第5話 編入生が来るそうですよ
気づいたら、朝になっていた。
いつの間にか眠っていたようだ。
風呂に入ってさっぱりした後、制服に着替えた。今日も学校があるからな。
「おはよーす」
教室に入り、クラスのみんなに挨拶してから自席に向かうと、悪友二人が俺のもとに来た。
「おーす、志津木」
「おはよう、志津木君」
丸田と細野だ。
丸野は相変わらずそのまんまるとした体を重そうにしていて、それとは対照的に細野はいつものようにがりがりの胴体を貧弱な脚で支えていた。
二人ともなぜか暗い表情をしている。
「朝からテンション低いな、おまえら」
「だってよぉ、昨日はクリスマスだってのに、おれ、ずっと家族と過ごしていたんだぜ? 高校二年の夏のクリスマスだというのによー」
丸野が腕で目をこすりながら、涙声で語った。細野は黒縁の眼鏡をキラリと光らせて、ほくそ笑む。
「ふふふ、丸野君は寂しい夜を過ごしていたんですね、僕はかわいい彼女と過ごしていましたよ」
「なに、彼女だと!?」
「お前、彼女なんていたのか?」
俺、続いて丸野が驚いていると、細野は不敵な笑みを浮かべながらスマホの画面を見せてきた。
「ええ、昨日は彼女とずっとデートしましたよ、ふふ」
彼のスマホの画面の待ち受けには、シニアバスターズというギャルゲのキャラクターであるリンゴちゃんがいた。
「二次元じゃねぇか!」
「現実を見ろ、細野」
俺が思わず叫んでしまった後、丸野がぽんと細野の肩に手を置いた。
細野は二次嫁の画像が映し出されたスマホを抱きしめて、なおも現実逃避を継続しようとする。
「な、なにを言うんだね、君たちは……彼女は現実にいる、そして僕は彼女の恋人で、それは紛れもない事実で……」
「ついに現実と二次元の区別もなくなったか」
「末期だな……」
俺と丸野が彼を哀れんでいると、赤縁の眼鏡をかけたスレンダーな女子がこちらに来た。
「志津木君、丸田君、細野君、教室で猥談をしないでくださいとあれほど言っているじゃないですか」
そう言って眼鏡をくいっと持ち上げる、いかにも学級委員長っぽさそうな見た目の彼女は、実際にこのクラスの学級委員長である
俺たちがエロゲの話などをしていると、いつも彼女はこうやって注意してくる。
俺は反論を試みることにした。
「猥談なんてしていないぞ」
「していたじゃないですか、エロ……い、いかがわしいゲームのキャラの話を」
いかがわしいゲーム……シニアバスターズのことを言っているのか?
細野が立ち上がり、抗議の声を上げる。
「失礼な、シニアバスターズには全年齢版がある、僕がやったのは全年齢版だ、いかがわしい話など一切ない!」
これは嘘だ。細野が18禁版をやっているのを俺と丸田は知っている。
が、わざわざ親友が不利になるようなことを、俺も彼も言わなかった。
「でも、そのゲーム、18禁版もあるんですよね?」
「ええ」
「ならダメです」
「厳しすぎる!」
細野が絶叫し、頭を抱えた。
泉妻さんは勝ち誇った顔でくいくいっと高速で眼鏡を二回持ち上げる。
そんな彼女について気になることがあった。
俺は委員長に疑いの目を向ける。
「ていうか、なんで18禁版があるのを知っているんだ、やけに詳しいな、まさか興味が……」
「あるわけないでしょう! ほ、細野君が言ったんじゃないですか、全年齢版をやったって、そこから18禁版があるのだろうと推測しただけです!」
彼女は眼鏡を外して、眼鏡拭きでふきふきと眼鏡を拭きながら言った。
それを聞いて、「そっか」と納得していた丸田と細野だが、俺はごまかせない。
「いや、ちょっと待て。おかしいな……ならなぜ最初に、俺たちに対して猥談をしているだなんて委員長は言ったんだ? 加えて、君はその後、シニアバスターズについていかがわしいゲームだと言ったはずだ。おや、ということは、委員長はシニアバスターズに18禁版があることを、細野が全年齢版があることを話す前に知っていたことになるのでは……?」
「そ、そそそ、そんなわけないじゃないですか、言いがかりはやめてください!」
ふきふきふきふきふきふき! と泉妻さんは明らかに動揺した様子で、音を立てて眼鏡をふいている。
強く擦りすぎでは? 眼鏡が痛むぞ?
