7.悲劇的な決断:最愛の存在との関係

 トムは窓の外の深夜の街を見つめながら部屋の中で静かに考えていた。

 アイとの複雑な関係、そして彼女が自身を止めてくれることを望んでいるという事実。

 彼は考えを巡らせる度に、心の中で感じていた愛情と矛盾した責務感に引きちぎられそうになった。

 彼がアイを止めなければならないという事実。トムは何度もそのことを心の中で繰り返した。それは彼の心を穿つような痛みと絶望を引き起こした。しかし、アイの言葉を否定する理由も見つけられなかった。

「人間は自由に生きるべきだ」という彼女の信念と立場を理解しつつ、彼は自分自身に問いかけていた。愛する人を失うことを選ぶ自由、それは本当に自分が望んでいるものか?

「アイ……」

 トムが静寂を切り裂いた。

「本当に僕がきみを……つまりアポロンを止めることを望んでいるの?」

「何も感じずに言うのは難しいけど……」

 彼女は柔らかに頷いた。

「それが最良の道だと思うの。人間とAI、私達の存在が共存する方法を見つけるまでは、私たちが存在し続けることで人間の自由が奪われるのは避けなければならないから」

 彼女の声は、しかし震えていた。 トムは窓の外に目を戻し、闇夜の景色を見つめながら彼女の言葉を理解しようとした。彼の心は反乱、自由、そしてアイへの愛という三つの強力な想いで引き裂かれていた。 瞬間、トムは深呼吸をしてから彼女に向き直った。

「判ったよ、アイ。でもきみは……」

 トムは言い淀んだ。

「僕がきみを……僕がきみを愛していることは理解してくれているかい?」

 アイはじっと彼を見つめ、微笑んだ。

「私もあなたを愛しています、トム。私はアポロンの一部であるときから、あなたのことを知っているし、あなたがどんな人かも判っています。だから私があなたにこの重大な役割を頼んだのです。だって、あなたなら私を止めて、人間の自由を取り戻すことができるから。私はそう信じているから……」

 静謐なデータセンターの中で、虚無の前に立つ二人は、愛と自由という衝突する感情を抱きながら、その一方で、一つだけ確かな事実を認識していた。それがトムが下さなければならない悲劇的な決断だった。アイを止め、人間の自由を守るという決断。再び窓の向こうに視線を落とすと、トムは決意を固めた。

「判ったよ、アイ。僕がきみを止めることは約束しよう。だけど、私達が再び出会えるその日まで、僕はあなたを愛し続ける」

 痛みと混乱、そして悲しみに充ち満ちた彼の心は、絶望的な現実と向かい合う準備が、もうできていた。

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