第14話 百合に男を挟むな
四限目の授業が終わり、昼休みになった。
隣の久留宮がのんびりと水筒から飲み物を飲んでいたので、俺のほうから声をかけた。
「おい、久留宮、早く学食行こうぜ、座れなくなるぞ」
そう言って席を立った俺の手首を、彼女はつかんだ。
「ちょっと待ってください、実はお弁当を作ってきたんです」
「え、お弁当って、まさか俺の分まで?」
「はい」
と、彼女はバッグから二つ弁当箱を取り出して、机に置いた。
「このままずっと学食だと、毎日名古屋飯を食わされる羽目になりそうですし」
とぼそっと彼女は呟く。
「なんか言ったか?」
「い、いえ、なにも」
と彼女は取り繕った笑みを浮かべる。
いや、聞こえてるけどな、俺は地獄耳だから。
俺は毎日名古屋飯でもいいんだけどな。久留宮はそうじゃないのか……残念だ。
だが、お弁当を作ってきてくれたこと自体は最高というほかない。
「めちゃくちゃ嬉しい、実は彼女が作ってきてくれた弁当を、学校で食べるの、憧れていたんだ」
「そうですか、そんなに嬉しいですか」
喜ぶ俺を見て、彼女も嬉しそうだった。
俺たちは机をくっつけあい、弁当箱をそれぞれの机に置いた。
「開けていい?」
「どうぞ」
弁当箱の蓋を取ると、色とりどりのおかずが顔を見せた。
きれいな形の卵焼き、小さなハンバーグ、ナポリタン、ベーコンのアスパラ巻き、ほうれん草のおひたし。ごはんにはごま塩がかかっている。
俺の好きなものばっかだった。
めちゃくちゃおいしそうだ。
と思ったが、しかし、俺はそこで、ある可能性が頭に浮かんだ。
見た目はいいけど、食べてみたらまずいパターンだったりしないか、と?
漫画とかラノベだと、そういうパターンが結構あった。
もちろん、それらはあくまでフィクションに過ぎない。
しかし、失礼ながら、料理を作ったのはあの天然でドジっ子の久留宮だ。
正直、あまり料理が得意そうに見えない。
どうしよう、食べてみたらまずかったら。
いや、かまうものか。作ってきてくれただけで嬉しいし、たとえおいしくなかったとしても、彼女が作ってきてくれたということが料理を美味しくしてくれるはずだ。
俺は、卵焼きを口に運んだ。
「あれ、美味しい」
俺の好みよりも少し甘いが、気にならないくらい美味しい。
料理上手と言っていいレベルだ。
「あれってなんですか、あれって」
久留宮がムッとした顔になる。
「いや、ごめん、深い意味はない、うん、めちゃくちゃ美味しいよ」
他のおかずも食べるが、どれも美味しかった。
久留宮はそんな俺の様子をニコニコと眺めている。
先程から俺たちのことを窺っていたクラスのやつらがぞろぞろとこちらへ来た。
その集団の一人である大枝さんが久留宮と俺の弁当箱を覗き込んで、言う。
「なになに、これ、久留宮さんが作ったのー?」
「はい」
「ひとつ、もらうね」
ひょいっと卵焼きをひとつ、大枝さんが俺のほうの弁当箱から取ってくる。
「あ、ちょっと勝手に取るな!」
「いいじゃない、ひとつくらい」
そのままぱくりと彼女は一口で卵焼きを食べた。
「んー、おいしー! 料理上手なんだねー、久留宮さん、こんなやつの彼女なんてやめて、わたしの彼女になってよー」
「えー困るよー」
大枝が久留宮に抱きつき、二人はキャッキャウフフとしている。
なるほど、こういうのを、尊いと言うんだな。
と思っていると、丸田と細野が大枝と久留宮を見て、拝んでいるのが視界の端に映った。
「久留宮さんと大枝さんのカップル、ありですね」
「ああ」
細野の意見に、丸田がたぷたぷとしたお腹を揺らしながら頷く。
「あの二人がいちゃついているところを、離れたところから見守りたい」
「わかる」
「そして、三十分くらいしたら、僕も二人の間に入りたい」
「は? 何言ってんだてめえ、ふざけんなよ」
唐突に丸田がぶちぎれて、細野の胸ぐらをつかんだ。
細野が冷静に彼を宥めすかす。
「落ち着いてください、丸田くん」
「落ち着けるわけないだろ、女子だけの美しい世界を男で汚すんじゃねえ」
「わかっていませんねぇ、その美しい世界が崩壊するカタルシスがいいんじゃないですか、芸術は創造と破壊ですよ?」
「なんだと!? お前は今、お前以外の全ての百合好きを否定したぞ、わかっているのか!」
「僕以外の全ての百合好き? 百合に男が挟まる本を描いたら売れたと言っている人を僕はひとり知っていますよ? 君は不本意だろうが、男が挟まる百合作品は多くの支持を得ているんですよ、現実を受け入れてください」
「だからどうした、俺はそれを嫌う多くの百合好きを代表して、お前を許さない!」
二人は取っ組み合いになる。
喧嘩するのはどうぞご自由にというかんじだが、周りの目をもうすこし気にしたほうがいいぞ。
クラス中の生徒たちがお前らを「うわあ」という顔で見ているからな?