「ま、まったくもう、あなたたちときたら、女子からどういう目で見られているか、知っていますか?」
話題を明らかに逸らそうとする委員長。
だが、俺たちは優しいので、あえて言及しないで、温かい目を彼女に注いであげた。
「いや、知らないが」
「なら、見てください、ほら」
返答した俺に対し、委員長が指で教室の女子たちの集団の方を指し示す。
彼女たちはゴミを見るような目で俺らを見ていた。
俺がウインクしてあげると、女子たちが一斉に殺意のこもった笑顔で二回口を動かした。たぶん、「死ね」って言われた。
「うう、現実の女の子たちは怖いよぉ、やっぽ女の子は二次元に限る……」
と細野がリンゴちゃんが画面に映し出されたスマホを抱きしめながら、カタカタと震えている。
まずい、このままだと彼の二次元への依存度がさらに高くなってしまうな。
と、危惧している俺をよそに、丸田はというと発情期の豚のように興奮していた。
「なんて冷たい目なんだ、でも、これはこれで……ブヒヒ」
「やめてください、その顔と声……さらにきもがられていますよ」
と委員長が家畜を見るような目で丸田を見る。それを受けて彼がさらに鼻息を荒くすると、彼女はドン引きした顔で少し後ずさった。
丸田にはそのような顔をしても逆効果だというのは、先ほどの彼の様子でわかっていただろうに……。
俺たちから距離をどんどんとっていく委員長に、俺は誤解を解こうと声をかける。
「なんかさっきからそっちは言いたい放題言っちゃってくれてるけどさ、そもそも猥談なんて俺と丸田はしていないんだよ、突然18禁版があるゲームのキャラの話をしだしたのは細野だ」
「それな」
と俺に同意してくれる丸田。細野は相変わらずスマホを抱きしめながら発狂する。
「君たち、僕を見捨てるつもりか!?」
「それが本当だったとして、もともとはあなたたちは何の話をしていたんですか?」
と俺たちから距離を開けるのをやめて、委員長は言った。まだ少し顔がひきつってはいるが。
委員長の疑問には俺が答えた。
「昨日のクリスマス、何をしていたかって話をしていたんだ」
「委員長は昨日、何をしていたんだ?」
「家で勉強していましたけど」
丸田の質問に、彼女がさらっと答える。
俺たち三人は、彼女に優しい目を向けてあげた。
「何ですか、その顔は、気持ち悪いんでやめてください」
「そうかそうか、委員長も俺たちのように寂しい夜を過ごしていたんだなぁ」
「あなたたちと同じにしないでください、私は恋人なんて作ろうと思えば作れますが、恋愛に価値を感じないだけです」
にやにやと笑みを浮かべながら言う丸田に対し、委員長は少し早口でまくし立てた。
俺は話したいことがあったので、手を上げてアピールする。
「はいはいはーい、抗議したいことがありまーす、あのさぁ、なんかさっきからお前ら、俺もお前たちと同じく恋人のいない夜を過ごしていたことに勝手にしていないか?」
三人とも、「え、違うの?」という顔をする。
丸田が震えた声で俺に語り掛ける。
「え、おまえまさか……きききき、昨日は彼女と一緒にいたのか?」
「まあな」
「いや、ありえない、こいつに限って女といるなど!」
「ええ、そうね、ありえないわ」
と珍しく丸田に同意する委員長。
丸太が俺の両肩を左右の手でつかんで、何度もゆすってくる。
「ふざけるな、去年した桃園の誓いはどうした!? 俺たち、死ぬときも彼女を作るときも童貞を卒業するときも同じ日にしようって誓ったじゃないか!?」
「そんな気色悪いことはした覚えないな」
「この裏切者が!」
余分な脂肪をプルプルと揺らしながら丸田は憤怒した。
細野が彼を落ち着かせようと、でっぷりとしたお腹をポンポンと二回たたく。
「冷静になれ、丸田君。志津木君が僕たちより先に彼女ができるわけないだろう? どうせ相手は二次元の女の子というオチだ」
え、細野、お前がそれを俺に言うのか?
「そっか、それもそうだな」
「ですよね」
と笑顔になる丸田と委員長。
なんかこいつら、むかつくな。
キンコンカンコーンと、チャイムが鳴る。
話を終わらせて、俺たちが席に座ろうとしたとき、委員長が「あっ」と声を上げた。
気になった俺は委員長に声をかけた。
「どうした?」
「思い出したことがあって、今日、先生から編入生が来ると言われたんですよ」
「編入生? この時期に? しかも今まで全くそんな話聞いてないぞ」
「私も今朝知ったんですよ、おかしな話ですよね?」
と委員長は顎に手を当てながら首をかしげて、そのまま席に着いた。
編入生ねぇ、まぁ編入に至る事情なんてどうでもいいが、その子がかわいい女の子であればべつに何も問題はない。
「みんなー、おはよーう!」
と担任である
美人で巨乳でどこか母性を感じさせる先生で、恥ずかしながら思わず何度かママと呼びそうになったことがある。
男子生徒から彼女は絶大な人気がある。俺ももちろん先生のことは大好きだ。
先生が教壇に立つと、彼女はこう切り出した。
「突然だけど、今日からこのクラスに編入生が来まーす、入ってきていいよー」
と先生はドアに向かって声をかける。
ガララッと引き戸が開いた――
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