第9話 サンタ陰謀論

 久留宮が家に帰った後、俺はまっすぐ帰らずに、名駅の方へ行く。

 委員長が指定した待ち合わせ場所である、金時計の前に来た。

 ここはよく待ち合わせ場所に使われるので、人が多い。

 委員長はすでにそこにいた。

 きょろきょろと辺りを見回していて、俺に目を止めると、近づいてくる。


「悪い、待ったか?」

「待ちましたけど、待ち合わせの時間には間に合っているので、別にいいですよ」

「どれくらい前に来た?」

「十五分前ですね」

「誰かと待ち合わせしたとき、いつもそれくらい前に来るのか?」

「まぁ、だいたいそうですね」


 さすが委員長だ。しっかりしている。自分が待つことはあっても、誰かを待たせることなんてしないんだな。


「では、行きましょうか」

「どこへ行くんだ?」

「私の家です」

「え?」


 まじで、委員長の家に行けるの?

 考えてみれば、俺、同級生の女の子の家に行ったことないな。

 女子の家か……話しているうちにいいムードになって、それから……


「なんですか、そのウキウキした顔は、べつにあなたが期待しているようなことは何もないですよ」


 と冷たい顔で釘を刺してくる委員長。

 うん、まぁわかっていたさ、心の奥底では。

 しかし、いったい俺に話したいことって何なんだろうな?


 駅を出て、それから15分くらい歩く。

 二階建ての一軒家の前で彼女は立ち止まった。


「ここが私の家です」


 まぁまぁ立派な家だった。

 大金持ちというほどの家には見えないが、そこそこ裕福な部類に入るだろうな。


 委員長が家の鍵を開け、中に入る。

 俺も委員長に続いて家に上がらせてもらった。


「おじゃまします」


 委員長と二人、掃除が行き届いたきれいな廊下を歩く。


「委員長、親は?」

「今日は二人とも、帰りが遅くなるみたい」

「へえ」


 ということは、委員長と二人きりか……委員長の家で彼女と二人きり……


「なによそのいやらしい顔は。あなたが妄想しているような展開には絶対ならないわよ?」


 それは残念。


 委員長についていくと、リビングに案内された。

 テーブルを挟むように座りごこちのよさそうなソファが二つ置かれていて、部屋の隅には大画面のテレビが置かれていた。


「座っていてください、お茶を持ってきます」

「テレビつけていい?」

「どうぞご勝手に」


 テーブルに置かれていたリモコンの電源ボタンを押すと、ちょうど好きなアニメの再放送がやっていた。


「お、そう言えば今日はゲーゲゲの再放送がやっていたな」


 ゲゲゲーゲゲーゲゲ。

 リーゼントの主人公が陰毛を操って敵と戦うという意味不明な漫画が原作のアニメ。

 だけどその意味不明っぷりが最高に面白いのだ。


「あーひゃっひゃっひゃっひゃ!」


 アニメを見ながら爆笑していると、委員長がお盆に緑茶が入った湯飲み二つとせんべいを入れた皿を載せて、こちらにきた。


 お盆をテーブルに置き、俺の向かい側のソファに彼女が座る。

 俺はテレビの方をちらちらと見ながら、彼女に語りかけた。


「で、話したいことってなんだ? 告白……じゃないよな、うん」


 告白と言ったところですごい睨まれた。

 冗談だよ冗談、ノリの悪い奴だな。

 俺が緑茶に口をつけたところで、委員長が切り出した。


「話したいことというのは、あの久留宮さんという編入生についてです、信じられないかもしれませんが、彼女はおそらく本物のサンタです」


 口に含んだお茶を噴き出しそうになった。

 まさか、彼女の口からそんな話が出るとは思わなかったのだ。


「本物のサンタだって? いきなり何を言い出すかと思えば……なんでそう思うんだ?」

「久留宮さんがあの変な自己紹介をした時、天界とかサンタ機関とか自分はサンタだとか言っていましたよね? 冗談じゃなく本気で言っているように私には見えたんです」


『くらえ、珍毛真拳最終奥義、珍毛横丁!』


 テレビでは、主人公が敵に必殺技を出してるところだった。


「それに、今回の彼女の編入には不可解なことが多すぎます、事前に全く情報がなく、今朝になって初めて私は編入の件について知らされましたし、担任の花柳先生も今日突然知らされたらしいんです、私たち生徒ならともかく、担任の先生までもが編入生がくることを編入日に初めて知ることになるなんて、どう考えてもおかしいです。編入前のことについても謎なんです、彼女がどこの高校にいたとか、どこの中学にいたとか、そのような情報を全く聞かないんです」

