第11話 五十メートル走を速く走るコツ

 体育の授業が始まった。

 サッカーの予定だったが、俺たち男子が遅れたせいで、男子も女子も連帯責任で、罰として全員、五十メートル走の後グラウンド五周という鬼畜メニューになってしまった。


 女子たちが「男子ふざけんな―」「マジ死ね」と北條君以外の男子たちに侮蔑の目を向けてくる。


 この事態を受けて、男子たちの間では醜い罪の擦り付け合いが行われていた。


「おい、誰だよ、筋肉勝負しようなんて言ったのは、そのせいで遅れたんだろうが!」

「お前だろ」

「ちげぇよ、お前だろ!」


 五十メートル走の順番待ちをしている間に男子たちが激しく口論する。


「もうやめろ、お前たち、争いは新たな争いを生むだけだ」


 と俺がアルカイックスマイルを浮かべて言うと、男子たち全員がジト―っとした目で俺を見てきた。


「筋肉勝負しようって言いだしたの、こいつじゃなかったか?」


 と俺を指差す西林君。


「はぁ!? いや、ちげぇよ、むしろ、俺は筋肉見せあってるお前らをキモって思いながら見てた側だっつーの。お前らが勝手に筋肉を見せあい始めたんじゃねぇか!」


 と俺が叫びながら言うが、彼らは俺をスケープゴートにすることで一致団結したようだ。


「でも、こいつだったよな、最初に筋肉を晒したの」


 南出の発言に、俺以外の男子全員が「うんうん」と頷く。


「いや、筋肉晒したつもりなんてねぇから。たしか北條がパンツ一丁になった俺の筋肉を見て、筋肉の話をしだして、そのあと南出が服を脱いで自分の筋肉を自慢してきて、それから徐々におかしなことになったんじゃないか!」


 俺がそう言っても、男子たちは「ん? そうだったっけ?」ととぼける。


「歴史の捏造はやめろ、お前ら、俺を犠牲にすることになんの痛みも感じないのか!?」


 俺がそう叫んだとき、


「シャラ――――ッップ!」


 ぱぁん! となぜか持っているムチを地面に叩きつけて、体育教師の百鬼先生は叫んだ。

 彼女はつり目の美人だが、気がとても強く男にも容赦ないので、男女問わず恐れられている。

 一部の特殊な性癖の男子からはひそかに「女王様」とあがめられているそうだが。


「なんのために連帯責任にしたか、わかっていないようだなぁ、愚民ども、こうやってお前らが醜く罪を擦り付け合わないためだろーが!」

「は、はい、すみません、先生!」

 

 男子全員が速攻で土下座した。


「男子全員、グラウンド一周追加だ!」


 百鬼先生がそう言うと、男子たちは全員「そんなー」と嘆いた。

 いや、丸田だけは興奮していた。


「ぶひひ、あのスパルタっぷりがたまんねぇんだよなぁ、彼女の前ではさすがの俺も卑しいブタになっちまうよ」

「いや、お前はもともとブタだろう?」


 と俺がツッコムと、彼は「ブヒ!?」と本物の豚のように驚いた。


 はぁ、まったく、このクラスの男子たちときたら救いようがねぇな。

 もうあいつらの方を見るのはやめよう、やっぱ、女子だよ女子。

 と俺はオアシスを求め、女子の方を見た。


 男子たちがいるところから少し離れた隣のスペースで、ブルマ姿の女子たちが胸や尻を揺らしながら五十メートルを走っている。


 そう、なんとこの学校はいまだに女子の体操着にブルマを採用しているのだ。


「ふぅ、ブルマはなんど見てもいいなぁ」


 と俺が思わずつぶやくと、近くにいた細野と丸田も同意してきた。


「ですね」

「うん……」

「古き良き文化はこうやって守らないといけないよなぁ、最近の日本はなんでも新しいものに移行しようとしていて、よくないよなぁ」

「ですねぇ、こういう文化は残さないといけませんよねぇ」

「うんうん」


「実は、僕、この学校の女子の体操着がブルマだから、この学校を受験したんですよ」

「俺もだ」


 俺が同調すると、丸田も続いてこう語った。


「ああ、俺も俺も、中三になるまでテストは毎回最下位だったけど、どうしてもこの学校に入りたくて、血尿が出るほど勉強してこの学校に合格したぜ」

「すげぇな」

「よく頑張りましたね、丸田君、尊敬しますよ」


 その時、俺たちの会話を聞いていたらしい委員長が、蔑んだ目をしながらこちらにきた。


「いや、全然尊敬できませんよ、どんだけ不純な動機でこの学校にはいってるんですか」


 委員長がちょうど言い終えたところで、俺たちに援軍がやってきた。南出君と北條君だ。


「なんだお前ら、この学校の女子の体操着がブルマだからこの学校に入ったのか?」


 と南出君がにやけた面で言う。


「ああ、そうだが?」


 と言う俺に対し、南出君はきらりと白い歯を輝かせて笑って、サムズアップする


「いいよな、ブルマ、俺もそうだぜ、中三の担任からは志望校のランク一つ下げるよう言われたけど、勉強頑張ってこの学校はいったんだ」

 

