上に土下座に慣れているやつは、きっとこの世にいないだろうなぁ、ふふふ……。


「はあ……わかりました、許します。志津木君が変態であることは重々承知していますし、勉強教えてくれているのは感謝していますしね」

「ほっ、よかった……」


 と俺が安堵したのも束の間、今度は俺のバッグに彼女は目を止めた。


「ところで、ずっと気になってたんですけど、なんかバッグがぱんぱんですが、なに入ってるんですか?」


 と彼女が勝手に俺のバッグを開けてきた。


「ば、バカ! 他人のバッグを勝手に開けるな!」

「て、な、なんですか、これぇぇ!」


 バッグに入っている大量のコンドームの箱を、彼女は指差した。


「いや、必要かなって」

「必要じゃないですよ、今日は勉強するって言いましたよね!?」

「勉強教えてたらいいムードになって、なんかそういう流れになるかなって、だからいるかなって」

「なりませんよ、いりませんよ、こんなのっ、ていっ!」


 と彼女はコンドーム十個を抱えて、部屋の隅にあるごみ箱に向かい、それら全てをその中に捨てた。


「ちょっ、なにしてんだああああ、それ全部買うのにいくらしたと思ってるんだぁぁぁ!」

「こんなの買ってくる志津木君が悪いんですよ!」


 俺はダッシュでゴミ箱に向かい、中の避妊具をせっせと回収していく。


「て、きゃあああ! 女性の部屋のゴミ箱を勝手にあさらないでください、変態ですか!」

「俺が買ったコンドームを久留宮が捨てたからだろうが!」


 俺がゴムを全て回収して、戻ってきて、バッグに入れてから座りなおすと、彼女が俺をキッと睨んできた。


「とにかく、今日は勉強しかしませんからね!」

「え、今日以外だったらいいの?」

「今日以外も駄目です、健全な付き合いをしましょう、エッチなのはなしです、高校生ですしね」

「そんな……!」


 彼女がいるのにエッチができないなんて……思春期の男には辛すぎる。


 それから何度か久留宮に土下座したが、この日はそれ以降ずっと彼女は機嫌が悪いままだった。

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