第7話 先生をママと呼んでいいのは小学生まで
2限目の数学Ⅱの授業が終わり、休み時間になると、また女子たちが久留宮の元へぞろぞろと来た。
「久留宮さん、ココアトークやってる? やってたらクラスのグループにはいってよ」
女子たちの中心的存在である、バスケ部の大枝さんがそう言って、久留宮に自分のスマホの画面を見せた。
彼女は身長175センチ(俺と同じ身長だ)と女子としてはかなり長身で威圧感があるので、久留宮は少し気圧されている感じだった。
「えーと、すみません、やってません」
「え、やってないの? めずらしいね、まあいいや、ちょっとスマホ貸して、グループに入るの手伝ってあげるから」
久留宮が自分のスマホを大枝に手渡した。
スマホは持っていたのか。あとで俺も久留宮に友達申請しておかないとな。
大枝はアプリのインストールの仕方とグループチャットのはいりかたを丁寧に久留宮におしえていた。
とりあえず、久留宮がクラスで女子たちからハブられることはなさそうで安心したが、そんなことよりも、気がかりなことがあった。
「クラスのグループだと? 俺、そんなのあること、知らないぞ?」
大枝さんの方を見て言うと、彼女はあっけらかんとした顔を俺に向ける。
「だって教えてないし」
「そんな、なんで教えてくれないんだよ!?」
「だって……ねえ?」
と大枝さんは女子たちを見回す。女子たちは苦笑いで返した。
「ま、まさか、みんなそのグループ入っているのか、おれだけハブられているのか?」
俺があまりのショックにがたがたと震えていると、丸田、次いで細野がこちらの方に来て、俺の肩に手をおいた。
「安心しろ、俺も入れてもらえてない」
「僕もです」
「安心できるか!」
肩に置かれた二つの手を払いのける。
こいつらと同じ穴の狢なんて嫌だ!
「う、うぐ、ふぐう、ふぐええ、ひどいよ、みんなぁ、どうして、入れてくれないんだぁ、こんなのいじめだよぉ……先生に言いつけてやるぅ!」
俺は溢れる涙を腕でぬぐいながら教室を出る。
「小学生かあいつは……」
と大枝のあきれた声が背後から聞こえてきた。
数分後、職員室へ行った俺は花柳先生に事情を話し、彼女を連れて教室に戻ってきた。
花柳先生と俺は教壇に隣り合って立つと、先生は教室を見渡して、声高らかに言う。
「はい、皆さん、こちらに注目してくださーい」
みんなが雑談をやめて、自分の方を見たのを確認してから、花柳先生は話し始めた。
「どうやらこのクラスでいじめが起こっているようです」
「うわ、まじであいつ先生にちくったのかよ」
と大枝がげんなりとした表情になる。
「みんな、どうして志津木君をトークアプリのグループに入れてあげないの? これはいじめよ?」
「うぐ、ええ、ふえええ、うぐえぇえんん」
「ほら、志津木君、こんなに泣いているわよ? よしよし、辛かったねー」
と先生が俺の頭を撫でてくれる。
ああ、なんという母性、先生は俺のママよりママをしてくれてるよ。
「ママぁ……」
「ママじゃないです、先生です」
と先生が少しむっとした顔で訂正してくる。
「せんせせんせー、俺もハブられてますー」
「僕もグループがあること教えられてないでーす」
丸田、次に細野が手を上げながら言う。
「丸田君と細野くんもなんですか、三人もいじめられているだなんて、そんなひどいクラスだとは思いませんでした。先生は悲しいです」
辛い現実から目を背けようとしているのか、顔を両手で覆う先生。
大枝さんが挙手をして、釈明を述べる。
「でもさー、先生、そいつら教室で下品な話ばかりしてるからさー、正直グループに入れたくないんですよー」
「なるほど、たしかに三人がいかがわしい話ばかりしているという苦情は先生も何度も耳にしていますし、そういうことならしょうがないですね」
「え、ママ、俺たちを見捨てるの!?」
と縋りつこうとした俺を、先生はさっと避けた。
「だからママじゃないです、先生です。先生をママと間違えて呼ぶのが許されるのは小学生までですよ? 高校生にもなってそんなことしてたら気持ち悪いだけですからね」
「先生、意外と毒舌……」
「とりあえず、志津木くんたちは、教室で女子が不快になるような話をするのはやめるように、いいですね? グループに入れてもらうのはそれからです、はい、この話はこれで終わりです、先生は忙しいのでもう行きますね」
そう言った後、先生は早歩きで教室を出ていった。
「ふぅー、よかったよかった、花柳先生はちゃんと女子のことも考えてくれてるねー」
「いい先生だよねー」
と女子たちが安堵した表情でそのような会話をしている。
「くそ、先生も俺たちの味方をしてくれないのか……」
悔し涙を流している俺のもとに、丸田と細野が来る。
