第9話 夢叶とななみ②

 ななみは、マンションの階段を駆けのぼる。

「ゆーめとのおーうち! レッツラゴー!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、嬉しそうにはしゃぐ。

 対して俺はというと……。

「はあぁ〜………」

 大きな大きなため息をついていた。

 どうして、こんな……。

 まさか、「ついでに忘れてくれない?」って言ったのが、ななみの頼みを聞くことに繋がるなんて、思いもしなかった。

 ななみは無条件で受けてくれると思ったが、詰めが甘かった。

「ゆーめーとー! 早く早くっ!」

 ななみは、すでに俺の家の前で俺を待っていた。

「はいはい」

 俺は鍵を取り出すと、ガチャリと開けた。

 今日は、母さんが仕事だ。

 ななみの母さんも。

 つまり、止めてくれる人はいない。

「どーぞー……」

 俺は玄関を開ける。

「おじゃまします!」

 ななみは、元気に入ってきた。

 本当に、カンガルーみたいだ。ピョンピョン飛び跳ねて、めちゃくちゃ元気で……。

「久しぶりに来たなあ、夢叶のお家」

 お前、毎日ベランダから顔だして、こっち覗き込んでるだろーが。

「わあ、綺麗っ! さすが、夢叶のママ」

 ななみは部屋をぐるりと見回して、そんなことを言う。

 掃除してるのは俺だぞ。母さんは家事下手だから。

「ねー、夢叶ー。お腹すいた」

 俺は、お前のお母さんじゃねーけど……。

 まあ、そんくらいなら……。

「お菓子あるけど、食べる?」

 俺は、クッキーをチラつかせる。

「食べるっ!!」

 食いついてきたな。

 さては、最初から食べ物狙いだったな?

「ち、ちがうもーん。夢叶の最近してること、知りに来たんだもーん」

 そんなこと言いながら、チラチラクッキーを見ている。

 わかりやすいやつ。

「そっ、それに、お腹すいたのは、しょーがないもんっ! あたし、今日お昼ごはん食べてないし……」

 ……今、とんでもないことを耳にしたんだが。

「昼ご飯、食べてないって?」

 ななみは、ムスッとしたままうなずく。

「なんか無かったのかよ? パンとか……」

 食べられるものは、いくらでもあったろ?

「あたし、料理できない!!」

 いや、知ってるけれど。

 何もそこまで怒らなくても……。

「トースターくらい使えるだろ?」

 小さい子でも使えるぞ。

 パンを入れて、焼くだけ。

 簡単だ。

「む、昔、間違って金網触っちゃって、ヤケドしたから……」

 なるほど、また手が触れてヤケドするのが怖いんだな。

「……わかった。そこで待っとけ」

「なんで?」

「俺が軽食作ってやっから」



「はい。できた」

 俺は、炊飯器に残っていた白米を、おにぎりにした。

 中身は梅だ。

 ななみは、おにぎりの具だと、梅が一番好きなのだ。

「わぁ〜! いただきまーす!」

 ななみは、おにぎりを手に取ると、はむっとかぶりついた。

「おいしー! 夢叶、これ梅? あたしが好きなの、覚えてたんだね。ありがと!」

 顔いっぱいに笑顔を浮かべるななみに、不覚にもドキッとしてしまう。

「夢叶、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 危ない。

 ななみを好きなことが、本人にバレてしまうところだった。

 俺は、ホーっと息をつきながら、ななみを見る。

 いつの間にか、好きになってたんだよなぁ……。

 いつ気づいたかは覚えていない。

 俺は自分の恋心について、よくわからない。

 本当の本当に、わかっているのは1つだけ。

『ななみが好きだ』ということだけだ。

「……あ」

 ななみに手を伸ばした。

「ご飯粒ついてる」

 ななみのほっぺについたご飯粒を取る。

「……ありがと……」

 …………………………って。

「ごめんっっっっ!!!!」

 俺は飛ぶように、ななみから離れた。

「い、今の! 忘れてくれ!」

 なんかすげー、良くないことした気がする……!

「ふふ。わかった」

 ななみは、最後のひとくちを口に入れて、もぐもぐ。

「こーんなに、おいしいおにぎり、夢叶作れたんだね」

「まあ、握るだけだし……」

 ななみ、さっきの気にしてないのかな。

 嫌だったはず……なのに。

「ありがと、夢叶!」

 あぁ、神様……ありがとうございます……。

 こんなに可愛い幼馴染がいるなんて、俺はなんて幸せなのだろうか。

 ――いけない、いけない。

 普段からこんなことを考えているようじゃ、みんなの前でも出てしまう。

 絆は鈍感だから気づかないしいいとして……菜乃葉とか鈴那は駄目だ。陰でコッソリ応援されるか、それともわかりやすく応援されるか。

 冷やかされることは絶対にないだろうけど、ほうっておかれることもないだろう。

「よーし、お腹いっぱいだし、夢叶の最近してること、教えて!」

 ななみは立ち上がると、俺に言った。

「……あっ」

 忘れてたあぁぁぁぁぁぁ!!

「えー、夢叶、忘れてたの? あたしは、忘れなかったよ!」

 そこは忘れてくれ……。

「いざ、私生活公開処刑だあっ!」

 わかったよ……。

 俺は部屋に行くと、ななみにゲームを見せる。

「これ、ネットにあるゲームだね」

「……俺が作った」

「えええええっ!? 夢叶、すごいじゃん!」

「お、おう……」

 まさか、褒められるとは。

「褒めるよ! 夢叶、本当にすごい! あたし、これやったことあるよ! すっっごい楽しかった!」

「そ、そっか」

 そんなに、気に入ってくれたのか。

 俺は、自分の顔がにやけるのを止められなかった。

 ななみに、しっかりと見られてしまう。

 ななみはいつもは見せないような、元気とはまたちがう落ち着いた雰囲気の笑顔を見せた。

「好きだよ」

「へっ?」

「夢叶のゲームが!」

 な、なんだ、そっちか……。

 俺は、心の中でガッカリする。

 けど、笑いが込み上げてきた。

「……ふっ」

 笑う俺を見て、ななみも笑い始める。

「くすくす」

 俺とななみは、二人で笑い続けたのだった。

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