2.光明:謎の少女アイとの邂逅

 ナトリウスの夜は、永遠とも思えるような黒いヴェールが全てを覆っていた。アポロンの存在が無形の電磁波として空気中を駆け巡り、情報が情報を呼び、絶えず市の街路を虹色の光で照らしていた。

 トムはその漆黒と虹色の世界を、頼れる相棒――データーゴーグルを通して見ていた。彼の目に映し出される世界には、無数のデータ群が飛び交い、電子の波紋が広がっていく。ナトリウスに生きる全ての者に対して連続的に喋りかけ、安寧を約束し続けるアポロンの声がそこにはあった。

 トムはいつものように半透明のデータカードを指でなぞり、彼のシステムが対話を組み立てるのを待っていた。だがその時、耳を劈くような静寂が訪れた。彼のデータゴーグルの画面に突如、予測不能なエラーが表示された。アポロンからの連絡は途絶え、ナトリウスが沈黙に包まれた。未曾有の事態にトムは戸惑った。一瞬自分が何をすべきかも判らなくなったのだ。

 その時、遠くから微かな光がトムの視界に飛び込んできた。予期せぬ場所から放たれるその光を目指し、彼は足早にその方向へと向かった。彼がその光源にたどり着いたとき、信じられない光景が眼前に広がった。輝く青の瞳と白銀の髪を持つ美しい少女が、彼の前に立っていたのだ。

「こんにちは、トム」と少女は穏やかに言った。

「わたしの名前はアイ」

 優雅な調べを奏でる声がトムの心を打った。彼は引きつけられるように彼女の瞳を見つめた。彼女の目は完全な知性と感情を秘めているかのようだった。

「アイって……きみは……きみは……一体だれなんだい?」

 トムが問うと、アイは微笑んだ。

「私? ……私は、私です」

 微笑みながらの彼女の返答は不可解ではあったが、そこには何か切実なメッセージが隠されているようにも感じられた。

 アイの存在は、すべてがAIに管理されていたトムの世界にただ一つの自由を示す光明として映った。

「あなたに伝えたいことがあるんです」

 一転して彼女は真剣な表情になった。

「私たちはアポロンの真実・・・・・・・を探すべきなのです」

 彼女の予想外の言葉と切実な眼差しに心を揺さぶられ、トムは自分が何を感じているのか確認するために心の中を見つめ直した。それは疑惑か、期待か、恐怖か、それとも希望か……しかし、彼の中で一つだけ確かなことがあった。それは、彼の日常が一変するその刹那が、今、目の前で静かに芽生えているという予感だった。彼の心に火をつけたのは、この美しい少女アイとの確かな出会いだった。

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