猫と焼き魚と転校生と

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猫と焼き魚と転校生と

 雪解けの季節。

 太陽の光があたりを照らし、解けかけの雪たちに反射して少し眩しい。


「はあ……はあ……」


 一人の少年が体育館裏に向かって走っている。

 その先には、左前足を怪我している一匹の猫の姿があった。軽傷ではあるものの、出血している。この季節に、この寒さでは痛みも倍増してしまう。


「ちょ、ちょっと待ってね」


 少年は保健室から持ってきた救急箱を置きながら、届くはずもない人間の言葉をかける。心なしか、その言葉を聞いた猫は安心したかのように少年を見つめていた。

 ゆっくりと患部の血をふき取り、消毒する。


「……ニャー!!」

「痛いよね……我慢してね……」


さすがに痛かったのか、今まで大人しかった猫が暴れ出した。それでも消毒しなければひどくなる一方。少年は心を鬼にして治療を続けた。


 ゆっくりと丁寧にしてたおかげか、包帯を巻き終えたころには大人しくなっていた。


「よし、これで大丈夫かな」

「ニャ」

「そうかそうか」


 大丈夫、ありがとう。そう言わんばかりの表情と柔らかい鳴き声。少年も笑顔で頷きながら、安心したかのように腰を落とす。


 そして、救急箱の横に置いてあった弁当箱を開けた。


 そう、少年は元々ここで弁当を食べるために来ていたのだ。

 友だちがいないわけではない。そして、いじめられているわけでもない。しかし、少年は入学してから弁当をここで食べている。


 いつものように手を合わせて箸をおかずに伸ばしたところで目線を感じた。


「……え」


 弁当を食べたそうに少年を見ている猫が一匹。


 どういう経緯で学校まで来たのかもわからない。しかし、お腹が空いていないのならわざわざ見てこないだろう。


 かと言って、弁当のおかずを餌にしていいのだろうか。その葛藤が少年を襲った。


 考えている間も一直線に伸びる目線。少年が目を逸らしても気になって仕方がない。


「はあ……。わかったよ、ほら」


 少年は渋々焼き魚を取り分けて、弁当箱の蓋の裏に乗せた。それを目で追いかけていた猫は、置かれたものを怪しそうに見つめている。


 もちろん毒だったり、猫にとって刺激になったりものは入っていない。それでも見ず知らずの生物に与えられれば怪しさは募るばかり。


 少年は猫の様子を見て、これじゃなかったかと別のおかずを置こうとした時、猫は焼き魚をガブリと口に含んだ。


 それからは早かった。少なめに与えたからか一瞬でなくなり、さらに催促するかのように少年を見つめる。


 そんなに美味しかったのかと嬉しさを感じつつも、与えようとはしない。


 それでも見つめてくる猫。


 これは自分のものだぞ、と少年は弁当をわきに隠してみる。


 それでも見つめてくる猫。


 そんな攻防が数分にわたり、結局少年は敗北した。


「ああ……俺のおかず……」


 少年は、そこにあったはずの焼き魚が骨だけになり落胆していた。自分で作ったわけではないが、食べるものが減るだけで少し心がやられてしまう。


 一方、猫は満足そうに毛繕いしていた。包帯に気を付けながら、前足や体を手入れしていく。


 弁当を食べながら横目で見ていた少年も、少し心配そうにしている。包帯を巻いたといっても応急処置に過ぎず、それに加えて包帯なんて使ったことがなかった。


「よし、ごちそうさま」


 気が気でないまま、完食した弁当を片付ける少年。その間に猫は少年の隣で丸くなり、寝転がっていた。寝ているわけではなく、ただ春の陽気を満喫しているようだ。


 可愛らしい猫の姿に少年は笑みをこぼす。お互いに安心しているのか、居心地の悪さを感じない。


 少年が一人で、しかも体育館裏で弁当を食べている理由がまさにこれだった。体育館裏であるが、ここは自然に囲まれている。


木々から漏れる光が身体を覆い、風が吹けば草木が揺れて心を落ち着かせる。そんな場所で過ごす時間が少年にとって好きな時間になっていた。


 少年も春の陽気を浴びるように空を見上げる。


「ニャー」


 一緒になって見上げたいのか、猫が身体を起こして少年の隣に座る。


「なんか、懐いた?」

「ニャ」

「マジか……」


 嬉しいようなそうでないような。少年は猫の返事に複雑そうな表情を浮かべている。


