第28話 怒り

 周りが、一瞬で真っ暗になった。

 何も見えなくなる。

 カラン、コロン……。

 わたしの鼻先数cmのところで、矢が地に落ちた。

 どうして……。

 横から、荒い息づかいが聞こえた。

 見ると、ミライくんが手を伸ばしたポーズのまま、膝に片手をついて、ゼーゼーと呼吸していた。

「ミライくん……?」

 彼は、顔を上げる。

「ぁ……」

 小さく、声が漏れる。

 ミライくんは、怒っていた。

 彼はそう言っていないけれど、そんな気がした。

 わたしをキッと睨みつける。

 わたしには、それが狼に見え、身体がすくみあがった。

「……なんで、逃げなかったんだよ」

「な、なんで……?」

 ミライくんの言っていることがわからないで、わたしは言葉を繰り返す。

「矢が飛んできているのが、わかっていただろ。なんで、矢を避けようとしなかった」

「それ……は……」

 頭が真っ白で、言葉が浮かばない。

 話し方がわからない。

「俺が、矢の動きを止めなかったら、間違いなくお前は死んでた!」

 そう言いながら、わたしに歩み寄ってくる。

「っ……」

 現実を突きつけられて、息を呑む。

 自分の目が見開かれたのがわかった。

 ミライくんは、わたしの肩を強くつかむ。

「死が迫っても、諦めるな! 生きることへの希望を失うな!」

 ゆっくりと、ミライくんの手から力が抜けていく。

 そうして、ミライくんはうつむいてしまった。

「もう……誰かが死ぬのを、見たくないんだ……」

「……ミライくん」

 ようやく、すんなりと声が出た。

「わたし、絆の言葉を思い出してしまって、『ここで死んじゃうのかな』って……考えてしまいました。でも、ミライくんが助けてくれた。ありがとうございます」

「……」

 わたしが頭を下げると、ミライくんは笑った。

「そうか。なんだ、勘違いか……。よかった。菜乃葉が、諦めたんじゃなくて」

 そのあと、ミライくんは真剣な顔になる。

 わたしへ向いていた目を、別の方に向ける。

 わたしもつられて見ると、武装した男が立っていた。

 男は、不敵な笑みを浮かべている。

 男は、たぶん老人だ。

 口元しか見えないけれど、深いシワが刻まれている。

 白く長いヒゲも、鎧の間から覗いていた。

 男に、ミライくんが言う。

「ユウハから聞いた。あんた、菜乃葉の術を奪おうとしたらしいな。あのときは、ユウハが防いだようだが」

 わたしの、術を……?

「菜乃葉ちゃん、こっち」

 かおるちゃんが、わたしの手を引いた。

 二人で物陰に隠れる。

「わたし達は、後ろからサポートしよう」

「そうですね。邪魔にならないように」

 わたし達は、うなずきあう。

 まずは、経過を見守ることにした。

「ナノハ? ああ、あの金髪の。水姫に邪魔されなければ、氷の術は、わしの物だった」

 水姫って、誰……?

 あの時、わたしを助けてくれたのはユウトくん。

 今はユウハちゃんだけど。

 水姫なんて、名前じゃない。

「あんた、まだ“水姫”なんて呼んでいるのか」

「反抗心が強まったか、暗無」

 暗無?

 話してるのは、ミライくんなのに。

「おい炎舞、花美。お前達も、わしの仲間じゃろう」

「「昔はな」」

 シュウヤくんと、キララちゃんに突き放されて、男は、ギリ……と歯を食いしばる。

 ならば、とユウハちゃんに優しく語りかけた。

「水姫」

「……」

 ユウハちゃんは、ただ男を見つめるだけ。

「お前は、わしの娘じゃろ? な? 帰っておいで」

 どういうこと?

 ユウハちゃんは「両親を殺した」って、言っていた。

 ユウハちゃんの親は、この世にいないはず。

「話がよくわからないね……」

「はい……」

 かおるちゃんも、話に追いつけないみたいだ。

「たしかに、僕はあんたの娘だ。けれどそれは、前世での話。僕はもう、水姫じゃない」

 ユウハちゃんは、男をキッと睨んだ。

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