第10話 マザー〇ァッカー

 翌日の朝、今日も学校があるので登校し、教室に入ると、細野が朝っぱらからこの世の終わりのような顔をしていた。

 細野の席へ行くと、丸田もちょうど教室に入ってきて、彼も細野の尋常ならざる様子を見て心配そうな顔でこちらに来た。


「どうした、何か良くないことでもあったか?」


 俺が細野に訊くと、彼は重たそうに口を開いた。


「ああ、聞いてくれ、二人とも。最近、エロゲを買ったんだけど」

「うんうん」

 と丸田が脂肪たっぷりのおなかを揺らしながら相槌を打つ。


「そのエロゲのヒロインの一人が、僕の母さんと同じ名なんだ……」

「な、なに……!?」

「それは、深刻だな……」


 その衝撃的な話に俺は目を見張り、丸田も険しい顔つきになる。


「ああ、しかも、一番気に入っているキャラだったんだ、その子のキャラデザにひかれてそのゲームを買ったぐらいだ」

「なんと……」


 丸田は開いた口がふさがらなかった。


「神様、あんたひどすぎるだろ、細野が一体何をしたっていうんだ……!」


 俺はやり場のない怒りを机にドンっとぶつけた。

 委員長が離れたところから、くだんねぇーとでも言いたげな顔をしてこちらを見ている。

 ふん、女のお前にはわからないだろうな、この苦しみが……。

 その時、近くで話を聞いていたらしいチャラ男の南出くんと、サッカー部のさわやかイケメンの北條君がこちらに来た。


「なになに、お前ら面白そうな話してんな」


 と南出君が軽薄な笑みを浮かべて、会話に参加してきた。

 彼は見た目も中身もオタクでは全然ないが、俺らにも気安く接してきてくれる。オタクに理解のあるチャラ男なのだ。


「エロいゲームのキャラの名前がお前の母親と同じだったんだって?」


 と北條君も興味津々で訊いてくる。

 意外だ、彼もこういう話に食いつくタイプなのか。

 女子たちが北條君を心配そうな目で見つめていた。

 イケメンの彼が、俺たちのようなオタクの下品な話に加わってほしくないのだろう。


「別にいいじゃねーか、好きなキャラが母親の名前だろーが気にせず楽しんじまえよ、マザー〇ァッカー」


 南出君がへらへらと笑って、細野の肩をバシバシと叩いた。


「楽しめねぇよ、このままだと文字通りマザー〇ァッカーになっちまう!」

「いや、文字通りではないだろ」


 と冷静なツッコミを入れる北條君。

 俺は南出君と北條君に問いかける。


「おまえら、この話、興味あるのか?」

「そりゃああるさ」


 とにやにやと笑う南出君。


「まぁ、男だしな……」


 と恥ずかしそうにポリポリと頬をかく北條君。

 話を盗み聞きしていたらしい女子たちが、「嘘でしょ、北條君」「北條君は絶対やっちゃだめよ、そんなゲーム」「そいつらと同じ空間にいちゃダメ、汚れるわ!」とショックを受けた顔をしている。