「たしかにおかしいかもな」


 まぁサンタ機関とやらがいろいろと手を回したんだろうけど、委員長は知りようがないだろうからな。


「志津木君、久留宮さんには気を付けてください」

「ぎゃーははははっ!」


 俺がアニメを見て笑っていると、彼女はリモコンを手に取り、テレビの電源を消した。


「ああ、なにすんだよ、今いいとこだったのに!」

「あんなアニメ、見ていたら頭が悪くなります」

「いやいや、そんなことないだろう、俺、あのアニメ昔からよく見てるけど、学校の成績はいいぞ? 今までテストの順位一桁以外取ったことないし」

「そんなことはどうでもいいんです、それより久留宮さんのことです、彼女は危険です。だから久留宮さんと仲良さそうなあなたにもっと彼女を警戒してほしいんです」

「警戒って言われてもな」


 久留宮がそんな危ない奴には見えないけどな。

 サンタ機関についてはそりゃあよくわかんない怪しい組織だとは思うけどな。


「これ言っても、ほとんどの人が信じてくれないんですけど、久留宮さんが自己紹介で言及していたサンタ機関は、実在するとても危険な組織なんです」

「どう危険なんだ?」


 せんべいをぱりぱりと食べながら、俺は言う。


「端的に言うと、サンタ機関は日本を支配しようとしています、いや、日本だけでなく、世界中を」

「へーそうなんだ」


 ぱりぱりぱりぱり、と二枚目のせんべいを頬張る。


「知っていますか、志津木君、今、クリスマスが四回あるのはサンタたちが陰謀を働かせた結果なんですよ」

「ふーん」


 ぱりぱり、ぱりぱりぱりぱり!

 三枚目のせんべいに手をつけたところで、彼女に言う。


「ねぇ、委員長、この塩せんべい、塩多すぎじゃないか? いつもこんなの食べてるのか、委員長は?」


 俺の問いには答えず、委員長は俺を睨むと、無言でせんべいを俺からとりあげ、せんべいを載せた皿を持ってダイニングの方へ消えていった。

 そして数十秒後に何も持っていない状態でここに帰ってきた。


 せんべいが食えなくなってしまった。

 まずったな、余計なこと言わなきゃよかった。

 委員長はソファに座ると、何事もなかったように話を続けた。


「大事なことだからもう一度言います、クリスマスが四回あるのはサンタたちが陰謀を働かせた結果なんです。最初にクリスマスを一年に四回やるよう提案した論者、あれはおそらくサンタ機関の者です。いえ、それどころか、そのきっかけとなった救世主の誕生日について三つの説を唱えたのも、サンタ機関の者である可能性が高いんです」

「そーなんだー」


「たしかに12月25日に降誕を祝うことに長らくしていただけで、救世主の正確な誕生日は不明なのは事実。でも、3月25日、6月25日、9月25日、この三つの説があるのは、間違いなくサンタたちによるでっちあげなのよ。アンチクリスマス活動をしている組織があって、実は私はそこに所属しているのだけど、この組織がクリスマスに関して過去の資料を調べていてね、調査の結果、百年ほど前までの比較的新らしい資料には、たしかにこの三つの日の説が唱えられているのを確認出来たわ。

だけど、それより昔の書物には、それらの説は一切出てこないの。おかしいでしょう?」


「でもさ、そのアンチクリスマス活動をしている組織とやらが見つけられてないだけで、百年以上前にもその三つの説について書かれた資料があるかもしれないだろ?」


「ええ、もちろん私たちが知らないだけであるのかもしれないけど、でも、少なくともアンチクリスマス組織が長年の間、何百冊も昔の書物を調べても、百年以上前の書物にそのような説はまったく出てこなかったというのは、いくらなんでも異常だとは思わない?」

「まぁ少し不可解な話ではあるな」


「でしょう? だから私たちは確信しているわ、これらの三つの説は、クリスマスを四回にするためにサンタ機関が作り上げた虚構だって」

「そ、そうか……」


 委員長が今話している内容は、実はネット上でとても有名な陰謀論で、サンタ陰謀論と呼ばれている。

 ぶっちゃけ、世間的にはめちゃくちゃバカにされている考えだ。

 だから正直聞くのがめんどくさくて、ついさっきまで適当に話を聞いて、適当に相槌を打っていた。

 まさか、あの委員長が陰謀論者だったとは思わなかったけどな……。


「サンタがどれだけ危険な存在か、わかったかしら? 久留宮さんには気を付けたほうがいいわ、あなた彼女の恋人なんでしょう? あなたみたいな変態が恋人作れるなんて信じられないけどね」