 北條君が顔をほのかに赤くしながら控えめに手を上げた。


「実は、俺もブルマが理由なんだ」

「北條もか、君も結構いい趣味してるよねぇ」


 と俺が言うと、「まぁな」と照れくさそうに鼻の下を彼はこすった。

 委員長はというと、頭を抱えていた。


「そんな、あの三バカはともかく、南出君と北條君まで……男ってみんなこうなの?」

「男はみんなこうだ、委員長」


 俺が菩薩のような笑みを浮かべて委員長の肩に手を置くと、「触らないで、汚らわしい」とその手を払われた。

 昨日はあんなにしっかりおれの手をにぎってくれたじゃんかよ……

 と嘆いている間に、俺が走る番が来た。


 さて、こいつらに格の違いを見せてやるとしますか。


 こき、こき、と首の骨を鳴らす。


 俺にはとっておきの速く走るコツがあった。

 ゴールの先に、美少女が笑顔で待ち受けていると思い込むのだ。

 昔はそこまで俊足の部類ではなかったが、そう思い込むようになってから、一気にタイムが伸びた。


 クラウチングスタートの姿勢になり、「位置について、よーい、ドン!」という声がした瞬間、俺の脚はうなりを上げた。


「うおおおお! 待ってろ、美少女、美少女ぉぉぉぉ!」


 ああ、いる、この先に、美少女がいる。

 めちゃくちゃ好みの美少女が、この先で俺の到達を今か今かと待ちわびている。

 彼女をこれ以上待たせるわけにはいかねぇ!


 俺はさらに加速する。

 俺の先には、俺以外誰もいない、俺が一番乗りだ!


「5秒98!」


 ゴール横で待機していた先生がゴールした瞬間、光電管タイム計測器に表示された俺の記録を読み上げた。

 男子たちが騒然とする。


「す、すげぇぇ!」

「帰宅部のくせに五秒台だと!?」

「陸上部より早くね?」

「この記録、このクラスで抜ける奴いるのか?」


 ふふ、すごいだろう、すごいだろう。

 男子たちから賞賛を一身に受けるが、しかし、女子たちはドン引きした顔で俺を見ていた。


「うわっ、きもっ、あいつ、美少女ーとか叫びながら走ってるよ」

「確かに速いけどさ、なんかあいつの走り方、ゴキブリみたいじゃない?」

「あ、わかる、なんか、かさかさかさかさって、無駄に足の回転速くてキモいよね」


 さんざんな言われようだった。

 ゴキブリって、いくらなんでもひどすぎだろ……


 と俺が一人ショックを受けているところに、北條君が来た。


「志津木、お前、すげぇな、なんか速く走るコツとかあるのか?」

「ああ、ゴールの先に、自分好みの美少女がいると思って走るんだ、そうしたら健全な男子なら6秒台前半は出せるぜ」

「はぁ? なんだそれ、そんなんで速くなるのかよ、まぁ物は試しだ、やってみるか」


 と北條君は俺の元から離れると、五十メートル走を走りに行った。

 離れたところから彼の走る様子を見守っていると、彼はぶっちぎり一位でゴールした。


「6秒02!」


 百鬼先生がタイムを読み上げる。

 生徒たちがまたざわついた。


 あ、あっぶねー、ぎりぎり俺の方が上回った。

 顔だけでなく足の速さでも負けたら俺の自尊心が崩壊していたところだ。


 北條君がさわやかな笑みを浮かべながら俺の元へ来た。


「すげぇ、ほんとに速くなったよ、自己ベストを0,4秒も更新したぞ、有益な情報ありがとな、志津木」


 と俺の背中をバシッと叩いて、去っていく。

 北條君は意外と女好きだよなぁ。奥手だからか顔の割には恋人とかいないようだけど。

 告白すればたいていの女はオーケーすると思うんだがな。


 女子たちの方を見ると、キャーキャーと姦しく騒いでいた。


「北條君すごーい!」

「かっこよすぎいいいいー」

「何か走り方もスタイリッシュでかっこいいよねー」


 ……なんだろう、この違いは。俺の方が速かったのに、俺の時は君たち、こんなに騒がなかったじゃん。


「顔か、結局顔なのか、ぐすん、ふぐぅ、えっ、えぐっ、ふぐえええ」


 あまりの残酷な現実に、俺が一人泣いていると、女子たちが「うわぁ」という顔で見てきた。

 どこまでも薄情な奴らだ。ぐすん。


「あれ、志津木君、なんで泣いてるんですか?」


 と久留宮がこちらに来た。五十メートル走を走った後らしく、少し呼吸が乱れている。


「久留宮……」

「もう、顔ぐしゃぐしゃじゃないですか、ほら、このタオルで拭いてください、さっき汗拭いたんで汚いかもしれないですけど」

「いや、むしろそれがいい、ありがとう」


 とタオルを受け取り、すぅはぁと匂いを嗅ぎながら顔を拭いた。

 ああ、いい匂いがする。


「ちょっと、におい嗅がないでくださいよ、臭かったらどうするんですか」

「いや、いい匂いだよ」

「それはよかったです……て、いやいや、いい匂いだとしても、嗅がないでください! 変態ですか!」


 と彼女は俺からタオルを奪い取ってしまった、

 ああ……。至福の時間が……、


「それにしても、志津木君、足速いんですね、運動部の人たちより速いじゃないですか、すごいですね」


 と久留宮は自分のことのように嬉しそうに褒めてくれる。

 ああ、このクラスの他の女子たちが砂漠だとしたら、彼女はオアシスだよ。


「全員、集合―!」


 と百鬼先生が叫んで、笛をぴーーと鳴らした。

 どうやら、全員、五十メートル走を走り終えたようだ。

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