「なになに、なんですか、なんか楽しそうですね、私も話に混ぜてくださいよ」


 突如、久留宮が、赤ん坊はコウノトリが運んでくると本気で信じている子供のような顔でこちらに来た。

 俺たちは虚を突かれ、全員がぎょっと目を見開いた。


「く、久留宮さん、な、なななな、なぜこのようなところに」

「くく久留宮さんには、かか、関係ない話なんじゃないかなぁ、うん」


 と明らかに動揺した様子の丸田、細野。


「お、久留宮さん、興味ある? 聞いちゃう、俺たちの話?」


 とチャラ男の南出君はさすがまったく狼狽えず、久留宮さんを会話に混ぜようとする。


「いやいや、久留宮さんにこの話はちょっと」


 とそんなチャラ男を北條君は止めようとする。

 大枝さんが遠くで様子を見ていた女子たちのグループから離れ、慌てた様子でこちらに来て、久留宮の腕をつかんだ。


「はーい、久留宮さんはいい子だから、女子たちの方へ行こうねー」

「え、え、なんでですかー?」


 と久留宮が引きずられていく。

 正直、ほっとした。

 大枝さんとは衝突することが多いから、少し苦々しく思っているところはあるが、今回は彼女に感謝した。

 その後、始業のチャイムが鳴ったので、俺たちはそれぞれ席に着いた。





 1限目が終わり、休み時間になった。

 隣りでぽけーっとしていた久留宮に声をかける。


「久留宮、次は体育だぞ、体操服は持ってきているよな?」

「え、あ、はい」

「じゃあ、早く女子更衣室へ行くんだ、男子は教室、女子は女子更衣室で体操服に着替えることになっているからな、さぁ早く行かないと男子が着替え始めるぞ!」


 と言いながら俺が上着を脱ぎ、ズボンを下ろそうとすると、きゃーーと女子たちが悲鳴を上げた。もちろん目の前の久留宮も。


「もう、女子が出て行ってから脱いでくださいよ、志津木君のバカ―!」


 と彼女は顔を赤くしながら、体操着が入った袋を持って、慌てて教室を出ていく。

 他の女子たちも逃げるように退室した。

 男子たちがあきれているような目で俺のことを見てくる。


 何だよその顔は。

 俺はお前たちが早く着替えられるように、自らを犠牲にして女子たちを教室から出ていかせたんだぞ?

 まったくそれに気づかないとは、やれやれ。

 俺がズボンを下ろしてパンツ一丁になると、南出君がこちらに来て、ツッコミを入れてきた。


「いや、なんでパンツ一丁になるんだよ、普通、上着脱いだらすぐに別の上着着るだろ」

「この方が開放感あるじゃないか」

「開放感を今感じる必要あるか? ほんとお前は変態すぎて意味わかんねぇな」


 と南出君が肩をすくめると、イケメンの北條君もこちらにきた。


「志津木、お前、運動部でもないくせに、無駄に筋肉あるよな」


 と俺の上半身と下半身を交互に見て、北條君が言った。


「筋肉ある方がモテると思ってな、毎日筋トレしているんだ」

「お、おう、そうだな」


 となぜか北條君は目をそらして言った。


「志津木、お前は筋肉付きすぎだ、それじゃあゴリマッチョじゃねぇか、モテるのは俺や北條みたいな細マッチョだぜ?」


 と南出君が上半身裸になり、六つに割れた腹筋を見せびらかしながら言う。


「へぇ、なかなかいい体してるじゃないか、南出、だが俺も負けてないぞ?」


 と北條君も服を脱ぎ、引き締まった筋肉質な体を晒した。

 女子がこの場にいたら、めちゃくちゃ喜びそうだ。


「おまえら、面白そうなことしてんじゃねぇか」

「俺たちも混ぜろよ、筋肉勝負なら負けねぇぞ?」


 野球部の西林君、そしてその後に続くように、同じく野球部の東峰君がこちらにきた。

 西林君は二年生ですでにエースピッチャーのプロ注目の選手だ。

 うちの野球部は髪型自由なので、野球部にしては彼は髪が長い。この学校に来た理由も坊主にしたくないからだそうだ。


 そんな彼とは対照的に、東峰君は髪型自由であるのにもかかわらず坊主にしている。彼曰く頭洗うのが楽だからとのこと。

 東峰君は二年生にしてうちの野球部の正捕手だ。彼も来年ドラフトかかるんじゃないかと期待されている。


 二人は高校野球界で有名なバッテリーなのだが、そんな二人が服を脱ぎだして、鍛え上げたボディを見せびらかしてきた。


 いや、べつに、筋肉勝負なんて、俺はした覚えないんだけどな。なんか流れで筋肉見せあう感じになっただけで。


「西林は女子が好きそうな体してんなぁ、東峰はちょっとムキムキすぎるな」


 と南出君が顎に手を当てて、二人の筋肉を女子にモテるかどうかという基準で評価した。


「ぐぬぅ、やるな、二人とも」


 北條君は野球部二人の筋肉を見て、少し悔しそうにしている。


「おい、俺を忘れてもらっちゃ困るな、野球部とサッカー部には負けねぇぞ」

「おまえら、俺のこの鍛え上げられた脚の筋肉をとくと見ろ!」

「卓球部なめんなよ? 俺らだってけっこう筋トレするんだからな?」


 他の運動部、バスケ部や陸上部や卓球部のやつらもぞろぞろとこの勝負に参加してくる。

 その後、なんやかんやで丸田と細野以外の全員の男子がこの筋肉勝負に加わった。

 狭い教室で、大勢の男たちが裸体を見せ合い、筋肉の付き具合を評価し合っている。


 ……なんだこれ? どうしてこうなった?

 こいつら、今の自分たちが客観的に見て、どういう状況かわかっているのだろうか?

 蚊帳の外の丸田と細野が離れたところで、「なにこいつら男同士で裸見せあってんだ、キモ……」と言いたげな顔でこちらを見ていた。


 こんなことをしていたから、男子全員が体育の授業に少し遅れてしまい、体育の先生にぶちぎれられてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る