第4話 避妊三原則

 家に帰ってきたのは、久留宮瑠美と別れてから30分後のことだった。


「ただいまーって、うわ」


 玄関に、父、母、妹がそろい踏みだった。

 全員、仁王立ちをしていて、ゴゴゴゴゴ、という音が聞こえてきそうなほど威圧感を放っている。

 明らかに3人とも怒っている様子だ。


「な、なんだよ」

「おにいちゃん、おっそい!」


 髪の毛が逆立ちそうなほどの勢いで激昂したのは3歳下の妹である美久だ。


「今日はクリスマスだったんだよ? いや、もう昨日か……とにかく、家族で祝う予定だったのに、どうしてこんなに帰りが遅いの!」


 その隣でうんうんと頷いていた父も口を開いた。


「怜久、今何時だと思っている、もう12時半だぞ、子供は自家発電してとっくに寝ている時間だ! いったいおまえは今までなにをしていた、今日はクリスマスだし、ま、まさか変な遊びをしていたんじゃないだろうなあ!」

「変な遊びってなんだよ」

「くそ、1から10まで言わないとわからないのか、このうつけめ、女遊びだよ、女遊び、この不良息子が!」

「し、してねぇよ、そんなこと」


 少しどもってしまった。

 まぁついさっきまで女と一緒にいたのは確かだけど、べつに不健全なことなどなにもしていない。

 父がスッと目を細めて俺を見てきた。


「その様子だと……図星のようだな」

「え、まさか、お兄ちゃんが? あのお兄ちゃんだよ?」

「あのってなんだよ、俺だって、女子と遊ぶことくらいある」

「ガーン」


 とショックを受けた様子の妹。ガーンなんて口にだして言う女なんて、こいつくらいだろうな。

 母はというと、爆速で目薬をズボンのポケットから取り出して、目に数滴垂らし、わざとらしく泣きながらその場に崩れ落ちた。


「う、う、怜久が、こんな時間まで女遊びをする不良に……ぐすん、せめて、避妊だけはちゃんとしてね……」

「避妊って、母さんは完璧に誤解しているから……」

「え、まさか、あなた避妊もせずに……こ、高校生の分際で避妊もせずにやることやっちゃうなんて、相手が妊娠したらどうするの、バカ!」

「だからしてないって、母さんが心配するようなことは」

「相手を無理矢理襲って避妊もせずに孕ませるなんて……どうしてこんな子に……うう……私の育て方は完璧だったはずなのに……」

「話がどんどん変な方向に……孕ませてないし無理矢理してないしそもそも襲ってすらないから」

「あくまで容疑を否認するわけね、避妊だけに!」

「母さん、うまいこと言ったつもりか?」


 俺が大袈裟にため息をつくと、完全に説教モードにはいった父がごほんと咳払いする。


「怜久、お前も年頃の男だ、女遊びも多少は許そう、だがな、避妊三原則はちゃんと守れよ」

「なんだよ、避妊三原則って?」

「バカ野郎! 避妊三原則といったら、中に出さない、ゴムをつける、オギノ式は信じない、の3つに決まっているだろうが!」

「なんだよそれ、そんなの聞いたことねぇぞ!」

「そりゃあそうだ、俺が今作ったからな」

「お前が作者かよ、ていうか作ったの今なのかよ!」

「もう! 怜久、さっきから両親に向かって口ごたえばかりして! お母さんが説教してあげるわ、ちょっとそこに正座しなさい!」


 ビシッと指を俺に向けて突き立てる母。

 また母さんか……。

 渋々、俺はその場で正座する。


「まったく、この親不孝者め、私がどれだけ痛い思いをしてあなたを産んだかわかっているの!?」

「わかるわけねぇだろ」

「まぁ、なんて口の利き方! 鼻の穴からスイカを出すくらい痛いのよ!? あなた、鼻の穴からスイカを出せるの!?」

「だせるわけねぇだろ」

「でしょう!? だから鼻の穴からスイカを出したお母さんはすごいのよ! 超すごいのよ! だからもっと私を尊敬しなさい! そして私の言うことには文句を一切言わず、なんでも従いなさい!」

「いや、だしてないだろ、鼻の穴からスイカなんて」

「もう、そうやって揚げ足取りばかりするんだから! ネットでレスバばかりしているからそうやって重箱の隅をつついて人を常に論破しようとしてしまうのよ! もうお母さん怒ったわ、あなたのことはこれからはネット民、あるいは7チャンねらー、もしくはツブ廃と呼ぶわ。このネット民! 7チャンねらー! ツブ廃!」

 

 だめだ、疲れてきた。この両親にはいくらつっこんでもつっこみきれない。

 学校ではどっちかというと俺はボケる側なのに、家だとどうしてこうなるのか。

 俺は芸人志望だが、ツッコミ役はいやだ、ボケがいい。

 こうなったら、この場を丸く治めるにはこれしかない。

 俺は最終手段に出た。


「悪かったよ、帰るのが遅くなって、ほら、みんなが好きなスイーツたくさん買ってきたから許してくれ」


 バッグからそれらを出した瞬間、みんなの目の色が変わった。

 買ったものではなくて、単なるコンビニの廃棄をもらってきただけだけどな。

 俺が全部食うつもりだったが仕方がない。


「わぁーい、さっすがお兄ちゃんね」

「痛い思いをして産んでよかったわ、親孝行な息子をもって、お母さん、幸せです」

「俺の精子から生まれた息子が悪い子なわけがないよな、うんうん」


 こいつら、一瞬で手のひらを返しやがった。

 母、父、妹が奪い取るようにスイーツを手に取ると、三人ともルンルンとステップして奥へ消えていった。

 

 今、食べるつもりなのだろうか。夜中に食べるのは太るからやめた方が……まぁ消費期限を考えるとすぐに食べないといけないし、べつにいいか。


 俺は洗面所へ行き、手洗いとうがいをしてから二階の自室へと向かった。

 バッグを机に置くと、どっと疲れが押し寄せ、そのままベッドにダイブする。

 今日はいろいろあった。コンビニバイトに、それからあのサンタのこと。

 疲れたが、楽しかったな、

 かわいかったな、あのサンタの子……。


「久留宮瑠美、か」


 普通の女の子の名前。名前だけ聞くとサンタとは思えない。

 また、彼女に会いたい。

 もし、再び合えるとしたら、秋のクリスマスになるんだろうか?

 遠いな……たった三ヶ月なのに、遥か先に感じるよ。

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