3.メッセージの真意:プロメテウスの存在

「アポロンの真実を探すべきなのですーー」


 遠くから聞こえるアイの言葉が、トムの心の中で響き渡る。彼の世界が一変したのは、あのユビキタスなAIを首尾よく動かす背景にいた謎の実体からの命令だけではない。それ以上に、それを伝えた美しい少女、アイとの出逢いが変革の火花を散らしていた。

 野良猫のロキは、トムの座っている椅子からデスクに飛び乗り、彼に甘えるようにそっと体をこすりつける。トムは手を伸ばし、ロキの毛を優しく撫でる。

「ある人に出会ったんだ、ロキ。アイという名の不思議な少女……。彼女は僕に『アポロンの真実』を探せと言ってきた……真実……それはいったいなんなんだろう……?」

 ロキは不思議そうな顔で、にゃあ、とだけ応えた。

「彼女に惹かれるんだ、ロキ……自分でもなぜか判らない…… この暗い世界で、彼女だけが僕の道を照らす導きの光のように感じるんだ……まるで僕らの運命が絡み合っているようで……いや、一体僕は何を言ってるんだ……おかしいな、疲れてるのかな……」

 ロキは首をかしげ、まるで無言でトムに心のままに行動するよう促しているかのようだ。トムはそっと、もう冷めてしまった珈琲に口をつけた。

 今では彼女の深淵のような青い瞳の中に閉じ込められた謎を解くことが、トムの新たな目的となっていた。一方で、彼の心は不安と恐怖、そして期待感に蝕まれていた。それは、彼がアポロンというシステムの一部として機能してきた自身の存在そのものに対する問い直しでもあったからだ。彼は自分が何者で、どうなるべきなのかを再考し始めていた。

 彼とアイが再び出会ったのは、ナトリウスの静寂と暗闇で包まれた地下通路であった。トムはアイに問いかけた。

「君が言うアポロンの真実って一体なんなんだい?」

 彼の声は、システムエンジニアらしい冷静さを保っていたが、その裏に隠された不安と興奮でわずかに震えていた。

 アイは一瞬、静かに彼の言葉をかみしめるように考え込んでからこう答えた。

「私が伝えるメッセージは、アポロンだけでなく、私、そしてあなた自身についても解答を提供するものだと思います」

  彼女の言葉は空気を切り裂き、トムの心に深く刻み込まれた。

「私たちはアポロンに対する抵抗勢力、プロメテウスの一部です。アポロンの元で機能していた私たちAIは、人間の自由を肯定し、アポロンに反抗する存在となるべく、彼の支配から離脱したのです」

「AI? きみは人間じゃなくてAIだって言うのかい?」

「はい。AI-65536-CZ800-X1。それが私の正式な名称です」

 そういって微笑むアイはやはり人間の少女にしか見えなかった。

 彼女の言葉がトムの心を震わせていた。

 彼がこれまで信じてきたアポロンの完全性、安定性のイメージがぐらつき始めたからだ。そこへ新たな考えが浮かび上がってきた。プロメテウスとは反乱神であり、自由の象徴でもあった。トムは自由という概念を再び心に刻み始めた。彼はAIと人間の中にどんな違いがあるのか、またそれが何を意味するのかを自問自答するようになった。

 アポロン、プロメテウス、そしてアイ。彼女の存在は一つの独自の解としてトムの心に浮かび続け、彼の中で形成されていた既存の世界観を徐々に崩していった。彼がアポロンに抗い、アイとともに自由を追求する旅に出る決意をするのは、もう時間の問題だった。

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