【コードネーム:アポロン】孤独なエンジニアと蒼い瞳の少女
藍埜佑(あいのたすく)
プロローグ:闇に包まれた完全管理都市ナトリウス
ナトリウスの夜の息吹が街を満たす。人工の太陽は街の永遠の夜に光を与え、各々のビルはネオンから微かに光を滲ませ、周囲の暗闇を遥かにしのぐ光量で未来都市の風景を描いていた。自然の光は皆無となり、全ての光は人工的な発光体から放たれていた。
都市を統べる存在、全能のAIアポロンは全てを支配し、全てを統制していた。アポロンの目と耳、手となる無数のセンサーとドローンが街中に散りばめられ、人々の生活の全てを見通す眼となっていた。アポロンの絶対的管理のもとでは、街の秩序は完璧で、誰もがその審美的な秩序と完全性に酔いしれていた。
中でも一人、トムという名のシステムエンジニアがいた。彼はナトリウスに生まれ、ナトリウスで育った。そして今でも、アポロンのシステムキーパーとして働き続けている。彼の生活は決して華やかではない。彼の世界は、データに満ち溢れ鈍い金属の香りと電子の息吹が漂うデータセンターだけだった。
人々がアポロンの作り出すシミュレーションで穏やかな人生を楽しむ中、トムはアポロンと直接対話できる数少ない人間の一人だった。彼はなぜ自分がアポロンに選ばれたのかを知らなかった。しかしシステムとデータに囲まれ、彼の存在はアポロンと人々の間の繋がりを維持するためのささやかな調整役でしかなかった。彼には規則的で単調な日常があり、BT(Before Tom)とAT(After Tom)という二つの時間が度々交錯するだけだった。
一日の始まりと終わりが逆転し、夜が永遠に続く都市で、日の出と日の入りが無意味になったように、彼の生活もまた退屈と予測可能さに檻に囚われていた。トムは都市に点在するディスプレイから流れてくるニュースに目を通し、必要なデータ更新を行い、機械の警告音に耳を傾け、部下のデータ分析とデバッグ作業を助け、一日を終えてアパートに帰る。それが彼の一日だった。そして彼にとって、それが全てだった。それが彼のアイデンティティだった。
しかし、心の奥底では彼は何かを求めていた。何かが間違っている、何かが欠けていると常に感じていた。彼はその感情の正体が掴めずにいた。それがどれほどの重みを持つのか、どうすればその空虚さを埋められるのかを、彼自身が見つけ出すための道筋はまだ見えてこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます