第3話 クリスマスデート

「君が彼女になってくれるってまじかよ」

「まじです」


 と彼女は真剣な顔つきで俺を見つめて言う。しかし、その後、苦笑いを浮かべて、補足の情報を話してきた。


「彼女と言っても、24時までには帰らないといけないんで、それまでの間ですけどね」

「24時って、もうすぐじゃないか、こうしちゃおれない、とりあえず、どこか行こう」

「どこかってどこに?」

「え、えーと、あー、こうしている間にも時間が無くなる、歩きながら考えよう!」


 俺が歩き出すと、彼女も俺に半歩ぐらい遅れてついてきた。

 そうだ、せっかく彼女になってくれたんだから、恋人らしいこと少しくらいしたっていいはずだ。


「なぁ、手、つないでいいか?」

「いいですよ」


 断られたらどうしようと思ったが、彼女は快く返事してくれた。

 彼女の方から、俺の手をぎゅっと握ってくれる。


「お、おお……」


 俺は感動のあまり、声を漏らしていた。

 彼女の手は小さくて、柔らかくて、すべすべで、触っていてとても心地よかったからだ。

 思わず、にぎにぎと小刻みに彼女の手をもむように握ってしまう。


「あ、あのー」


 と彼女が困ったような顔を浮かべて俺を見た。


「なんだ?」

「その、あんまり手、にぎにぎしないでください……少し、気持ち悪いです」

「うぐっ」


 気持ち悪い、か。今のはグサッと来たぞ。

 とはいえ、俺も少し調子に乗りすぎたな。


「あ、わ、悪い」

「いえ、普通に握るのでしたら、かまわないので。それで、どこに行くかは、決まりましたか?」

「うーん」


 歩きながら、辺りを見てみたが、遊べそうなところは大体もう閉まっちゃってるんだよなぁ。

 行きたいところ、と言われても具体的にに浮かばないし……なら彼女に決めてもらうか。


「君はどこか行きたいところある? 君の行きたいところに行こうよ」

「私の行きたい所ですか? そうですね……」


 彼女はきょとんとした顔をした後、顎に手を当てて思案顔になったが、やがて一休さんがひらめいたときのように顔を輝かせて、ぽんと手を打った。


「そうだ、それなら、この公園に行きたいです」


 と、ちょうど通りがかった公園を彼女は指差す。 


「公園か、まぁべつにいいけど、公園に行って何をするんだ?」

「いろいろあるじゃないですか、鉄棒とか滑り台とかブランコとか」

「そんな、子供じゃあるまいし」

「いいじゃないですか、私、やりたいです!」

「まぁ、君がそういうなら……」


 俺と彼女は公園に入った。

 彼女はわんぱくな子供のように駆けだして、鉄棒の前まで行った。


「なつかしい、わたし、逆上がりできなかったんですよ」

「へぇ、サンタも鉄棒なんてするんだ」

「そりゃあサンタだって、鉄棒くらい……あれ?」


 と彼女は急に真顔になり、首を傾げる。


「おかしいです、わたし、鉄棒なんてしたはずないのに、でも、昔、鉄棒をしていたような気がするんです」

「したはずないのにしている気がする? 昔やったのを忘れているだけじゃないのか?」

「いえ、でも……鉄棒なんてしているはずないのに……あれ?」


 彼女は不安気な顔で、その場で立ち尽くしている。

 心配になり、声をかけた。


「おーい、大丈夫か?」

「あ、だ、大丈夫です、たぶん、気のせいでしょう、あははは」

 

 彼女は取り繕った笑みを浮かべて、明らかに無理矢理明るく振る舞っていた。


「ほんとに大丈夫か?」

「ほんとに大丈夫です、ほら、鉄棒しましょう、とりゃっ、あれ?」

 

 彼女は逆上がりしようとするが、上体が鉄棒の上までなかなか持ち上がらない。

 ぐぬぬぬ、と踏ん張っていたが、やがて、「はあっ」とため息をついて、地に足を着けてあきらめた。


「逆上がり、難しいですね、あなたはできますか?」

「ああ、できるぜ、やってやろうか?」

「ぜひぜひ、手本を見せてください」


 思えば逆上がりなんて子供の頃以来だけど、まぁできるだろ。

 「よっ」と腕を伸ばして鉄棒を掴み、体を浮かせて、くるりと一回転、すたっと着地。

 直後、ぱちぱちぱちばち、と拍手が響いた。


「すごいです、そんなにあっさりできちゃうなんて」

「まあな」


 逆上がりぐらいで大げさだとは思ったが、まぁ女の子に褒められて悪い気はしない。


「君ももう一回チャレンジしたらどうだ? 俺が手伝ってやるから」

「あなたが手伝ってくれたら、逆上がり、できるんですか?」

「ああ、できる」

「じゃあ、やります!」


 ふんす!と鼻から息を吹いて、気合十分に彼女は言った。


 ジャンプして鉄棒を掴んで、「んぐぐぐぐ」と踏ん張りながらも、彼女は体を浮かせようとする。

 俺が彼女の腰をつかんで体を持ち上げて、浮かせるのを手伝ってあげた。

 だが、そこから回転しようとしても、体がなかなか回らない。

 そこで、俺が彼女の腰をつかんだ手で前へ押して、彼女の体が回るのを手伝ってあげようとする。


 それにしても、彼女の腰は華奢で、触れるだけで、なんだかドキドキしてしまう。

 べつに下心があったわけではない。決して、あわよくば彼女の体を触ろうと思って、手伝いを申し出たわけではない。純粋に彼女に逆上がりを成功させてほしいのだ、俺は。


 ……いや、うそだ。正直に言おう、むしろ下心しかない。俺はそのために協力を申し出た。

 まぁでも彼女にとっても悪い話ではないから、別にいいじゃないかと思う。


 俺は彼女の腰を押して、棒を中心に体をくるっと回転させてあげた。


「わわっ」


 と戸惑いの声を上げる彼女だが、無事に一回転し、その後、地面に足を着けた。

 俺の手伝いがあったうえではあるが、逆上がり成功だ。


「や、やりました、逆上がり、成功しました。逆上がりって、すっごく気持ちいいですね!」


 と彼女はその場でぴょんぴょんと跳び跳ねるくらい喜んでいる。その様子を見ていると、なんだか俺まで嬉しくなってしまうね。


「そうだろうそうだろう」


「あのあの、今度は滑り台をしましょうよ、滑り台」 


 ウキウキな顔の彼女に手を引かれる。

 なんだか彼氏というより、公園に子供を連れてきたお父さんの気分だ。

 滑り台に着くと、彼女は滑り台の頂点に行き、下で待ってる俺の方へ向けて、滑ってきた。


 ……スカートの中が見えそうなのだが、彼女はそういうのを気にしないのだろうか?


「わぁー、滑るの、楽しいですー」


 と彼女は見た目よりも幼く感じる笑顔で何度も何度も滑り台を滑っている。

 まるで初めて滑り台を滑った子供のようだ。

 彼女は俺とそう変わらない年齢のように外見上は見えるけど、もしかしたら彼女は見た目よりも幼いのかもしれない。


「次はブランコに乗りたいです」


 満足するまで滑り台を滑ると、彼女はまた俺の手を引いて、今度はブランコの方へ歩き出した。


 ブランコかー、ずいぶん乗ってない気がする。最後にやったのいつだっけ? もう5年以上は乗ってないんじゃないだろうか?


 彼女は二つ並んだブランコのうち、右側のブランコの方に乗ると、早速ぶーらぶーらと揺らし始めた。

 そんな彼女の様子を、俺はその少し離れた向かい側で見ている。


 ぐぬぬ、スカートの中が見えそうで見えない。

 見えそうと思ったら、明らかに見るのが不可能な範囲までブランコが高く上がってしまう、それがすごくもどかしい。


「どうしたんですか、さっきから私の方ばかり見て?」

「え、いいいいいや、ななな、なんでもないよ?」


 まさかスカートの中を覗こうとしているなんて、言えるわけがない。


「見てるだけで楽しいですか? ほら、あなたも一緒にブランコに乗りましょうよ?」


 と彼女は隣のブランコの方に視線を向ける。


「そうだな、久しぶりに俺も乗るか」


 そして、俺もブランコに乗って、小さくゆーらゆーらと揺らし始めた。


「高校生にもなって、何やってんだろうなー、俺」

「べつにいいじゃないですか、何歳の人がブランコに乗っても。童心を忘れないことは大切だと思います、私なんて幼い頃の夢を今だに持ち続けていますよ」


 そう言って彼女は月の下で、太陽のように明るい笑顔を振りまいて、心底楽しそうにブランコをこいでいる。

 彼女はこんな子供の遊びにも全力で、そんな彼女を見ているだけで、なんだか俺も元気が出てきた。

 不思議な女の子だ。サンタの女の子は、みんなこんな感じなんだろうか。


「あれ、幼い頃……?」


 彼女は突然、考え込む顔つきになり、首を傾げる。


「おーい、大丈夫か?」

「あ、大丈夫です、なんか幼い頃があったような気がして、変なこと言っちゃいました」

「よくわかんないけど、夢は結局ないのか?」

「いえ、夢はあります、サンタになってたくさんの子供を笑顔にすることです」

「……それはもう、叶っているんじゃないのか? 君はサンタなんだし」

「あ、たしかにそうですね、さっきから変ですね、私」

 

 あははと苦笑して、誤魔化すようにブランコを大きく揺らす彼女。

 不思議な娘だ、知れば知るほど。


「でも、私、ちゃんと子供たちを笑顔にできているんですかね?」

「できていたじゃないか? 皆笑顔だったろ?」

「でも、内心はどうだかわからないし」

「子供相手に疑心暗鬼になりすぎだ。子供がうその笑顔なんてすると思うか? 俺はあの子たちが心から笑っていたと思うぞ」

「そうですね、疑うほうがどうかしてますね」


 と彼女は頭を左右に軽く振って、無垢な子供のように眩しい笑みを浮かべた。


「あなたは、夢とかないんですか?」

「あるぜ、俺はお笑い芸人かAV男優になるのが夢なんだ」

「そ、それはまた、返答に困るというか……よく女性相手に堂々とそんなこと言えますね」

「こそこそしているムッツリより、堂々としているほうがかっこいいだろ?」

「……そ、そうかもしれませんね」


 と、彼女は目を逸らして言った。

 さては内心ではそう思ってないな?

 文句を言おうと思ったが、続く彼女の言葉でそれは止められた。


「でも、素敵な夢だと思います」

「それは芸人に対してか、それともAV男優に対してか?」

「……一応、両方です」

「一応ってなんだよ、一応って」

「い、いえ、でもでも、きっとその二つの職業とも必要としている人が世の中にはたくさんいるんだと思います、じゃなかったらそんな職業ないと思いますし、だ、だから素敵な夢だと思います、二つとも」

「そうだな、今この世にある職業で、きっといらない職業なんてないんだろうな」

「はい、サンタだって多くの人が必要としてくれているんですよね、きっと……」


 彼女は微笑むと、小さくブランコをふらふらと揺らした。俺もなんとなく、それに合わせるようにブランコをリズムよく揺らした。


「時間、あともう少しですね」


 彼女は公園の時計台を見て、言う。俺も時計台を見ると、針は11時50分を指していた。


「もっと長く君と遊んでいたかったな」

「そう思ってもらえて、よかったです」

「とてもいいクリスマスプレゼントをありがとう、いい思い出になったよ」

「そう言っていただけると、私も嬉しいです」

「それにしても、この年齢になっても、クリスマスプレゼントって、サンタからもらえるんだな。俺さ、もっとちっちゃいころにしかプレゼントをもらえないと思っていたよ」

「もらえるんですけど、大人になるにつれてサンタにクリスマスプレゼントを望まなくなる人が多いんですよ、だからそう言う誤解が広がっているんだと思います」

「なるほど」


 それからは無言で、俺と彼女は時間ぎりぎりまで隣り合ってブランコを揺らしていた。



「今日は楽しかったよ」


 別れの時間が来ると、公園の真ん中で、俺は彼女に礼を言った。


「いえ、私もすごく楽しかったです、だめですよね、私があなたを楽しませないといけないのに」

「べつに、君も楽しんだっていいじゃないか、それこそおかしな話だ」

「そうなんでしょうか、ならこれからも楽しんでプレゼントを配っちゃおうかな」


 その時、そりを引いたトナカイが空に姿を表した。トナカイは徐々にスピードを落としてこちらに近づいてきて、やがて彼女の前に着地した。


「私、もう行かないといけません、それじゃあ、今日は私もいい思い出になりました」


 そりに乗って去ろうとする彼女。

 なんだろう、なんだかこのまま行かせちゃいけないような気がする。

 なにか、忘れていることがあるような気がする。


 あ、そうだ!


「名前!」

「へ?」


 トナカイととともに飛び去ろうとしていた彼女が、こちらを振り返る。


「俺は志津木! 志津木怜久! 君の名前は!?」

「私は久留宮くるみや瑠美るみって言います。また会いましょう、志津木君」


 にこっと微笑みを最後に見せて、彼女はトナカイと共に空を飛んで行ってしまった。

 俺は月に向かっていく彼女を、ただその場に突っ立って見送ることしかできなかった。

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