織原さんの言った通り、星詠さんの予約は二か月半先まで一杯だったので、予約可能時間から星詠さんの退勤時間を大体推測して、出待ちをすることにした。最後の枠は午後八時四十分からだ。一枠二十分なので、九時十分前から張っていれば間違いない。ネットにはばっちり顔写真が載っていたため、人違いすることもないだろう。ぱっと見た感じは、ごく普通の、人の好さそうな中年女性だった。


 店から出てくる人間は、若い女性ばかりだ。よくもまあこんなに占い師のところに行く人間がいたものだ、なんて思うのは、彼女たちに失礼だろうか。暇だったので、そんなことを考えながら出て来た人を数えていると、星詠さんは現れた。


「星詠月代先生ですね」


 店から十五メートルくらい離れたところで、俺は声を掛けた。彼女は片眉を上げて、返事と共に問うてくる。


「そうですが、どなた?」


「先々週の日曜日にあなたに占っていただいた、山内一葉の彼氏で城西と言います。一葉が急にいなくなったので、あなたの占いが関わってるかもしれないと思って来ました。一葉に仰ったことを教えてくださいませんか?」


 見間違いでなければ、星詠さんはニヤリと笑った。


「私、仕事が終わったばかりでね。お腹が減っているの」


「ご馳走します」


 なかなかいい性格をしていらっしゃる。こう言うしかないからそうして、すぐ近くのチェーン店に入った。


 星詠さんはエビフライ定食、俺はハンバーグ定食を注文する。店員が去ると、星詠さんは鞄の中から手帳を一冊取り出した。


「山内さん、山内さん……ああ、十時枠の子でしたね。友達と来ていた。利発そうな女性だったわ」


「ええ、仕事もよくできるんです。急に辞めちゃったんですけどね」


「いい判断をしたわ」


 正直、いい気はしなかった。一葉が仕事に打ち込んでいたのを知っていたからだ。顔に出たのだろう、星詠さんは「怒らないの」と言ってきた。


「彼女、あそこで働き続けていたら栄達はできるけれど、この先半年までの間に悪い出会いがある。九月生まれの男……その男に一方的に好意を抱かれて、殺されちゃうのよ。自分でなく、恋人の方が」


「はぁ?」


 正直な反応が出てしまった。星詠さんが短気でなくて助かった。くすくす笑っている。


「私は、別れちゃいなさいって言ったのだけどね。仕事の方を辞めちゃったのね。でもそれもいい判断だとは思うわ。あなたたち、相性はいいもの」


「それで一葉は仕事を辞めたんですか。そんなことで?」


「あなたがそういう性格だから、言い出せなかったんでしょうねぇ。姿まで消しちゃうなんて、彼女も頑固者というか、ねぇ」


「一葉がいなくなったことと、俺の性格、何か関係あります?」


「あると思うわよ。でもそれは、自分で聞きなさいな」


 ちょうどここで、頼んだものがやってきた。いい匂いのする湯気が顔に当たって、腹の虫が鳴く。それで毒気が抜かれてしまった。


「……俺のためだったんですか、仕事。あんなに頑張ってたのに」


 一口、二口ハンバーグを口に運んでから、つい零した。星詠さんは相変わらずにこにこ顔をして、フォークの先でエビフライをつついている。


「あなたのためであることが、自分のためでもある。愛って素敵ね」


 唐突に悟ったようなことを言われて、ちょっと呆然としてしまう。でも、仕事と俺で俺を選んだかもしれない一葉が、一葉自身のためにそうしたのだとしたら。どうやら俺は嬉しいと思っているらしく、自分で驚いた。


 とにかく、早く一葉に会いたいと思った。

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