「やっぱ俺たちは三人で助け合って生きていくしかないようだなぁ」
「この世は世知辛いですね、志津木君」
その後、三人でこの悲しみを共有し、慰め合った。
●
四限目の世界史の授業が終わり、昼休みになった。
隣りでのんびりとノートを机の中に入れている久留宮に声をかける。
「久留宮、弁当は持ってきているか?」
「いえ、持ってきてないですけど」
「それじゃあ、学食へ行くぞ、急げ!」
「え、は、はあ、わかりました」
俺と久留宮は教室を出て、小走りで学生食堂へ向かった。
「よし、この席をキープだ」
食堂の奥の方のテーブル席にドカッと座る。
「俺が席取っておくから、久留宮は先に料理を注文しに行くといい」
「いいんですか、それじゃあお言葉に甘えて」
と久留宮は食堂入り口付近のカウンターへ向かった。
メニュー表の前で彼女は立ち尽くすが、どうやら何を食べるか迷っているようだ。
5分後くらいに、彼女はお盆をもってこちらに来た。
お盆の上に載っている皿を見ると、どうやら彼女はエビフリャー定食を頼んだようだ。
しかし、彼女はどこか不満そうな顔をしていた。
「志津木君、この学食、おかしいです。最初、私、うどんを食べようと思ったんです、でもこの学食、うどんがないのです、きしめんはあるのに。それで私はあきらめて今度はパスタを頼もうと思ったんです、でも、ここの学食にはあんかけパスタしかないのです、私はナポリタンかカルボナーラを食べようと思っていたのに……」
「当然だろ、ここは名古屋だからな、名古屋人ならうどんかきしめんの二択ならきしめんだし、パスタといえばあんかけパスタだからな」
「そうなんですか? いえ、でも、おかしい気が……」
「なにがおかしいんだ?」
と俺が本気で疑問に思っていそうな顔で訊くと、彼女は「はぁっ」とめんどくさそうにため息をついた。
「もういいです……それで結局私はしかたなく、エビフライ定食を頼みました」
「エビフライ定食じゃねぇ、エビフリャー定食だ、そこ重要だから二度と間違えるなよ?」
「えっ、ご、ごめんなさい、でも、そんな怒んなくてもいいじゃないですか……」
と彼女は困惑している様子だ。
ざわざわと学食がだんだん騒がしくなってきた。
周りを見ると、さっそく席をめぐって争っている奴らがいた。
「俺が先に席に座ったんだぞ」
「いや、その前に俺がその席に座っていた、ちょっと席から離れている間にお前が勝手に座ったんだ!」
中には取っ組み合いのけんかまでしている奴らもいる。
「どけ、そこは俺の席だ」
「いや、俺のだ!」
戦いはどんどんヒートアップしていき、殴り合いにまで発展する。
戦火はどんどん広がっていった。
久留宮はバトル会場と化した食堂を呆然と見つめている。
「な、なんか物騒ですねぇ」
「急いだ理由が分かっただろ? 遅れてくると、ああやって残りの席をめぐって血なまぐさい戦いをしないといけない」
「この学校って進学校だったはずですよね……?」
「どこも学食はこんなもんじゃないか? さて、俺も注文してくるから、そこで待っててくれ」
俺は味噌カツ定食を持って、席に戻ると、「また名古屋飯……」と彼女は呟いた。
「やっぱりこの食堂、メニューが偏っていますよ」
「そうか?」
「そうですよ」
と彼女は少しふくれっ面になる。
「まぁとりあえず食ってみろ、そうすればあまりのおいしさに細かいことはどうでもよくなるから」
「ほんとですかー?」
と彼女は怪訝な顔をしながらも、エビフリャーを口に運んだ。
「あ、たしかに、安い割にはおいしいです」
「だろう?」
「はい、値段の割には、ですけどね」
と小さな口を精一杯開いて、大きなエビフリャーを頬張る彼女。
俺も味噌カツ定食を食べることにした。
一切れの味噌カツを口に運ぶ。
一噛みすると、かりっとした衣の感触の後、じゅわっと肉汁が口内に溢れた。
うん、何度もこの味噌カツは食っているが、相変わらずうまい。サクサクの衣とジューシーな肉に味噌がよく合っている。
「やっぱとんかつはソースじゃなくて味噌だよなぁ、な、久留宮?」
「え、私はソースの方が」
「おいおい、名古屋人かそれでも」
「私、名古屋人じゃありませんが、サンタですが……」
と困った笑みを彼女は浮かべる。
それにしても……
ちらっと周りをうかがう。
俺が見慣れない美少女といるので、周りの注目を浴びていた。
特に男子連中から嫉妬のこもった視線を浴びている。
落ち着かないなぁ。
でも、まぁこんなかわいい女の子と一緒に飯を食えるんだし、これぐらいは仕方ないと割り切ろう。
それからも俺は久留宮とともに楽しく食事をすることができた。
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