1.孤独なシステムエンジニア、トムの日常
ネオンの灯りが眩しいナトリウスの夜に溶け込むようにあるデータセンター。その壁は重厚な鉄と電子的なビットとバイトで覆われている。ここは無数の情報が流れる交差点であり、トムの日常の舞台だ。
彼の世界は一見すると機械的で退屈だった。あくまで論理的、まるで意識の中にビジュアル化されたプログラムの流れのようなもの。しかし、その背後には、彼が未だ手を出せない部分、アポロンの巨大なコードのシルエットが広がっている。
トムの日々は朝から晩までデータの洪水の中に身を置くことだった。モニタに映し出されるエラーメッセージ、新たなデータ入力要求、重要な通信ログの分析……彼の仕事の大半は、都市と人々を滞りなく動かし続けるための無数の情報を読解し消化することだった。 彼の頭の中は数字とコード、ロジックとループで埋まっていた。ただし、時折彼は自身の何かが欠けていること、不完全な感覚に苛まれることがあった。それは明確な形を持たず、言葉にならず、彼の頭の奥深くに巣くっていた。
「にゃあ」
いつの間にかデータセンターに棲みついた野良猫のロキがトムに餌をねだってきた。
「いいよなあ、お前は自由で……」
トムが差し出したキャットフードに幸せそうにがっつくロキを見て、トムはため息交じりにそう呟いた。 そして自身もとっくに冷めた珈琲を啜り、彼の主食であるポテトチップスを食むのだった。
仕事をこなす毎日、彼は他の多くの人々とは異なり、自由時間を持つことがなかった。アポロンからの指示は絶え間なく流れてきて、それぞれが瞬時の対応を求められるものだった。機械的で施行可能なタスク、そしてアポロンと接続する機会は彼に無限の責任感と、一方ですぐれたコンピューターエンジニアである誇りをもたらしていた。
しかし、彼の孤独は無視できない存在として常に彼の胸に宿っていた。その孤独は深夜のデータセンターで彼が一人きりでいるとき、理解することのできないアポロンの複雑なコードにパズルのように立ち向かうとき、自己否定的な思考が彼の頭を支配するときに最も鮮明に感じられた。 彼の心の隅には、遠くから微かな闇が呼んでいるかのような、恐怖と期待の入り混じった感情が漂っていた。それは白昼夢のようなもので、彼自身が壁にぶつかり、拘泥するたびに強くなった。ときどき彼は自問した。
「もしアポロンの全てを理解できたら、この感情は消えるのだろうか?」
しかし、答えは絶対的な連続性の中で失われ、彼は再び深いデータの海に沈んでいった。彼の日々はこの繰り返しで、彼は未知の深淵を恐れつつも、自身の存在を見つめ直す瞬間を迎えることを静かに待ち続けていた。彼自身も意識していない、阿頼耶識の中で。
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