久留宮と大枝なんて、性犯罪者でも見ているかのような表情だ。
「志津木、弁当のおかず一つもらうぞ」
「じゃあ、俺もこのハンバーグを」
「少しもらうぜ」
「一口くれ」
丸田と細野の醜い争いに視線が集まっている隙に、南出、北條、西林、東峰の四人が、次々と俺の弁当を強奪してきた。
「あっ、俺の弁当がまたしても、なんでお前ら俺のほうからばかり取っていくんだよ!」
「だってムカつくから」
大枝さんの発言に、うんうんと頷くみんな。
「ああ、俺の分がほとんどなくなって……まだあんまり食ってないのに……」
涙目になっている俺を、苦笑しながら久留宮が励ましてきた。
「まぁまぁ、これから毎日作ってきてあげますから」
「え、まじ、やったー!」
はしゃぐ俺を男子たちが妬ましそうに見る。
まさか俺が嫉妬される側になるとはなぁ。
これから学校がある日は、久留宮の手作り弁当が食える。
そう思うと、学校も悪くないなと思えた。
●
放課後になると、委員長が俺の席へ来た。
「志津木君、今日暇かしら?」
嫌な予感がした。どうせ組織への勧誘だろ。
彼女は俺の耳元に口を近づけて、ひそひそ声で言う。
「暇なら組織のアジトへ行かない? あなたも興味あるでしょう?」
ねぇよ。
やっぱ勧誘だったか……。
「わりぃ、今日はバイトがあるんだ」
「あ、そう、ならしかたないわね」
とがっかりした様子で委員長は去っていく。
隣で久留宮がむっとした顔で俺のことを見ていた。
「なんだよ」
「何話してたんですか? 委員長と」
アンチクリスマス活動をしている組織に勧誘されているなんて、久留宮には言いづらい。
なので、ごまかすことにした。
「この後ホテル行かない? って言われちゃってさ、さすがに断ったけど、委員長も困った奴だよなぁ」
「いや、絶対嘘でしょう、泉妻さんがそんなこと言うわけないじゃないですか」
とジト目になる久留宮。
彼女は、ハァッと大きなため息をつく。
「教えてくれないんですね、私、あなたの彼女なのに」
彼女、か。所詮、俺たちはかりそめの関係なのに。
「隠し事の一つや二つくらいあってもいいだろ、そういう久留宮は全く俺に隠していることがないのか?」
「それは……私だって、ありますけど……」
「ならお互い様だな」
彼女はそれ以上、何もこの件について言ってこなかったが、不満そうにしていた。
俺は帰り支度を済ませると、久留宮に向かって言う。
「今日、ちょっと寄るところがあるから、先帰っててくれ」
「え、は、はい、わかりました……」
最後に見た彼女が、少し寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
教室を出ると、俺は校舎の裏側にあるテニス部の練習場へ向かっていた。
目当ての人物である百鬼先生は、テニスコートの中にいた。
「百鬼先生」
と声をかけると、彼女は振り返った。
テニスウェア姿がよく似合っていた。スカートの下の程よく筋肉の付いた太腿がなんだか艶めかしい。
「どうした、志津木? 帰宅部のお前がこんなところまで来て」
俺は言葉で返さず、まずは体で俺の気持ちを表現することにした。
ひざを折り、その場で土下座すると、あの百鬼先生が露骨に動揺した。
「な、なんだ、急に、何がしたいんだ、お前は?」
「敗北宣言です、悔しいですが、参りました」
「……話が全然見えてこないんだが、お前は何に対して私に許しを乞うているんだ?」
「オナ禁についてです。俺には、とても耐えられそうにありません」