 一緒にいることは嫌でなさそうなのだが、弁当のおかずを取られてしまうことが気になっているのか。


「さてと、そろそろ行こうかな。もう怪我しないようにね」

「ニャニャ」


 少年が猫の頭を優しく撫でると、猫は嫌な素振りを見せず嬉しそうに鳴いた。弁当を片付け、開けっ放しにしていた救急箱を整理していく。


「あ、一応持っていくか……」


 少年は絆創膏を見つけ、自身のポケットにしまった。


「よし。じゃあ、気を付けて帰るんだよ」


 猫からの返事はない。

 少年はどこから来たかもわからない猫に別れの挨拶をし、体育館裏を後にした。



 ◇◇◇



「転校生紹介するぞー」


 昼休みが終わり、五限目が始まろうとした瞬間だった。担当教師、もとい担任から思いもよらない言葉が飛んできていた。

 もちろん教室内はざわざわしている。


 なぜこんな時期に。

 男か女か。

 かっこいいのかかわいいのか。


 興味津々なクラスメイトがいる反面、一番後ろの窓側の席で外を見ていた。興味がないわけではないのだろうが、その空気には混ざらない。


「佐伯さん、入ってきて」

「はい」


 担任が手招きをしている方向から女の子の声が聞こえてきた。もちろんクラスの男子は沸きあがる。しかし、そんなことを気に留めていない様子で少女は担任の元へ近づいていく。


「では、今日から一緒に過ごす、と言ってももうすぐクラス替えがあるんだけど。それで、本当は朝から来る予定だったんだけど、諸事情で昼からになったと。何はともあれ、みんな協力して佐伯さんを手助けしてください」


 長々と担任が話しているのをよそに、男子は少女に興味津々。その中に少年も含まれていた。


 何しろ、その少女はまるでさっき会った猫の面影があったから。少年もまさかと思っているのか、まじまじと見つめる。


「じゃあ、佐伯さん。自己紹介よろしく」

「はい。この度、転校してきた佐伯さえき双葉ふたばです」


 自己紹介が始まり、さらに加速する少年の興味。

 白みがかった金髪はさっき会った猫の毛の色と同じような。

 目元もどことなく似ているような。

 猫の容姿を思い返してみると、類似する部分が多い。


「以上です。短い期間ではありますが、よろしくお願いします」

「よし。じゃあ、鵜久森うぐもりくんの横空いてるからそこが佐伯さんの席ね」

「はい。わかりました」


 男子の目線が一気に少年へと集中する。たまたま隣が空いていただけなのに、そこまで羨ましく見られても困る。


 席に近づいてくる双葉から目線を逸らし、鵜久森奏太そうたは窓の外を見た。


「よし、それじゃ授業始めるぞ。委員長、号令」


 何事もなかったかのように授業が始まる。それまで湧いていた男子もさうがに落ち着いていた。


「よろしくね。鵜久森くん」

「……よろしく」

「それで、早速申し訳ないんだけど……。教科書見せてくれない?」

「ああ、いいよ」


 双葉は申し訳なさそうに小声で声をかけてくる。転校初日で前通っていたところと教科書が同じわけでもないのだろう。奏太は二つ返事で応えた。


「あ、それ……怪我?」

「……ちょっと慣れない道で怪我しちゃったんだよね」


 双葉が机を寄せてきた時、左手に怪我をしていることに気づいた。しばらく時間が経っていて傷口もふさがっているようだった。


「うーん。これあげる」

「絆創膏……?」

「昼休みに怪我いた猫に会ってさ。それで」

「ふふ。ありがと。でも、猫に絆創膏って貼れないよね、毛があるし」

「あ、確かに……」


「おーい。鵜久森くんと佐伯さん。授業中だからあとで話してね」


 いつのまにかクラス中の目線が二人に集中していた。担任に指摘された瞬間、笑いが巻き起こる。そして双葉が申し訳なさそうにすると、一気に場の空気が和み始めそのまま授業が再開した。


 いつもと変わらないはずの日常。

 いつも一人だった時間とは違った今日。


 この日以降、猫に会うことはなかった。

 だが、双葉が転校して以降、昼休みは体育館裏で一緒に過ごしている。


 あの猫はどこから来たのか、奏太は未だに分かっていない。

 しかし、双葉のことで分かったことがある。

 それは、奏太の弁当に入っている焼き魚が大好きだということだ。




 ――――――――――――――――――――――


 ○後書き


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