第6話 落ち着いて話せる場所
開かれたドアから入ってきた子の顔は、見覚えがあった。
サンタ衣装じゃなくて学生服だが、間違いない、昨夜、俺の元へ来たサンタの女の子――久留宮瑠美だった。
なんでここに彼女が?
彼女が編入生なのか?
帰ったんじゃなかったのか?
疑問が次々と浮かんでくる。
俺の頭の中がそんなことになっているとは想像すらしていないであろう、彼女は能天気な笑顔で教壇に立ち、先生の隣で自己紹介を始めた。
「久留宮瑠美と言います、今日から皆さんといっしょに勉強することになるので、よろしくお願いします!」
と彼女が頭を下げると、わーっと男子連中が湧いた。
「超かわいいじゃん」
「彼氏いるのかな?」
「一目惚れしちまった……」
「おお、神よ、彼女と同じクラスになれた幸運を感謝します……」
そのような男どもの声が聞こえてくる。
女子たちはというと、そんな男子たちの態度があまり面白くなさそうだった。
久留宮が教室を見回し、俺に目を止めると、小さく手を振ってきた。
無視するのはどうかと思ったので、俺も手を振り返した。
「今、俺に手を振った?」
「いいや、俺だ!」
「違うね、あれは明らかに俺のほうを見ていたよ」
と勘違いした男子たちが浮かれた顔でそのようなことを言っている
花柳先生がパンッと手を叩いて、ざわめいている教室を静かにさせた。
「はい、みんな私語は慎んでねー、ねぇ、久留宮さん、もうちょっとなんかしゃべることない?」
「もうちょっとって言われても、何を話せばいいんでしょう?」
「そうねぇ、出身地とか入りたい部活とか好きな食べ物とか趣味とか?」
「あ、そうですね、出身地を言い忘れてました」
ごほんと咳払いしたあと、彼女はこう言った。
「天界です、私、天界にあるサンタ機関から来ました、そう、私、サンタなんです!」
彼女がえへんと自慢げに胸をそらしながら、右手の人差し指を上に向けた。
シーンと静まり返る室内。
みんな、反応に困っているようだ。
「ねぇ、今のってなに?」
「さぁ、彼女なりのギャグじゃね?」
「そうだよね、冗談、だよね?」
「今のって笑うとこ、なのかな?」
そのようなこそこそ話が、かすかに教室のどこかから聞こえてきた。
久留宮が、「あれ、私、何かおかしなこと言った?」て言いたげな顔であたふたしている。
全く、あいつは何を言ってるんだか。
前から薄々感じてはいたが、どうやら彼女は結構な天然なようだ。
まぁクラスの様子を見るに、誰も信じていなさそうだから大丈夫か?
いや、よく見ると、委員長だけがなぜか険しい顔つきをしているな。
どういう心境だ?
まさか彼女の話を信じたわけではないと思うが……。
まあ考えたところでわかりようがないか。
久留宮の隣に立っている花柳先生を見ると、彼女はぎこちない笑みを浮かべていた。
「え、えーと、あはは、久留宮さんは、なんだかおもしろい人ね、皆さん、これから久留宮さんをよろしくねー、彼女が困っていたらみんな助けてあげるのよ、久留宮さんも遠慮なく私やクラスのみんなを頼ってね?」
「はい、わかりました」
「じゃあ、久留宮さんの席は、あそこ、志津木君の隣ね?」
なぜか都合よく空いていた俺の席の隣を先生は指し示した。
偶然にしてはあまりにもできすぎだ。
これもサンタ機関とやらの仕業だったりするのか? まさかな。
彼女が俺の隣の席に座ると、ニコリと微笑んで、軽く頭を下げてきた。
周りの男子たちが、いいなーという目で俺を見てくる。
前を向け、とジェスチャーを送っておいた。
それからホームルームが終わり、授業がはじまったのだが、教室中のやつらが俺や久留宮の方を、何度かちらちらと窺ってきた。
うざったいことこの上ないな、これじゃあ授業に集中できねぇ。
まぁ一限目の現代文の授業はいつも真面目に聞いてないが。
現代文の先生が夏目漱石の心を朗読しているのを、俺はずっとぽけーと聞いていた。
隣の久留宮がそんな俺を時折ちらちらと見て、「まじめに聞かないとダメですよ」と小声で注意してくるが、俺は態度を改めない。
彼女がぷくーと頬を膨らませている姿が可愛くて眼福だった。
休み時間になると、クラス中の生徒が一斉に久留宮の席まで来た。
女子たちが次々と久留宮に話しかけている。
「ねぇねぇ、志津木君に手を振っていたけど、二人は知り合いなの?」
「あれ、志津木に手を振っていたの?」
「え、そうじゃないの?」
「はい、そうです」
「あーやっぱり、で、二人はどんな関係なの?」
「小学校一緒だったとか?」
「まさか、彼女なんてことはないよねー」
「あはは、そんなわけないじゃん、あの志津木だよ?」
「あ、はい、彼女です」
「は?」
「今、なんて言った?」
「ですから、私は、志津木君の恋人です」
「はぁーーーー!?」
クラス中の生徒が叫んだ。
ビクッと久留宮が少し体を震わせる。