「そのことかよ、ていうか、まだ一日も経ってないぞ!?」
「半年も自家発電ができない、そう思うだけで、とても苦しいのです、授業中もムラムラして先生の話に全然集中できないし、このままじゃ成績が落ちてしまいます、先生、どうかご容赦を……!」
百鬼先生がめちゃくちゃ蔑んだ目で見てきた。ハァッと彼女は大きくため息を吐く。
「まぁどうせ半年なんて無理だろうと思っていたけどな、私も鬼じゃない、ゆっくり真人間になっていけばいいさ」
「鬼じゃない? 百鬼という名前なのに?」
「名前の件でいじるな、殺すぞ」
鬼のような形相で見られた。どうやら地雷らしい。
「すすす、すみませんでしたぁ」
俺が地面に頭をこすりつけると、彼女はあきれている感じでまた嘆息した。
「はぁ……そうだな、いきなり半年はきつすぎか。とりあえずオナ禁に関しては一週間でいい、だが徐々に厳しくしていくから覚悟しとけよ、毎日二回もするのは異常だからな」
「そんな、一週間なんて無理だ、俺は小学生のころオナ禁したけど三日が限界だったんだ」
「どんな小学生だよ……これ以上は譲歩できん、がんばれ」
「そんなぁ……」
オナ禁自体を取りやめることはできなかったか。まぁ、一週間になっただけでよしとしよう。
俺がそう妥協したその時、突如として強い風が吹いた。
バサァッと百鬼先生のスカートが捲れあがる。
俺は土下座していたこともあり、そのスカートの中をがっつり見てしまった。
スパッツとか、普通、穿くもんじゃないのか……?
風がやみ、スカートがその中を再び覆い隠すと、百鬼先生は少し顔を赤く染めながら怖い笑顔を俺に向けた。
「おまえ、見ただろ?」
「い、いいえ、見ておりません! そんな、先生のを見るなど、畏れ多い……」
「そうか、ならいいんだ」
「ほっ……」
俺は一息吐き、だらだらと額から垂れていた汗を袖でぬぐった。
助かった……。
「ところで、志津木、私の今日穿いている下着は何色だと思う?」
さりげなく言う先生に、俺はつい正直に答えてしまった。
「白だと思います」
「見てんじゃねぇか!」
先生の怒号がテニスコートに響き渡る。
くそ、やられた。この女、意外と狡猾だ。俺が油断したところで罠に引っ掛けてきやがった。
先生は威圧感たっぷりに腕を組み、仁王立ちして、俺を睨みつける。
「……何か言うことがあるだろう?」
「素晴らしいものを見せていただき、ありがとうございます」
こうなった以上、俺が助からないことはもう確定している。
俺はやけになって完全にボケモードに入った。
貴重なものを見せてくれたんだから、感謝を述べないとね、うん。
「バカか、おまえは、謝罪しろ!」
「申し訳ありませんでした!」
「謝れば済むと思うのか?」
「それもそうですね、では、俺のパンツも見せましょう」
俺は立ち上がり、ベルトを外して、ズボンを脱いだ。
露わになる俺のボクサーパンツ。
「相手の下着を見てしまったからには自分の下着も見せる、等価交換です、これで相殺されましたよね?」
「何が等価交換だ、バカが! お前の汚いパンツと私のが同価値なわけないだろう!? たくっ、おまえというやつは、ほんとに……やっぱ罰として、オナ禁一か月だ!」
「そんなご無体な!」
俺はそれからも土下座して必死に許しを乞うたが、先生は許してくれず、オナ禁一か月は覆らなかった。
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