「久留宮はそんな気をつけないといけない奴には見えないけどな」


 あいつ、結構なドジっ子だしさ。


「一見全然危なくなさそうなやつこそ、実は超危険だったりするのよ、漫画とかでもそうでしょう?」


 それは、単に漫画の読みすぎだと思うが。

 ていうか、委員長、漫画読むんだな。

 いや、まぁ委員長だっていくら堅物でも漫画くらい読むか。


「久留宮さんがあなたの彼女になったのも、日本を支配するのにあなたを利用しようとしているだけかもしれないわよ?ていうかその方が自然に感じるわ、あなたの彼女に好きこのんでなる方が不自然よ」


 さっきから失礼だな、おい、いい加減怒ろうかな。

 久留宮のあの態度が演技だと? 俺を利用しようとしているだけ? いやいや、まさか。


「いきなりこんな話をされても困惑するかもしれないけど、一応、久留宮さんの恋人であるあなたに、彼女をもっと警戒していてほしいの。今日はそれが言いたくて私の家までわざわざ来てもらったのよ」

「そうか……でも、本当にそんな危険なのかな、サンタって」

「あいつらは本当に怖いのよ? アンチクリスマス組織が調査したところ、サンタ機関はクリスマスを4回どころか、年に12回にしようと画策している可能性が高いことがわかっているわ、このままじゃこの世界は毎月クリスマスパーティが行われる異常な世界になってしまう」

「あはははははは、まさかそんなばかなことが、さすがにないって、ははははははははははは!」


 と俺がげらげら笑っていると、


「本当のことよ! なに笑ってんのよ!」


 委員長はマジギレして、テーブルをドンっと叩いた。湯呑が倒れ、お茶がこぼれる。

 反射的に、俺は頭を下げていた。


「ご、ごめん」

「あなたは危機感が足りないわ、このままじゃこの国はサンタに乗っ取られる」


 仮に乗っ取られたとして、何か問題があるのだろうか?

 とはいえ、否定するとさっきみたいにぶちぎられそうだし、とりあえず肯定しておくか。


「わかった、信じるよ、委員長の話を」


 信じるというのは、完全に嘘というわけではない。

 委員長の話は一般的には陰謀論とばかにされている話だし、素直に受け止めづらい。

 が、確かにサンタはいるし、サンタ機関もおそらく実在する組織だ。

 実際にサンタ組織に所属しているサンタに俺は出会っているしな。

 だから、何から何まで委員長の話を鵜呑みにはしないが、まぁ半信半疑くらいのスタンスでいこうと思う。


「信じてくれて嬉しいわ、あなたのこと、ただの気持ち悪い変態だと思っていたけど、見直したわ、真実を見極められる変態だったのね!」


 とさっきまでの態度がうそのように、彼女は喜色満面になり、こちらに来て俺の手まで握ってきた。

 変態であることは変わらないのか……。


「そうだ、今度、私が所属しているアンチクリスマス組織のアジトに行ってみない?

組織のみんなの話も聞いた方がいいわ、私の話したことがより真実であることの確信が持てると思う」

「……考えておくよ」

「なんなら組織に入らない? 歓迎するわよ?」

「か、考えておくよ」


 俺は立ち上がった。


「も、もう話は終わったよね? そろそろ帰るよ」


 これ以上ここにいると、変な組織に無理矢理入らされかねない。

さっさと退散しよう。


「もう帰るの? まだ親が帰ってくる時間帯じゃないし、もう少しいてもいいのに」

「いや、そろそろ家の門限がね」


 嘘だ、門限なんてない。まぁ、この前のクリスマスの時みたいに、あまりにも帰りが遅くなるといろいろ言われたりはするが。


「ならしかたないわね」


 今日のところは勧誘を彼女はあきらめてくれたようで、ほっとした。

 玄関まで歩く俺に彼女は見送りに来てくれる。


「じゃあな、委員長、また明日、学校で」

「さようなら、組織に入ること、考えておいてね?」


 俺は玄関のドアを開けると、すぐさま閉めた。

 帰り道を歩きながら、今日の出来事を振りかえる。


 とんでもない日だったな、今日は。

 まさか、委員長の家で、あんな話を聞かされることになるとは……。

 委員長のことは嫌いじゃないけど、彼女とは今後ちょっと距離を取ろうかな……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る