第15話 エッチが下手だったんで別れた
テンションがめちゃくちゃ低い状態で、テニス部の練習場から出て、校門へ向かうと、久留宮が待ち構えていた。
「あれ、先に帰ってなかったの?」
「はい、遅いですよ、もう」
「先に帰ってくれって言ったのに」
「私はあなたの彼女なんですから、そういうわけにはいきません」
それは、サンタの仕事だからそうするのだろうか? それとも本心からの行動なのだろうか?
もちろん、後者であることを願ってはいるけど……。
委員長のこの前の話が、頭をよぎる。
久留宮が危険だという、彼女の話が。
思わず、久留宮をじーっと見てしまう。
彼女は顔を少し赤くして照れくさそうにしていた。
「な、なんですか、じろじろ見て?」
「いや、なにも」
やっぱり、警戒しないといけないようなやつには見えない。
しかし、委員長の発言がそれからも頭の端から消えることはなかった。
その後、二人で帰り道を黙々と歩き続けたが、商店街の手前まで来たところで、彼女は唐突に立ち止まった。
「なんだ、久留宮?」
「明後日、休日ですよね?」
「ああ、そうだな」
「それじゃあ、明後日、デートしましょう」
そう言えば、デートする約束をしていたな。
「いいぞ、どこに行く?」
「そうですね……」
それから、どこに行くか話しあったが、なかなか話がまとまらず、結局行き先が決定しないまま、彼女のマンションの前まで来てしまった。
「まぁ、どこに行くかは後で決めればいいか」
「そうですね……では、私はここで」
と久留宮が小走りでマンションへ向かい、入り口の自動扉を通ろうとしたところで、立ち止まり、こちらを向いた。
なんだ……?
彼女は髪の毛をくるくると指で巻いたり、なんだか体をもじもじさせた後、口を開いた。
「志津木君、今日は本当にありがとうございました、その、体育のとき、あなたが助けてくれて、す、少しだけですけど、ド、ドキドキしてしまいました、で、ではこれで! さようなら!」
顔をかあっと赤くしてから俺に背を向けて、自動扉の先へ入っていった。
俺はしばらくその場で固まっていた。
不覚にも、俺も彼女にドキドキさせられてしまったのだ。
やっぱさ、久留宮が危ない奴には見えないよ、委員長。
俺は心の中で彼女にそう言った。
●
一旦、家に帰り、制服から私服に着替えて、またすぐに家を出た。
バイトがあるからだ。
職場に着くと、既に堺谷さんがレジカウンターに入っていた。
俺はスタッフルームに入ってコンビニの制服を着てから、カウンターへ向かった。
「はぁ、今日は先輩とですか……」
となんだか元気がない堺谷さん。
「何だよ、堺谷さん、もしかして俺と二人で仕事するのが嫌だったりする?」
「はい」
「正直すぎだろ!? 俺、先輩なんだよ? 気を遣おうよ!」
「先輩にどう思われても、別にいいですし」
「ええ……」
その後も堺谷さんは俺に対してだけじゃなく、客に対してもやる気ない感じで接していたが、イケメンの客が入店すると、とたんにテンションが上がりだした。
「せ、先輩、あの人、かっこよくないですか?」
「そうか? 俺のほうがかっこよくね?」
「え……?」
「こいつ、まじで言ってんのか?」と言いたげな顔をする堺谷さん。
そのイケメンの客が商品を持って俺の方に来ると、堺谷さんがラグビー選手のようなタックルをして、俺を無理矢理どかしてきた。
「その人は私が接客します! 先輩は隣の筋肉ムキムキな男性をお願いします!」
「ええ……」
彼女が勝手にイケメンの客の商品を清算し始めたので、仕方なく俺は隣のレジの方へ行く。
筋肉ムキムキな男性は不満そうにしていた。
すみませんね、うちのバカな店員が。
へこへこ頭を下げながらレジの清算を終えると、隣りのレジでは袋詰めを終えて、レジ袋を客に手渡しするところだった。
相手の手をしっかり両手で握って、彼女は袋を渡していた。
「また来てくださいね、私がバイトしてる時間帯に」
ぎゅーっと手を握ってくる堺谷さんに、苦笑しているイケメンの客。
「あ、そうだ、連絡先、交換しませんか?」
と堺谷さんがスマホを取り出したところで、さすがに俺は止めに入った。
「こらこら、バイト中になにしてんだ、君は」
「いいじゃないですか、これくらい」
とぶーたれている彼女を尻目に、イケメンの客はそそくさと逃げるように去っていった。
「ああ、イケメンくんが……もう先輩のせいですよ!」
「俺のせいにするな、ていうか、堺谷さん、彼氏いるんじゃなかったっけ? 浮気はどうかと思うぞ」
「あ、その彼氏なら、顔はかっこよかったんですけど、エッチが下手だったんで別れました」
と事も無げに言う彼女。
見た目は清楚系なのに、性格は真逆もいいとこじゃないか……。
「あーあ、どっかに、イケメンでエッチもうまくて、性格もいい、そんな完璧な男、いませんかね?」
「いるじゃないか、ここに」
「え、どこどこ!?」
と彼女は顔を前後左右に振る。
俺は自分に向かって指差した。
「ほら、俺だよ、俺!」
「え、先輩が完璧? あははははははははっ! ひーひひひひひっ! 寝言は寝て言ってくださいよ、あひひひひひひひひ!」
と彼女は抱腹絶倒している。
そこまで笑うほどか?
数分後、ようやく笑いが治まると、彼女は俺に訊いてきた。
「先輩、先輩の周りにいい男、誰かいませんか? いたら紹介してくださいよ」
一瞬、北條君の顔が浮かんだが、親友である彼をこのビッチの毒牙にかけるのは気が引けた。
「うーん、いないかなぁ」
「ちっ」
「え、い、今、舌打ちした?」
「え、気のせいじゃないですか?」
と彼女はニコニコと内にドス黒い化け物を隠していそうな笑みを浮かべる。
ふぅ……先輩って立場は辛いなあ、こんな後輩もきちんと面倒見なくちゃいけないんだから。
その後はイケメンが来なかったので、堺谷さんはずっとつまらなそうに仕事していた。
貴地邦さんといい彼女といい、せめて仕事中は誰に対しても愛想よくしてほしいよ……。
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