「は、それほんとなの?」
「え、ええ、ほんとですけど」
「なにか弱みでも握られているの?」
「脅されてるんでしょ?」
「やめときなさい、こんな変態を彼氏にするなんて」
「そうだそうだ、そいつ、スカトロ好きなんだぞ?」
「ふたなりと男の娘も好きだぞ!」
「あと石化もな」
「おい、おまえら、さっきから俺に関するデマを流すな!」
今まで静観していたが、ここまで言いたい放題されている状況だと、さすがの俺も大人しくしていられなかった。
久留宮も鬼気迫る表情でみんなから迫られ、たじたじしていて困っているみたいだったし、彼女に訊きたいこともあったので、久留宮を助けてこの場から逃れようと思った。
「こらこら、俺の彼女を困らせるんじゃない、君たち、ほら、どいたどいた、俺たちはこれから人気のないところでいちゃいちゃするから、邪魔するな!」
「え、し、しませんよ、イチャイチャなんて、あっちょっと、志津木君!?」
困惑する彼女の手を取って、俺はずかずかと大股で歩いて教室を出た。
背後から生徒たちのブーイングが聞こえてきたが、無視無視。
廊下に出たが、結構人が多くて、落ち着いて話をできそうになかった。
「仕方ない、別の場所へ行くか」
「どこへ行くんですか?」
「ちょっと人気のないところへ行こう、君に訊きたいことがあるんだ」
「それならちょうどいいですね、私もあなたに話したいことがあるんです」
ということで、俺は彼女の手を引いて、男子トイレに向かった。
そのまま男子トイレに入ろうとすると、彼女が抵抗した。
「て、どこへ連れて行こうとしているんですか!?」
「どこって見ればわかるだろう? 男子トイレだよ」
「それはわかっていますよ! 理由を訊いているんです!」
「男子トイレの個室なら、落ち着いて話せるかなって」
「いや、落ち着けませんよ、私、女子なんですよ!?」
「しかたない、それじゃあ君に合わせて、女子トイレの個室へ行くか」
「もっとだめですよ! なにがしかたない、ですか! 変態ですか!」
「わがままだなあ」
「当然の要求をしているだけです!」
とぷんすかぷんすかと彼女は怒っている。
怒っている顔も可愛かった。
「そんなこと言われてもなあ、他に人気のないところなんてねえよ」
「いやいや、絶対ありますって。探しましょうよ、もう少し」
それからしぶしぶ俺は久留宮を連れてべつの場所を探し、数分後、屋上へ続く階段の踊り場で話をすることになった。
「で、話したいことってなんですか?」
「単刀直入に訊くが、どうしてこの学校に編入してきた、天界に帰ったんじゃなかったのか?」
「あ、それ、私も話したいと思っていたことです。実はですね、一回天界に帰ってサンタ機関にクリスマスの出来事を報告したら、まだクリスマスプレゼントを渡しきれていないと上から判断されてしまったのです」
「渡しきれていないって、どういうことだ?」
「えーと、つまりですね……私があなたの彼女になることがプレゼントでしたよね? サンタ機関の上の人たちが私たちの様子を天界から見ていたようなんですけど、私があなたの彼女として十分に振る舞えていないと判断されてしまったのです」
そこで久留宮は、はふうと一息ついた。
……ちょっと待て。今さらっと言ったけど、おれたち、サンタ機関から見られていたのか?
え、ほんとだったら、サンタ機関、超怖くね?
見てるってどういうふうに見られていたんだろう……。
気になるが、今はそれよりも優先的に知りたいことがある。
「彼女として十分に振る舞えていないことがどうして俺の学校に編入することにつながるんだよ」
「あなたの彼女としてあなたと同じ学校で学生生活を送らないと、あなたはプレゼントを物足りなく感じたままだと上は判断したんです、だからクリスマスは終わっちゃいましたけど、また私をこうしてここに送り込んで、あなたの彼女としてしばらく過ごすように言ってきたんです」
「なるほど……」
いや、なるほどじゃない、正直、意味がわからない事態だ。とはいえ、一応事情は把握した。
「それで、いつになったら、お前は天界へ帰られるんだ?」
「私があなたの彼女として十分にあなたを楽しませられたと上が判断するまでですね」
それは、いったいいつになるのだろうか……?
そのとき、チャイムがなった。
「ああ、もう教室に戻らないと。とりあえず今どうしても訊きたかったことは訊けたけど、久留宮のほうも俺に話したいことがあったんじゃなかったか?」
「いえ、私も話したいことは先ほど話せました。教室に戻りましょう。授業がはじまってしまいます」
俺たちは急いで教室に戻り、ぎりぎり次の授業を担当する先生が来る前に、席に座ることができた。
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