37 王の間へ
銀二はケイパーの鳥かごを明りのように構え、レオル王の位置を探った。
ケイパーは迷うことなく、「こっち」「こっちだ」と銀二たちを案内した。確実に近づいている手応えはあるが、それと同時にあたりの空気の温度が下がっていくのを感じた。
火の灯された蝋燭が照らす回廊に到達すると、風も吹いていないのに一つずつ火が消えていった。
空気の温度が下がったのもどうやら気のせいではない。
掌に吐いた息が白くなった。
「……寒気がするな」銀二は指を擦った。
それに、まずい予感もある。
ケイパーの時よりも、ずっと空気が張り詰めている。その気配を感じているアルコやヴィヴィも口数が減った。銀二は魔王をふた口ほど飲んで胸をあたためると、鳥かごの悪魔に訊いた。
「なあケイパー、悪魔ってのはなんで人の意志を乗っ取るんだ?」
「本能だよ。程度の差はあっても、僕たち悪魔は欲望に忠実だ。けど、その欲望の根っこには、人間と同質の欲がある」
「欲望の根っこ……同質の欲って?」
「僕らは人間が持つ欲望しか抱かない。夢とか目的、野望って言葉に置き換えたっていい。人が見ない夢を、僕らは見ない」
「どういうこと?」さっぱりわからん、と銀二は眉を顰めた。
「そいつら悪魔は、人間が生むってことよ。だからこいつらは自分の夢を見ない」ヴィヴィが言った。
「悪魔って、人が作るの?」アルコが目を丸くした。
「悪魔に魂を売るとか、よく言うでしょ。あれは、悪魔にでもならなきゃ成し得ない野望を果たそうとした者達が生み出した言葉で、魔術師や学者が先駆者になって生まれたの。宗教とか文献から見ても、悪魔は人間の欲望を象徴していながら、その姿や役割は抽象的に描かれることが多い。元来それは概念的なもので、生命を持たない。つまり、自然発生するものでもないし、繁殖して増えるわけでもない」
「じゃあ、ケイパーはどこから生まれたんだ?」
「身の丈に合わない野望や夢を抱き、その為に魂を売った張本人よ。どっかの誰かが悪魔に魂を売る、つまり悪魔を自分の中に生み出すの。そして、それでも野望を果たせずに死んだ者から、未練となった悪魔が産み落とされる。悪魔は、それを生み出した人間の強い残留思念そのものよ。そういう行き場をなくした悪魔が、悪魔同士の中に序列を作った。だから悪魔たちは同族であっても、仲間じゃない。他者の夢と自分の夢が溶け合うことがないように、彼等は常にライバル関係ってわけ」
「悪魔であるボクも、自分が人間から生まれたなんて知らなかった。ヴィヴィから教えてもらって、はじめて知った。でも、他の悪魔が意地悪で、序列があることは知ってたよ」
「つまりケイパーは、王様になりたかったって野望を抱いた人から生まれた悪魔、ってことか?」
「……ボクはたぶん」
鳥かごの中で、ケイパーは丸まった子供のように小さくなった。
「言わなくていいよ、ケイパー」
珍しくヴィヴィの声が優しい。
聞いちゃいけないことかな、と銀二はそれ以上踏み込もうとはしなかったが、ケイパーは言った。
「ボクは王様になりたかった子供から生まれた悪魔だ。きっと天涯孤独で、友達も出来ず、誰からも見向きもされずに生きて、誰もが認めるような称号である王様になる為に良心を捨てた。けど、野望は叶わなかった」
「良心を捨てたって、何したんだ?」
「もう覚えちゃいないし。今となっては知りたくもない」
ケイパーの宿主は、身の丈に合わない、それこそ悪魔と契約でもしなければ叶えられないような夢を見た。しかし、子供には大きすぎたその野望と、
「ケイパー、おまえ」
「同情なら無意味だぞ、ボクはその子じゃなくて、その子の夢の残りカスみたいなものだからな。それより気をつけろよ、ここの王様を乗っ取ったやつは、この世界のどこかで世界を支配する野望を抱いた大人から生まれた悪魔だ。きっと、今の時代よりずっと昔に生まれた。だから狡猾なんだ」
「じゃあなにか、時代錯誤の夢を受け継いだ悪魔が、ここの王様を使って野望を果たそうとしてるってことか?」
「そういうことになるわね」
っつぁ、と銀二は舌を打った。
悪魔退治なんてエクソシストの領分だが、それでも一度は悪魔祓いに成功した経験が銀二にはあった。
だからこそ、今回もどさくさ紛れにうまくいくんじゃないかと楽観的に構えていたのだが、今度の悪魔はケイパーなんかよりずっと手強い。それも、今の平和な時代に生まれた悪魔ではなく、もっとこの世界が混沌としていた、言うなれば戦国時代に生まれた悪魔だと考えると、同じ悪魔でも格が違う。
「思ってたより深刻だな」
「それでもあんたの仕事に変わりはない。お酒を飲ませて、悪魔本体を吐かせればいい」
うん、と銀二は頷きながら、魔王を一口飲み、深く息を吐いた。
「酒を飲ませて、吐き出された悪魔は?」
「捕まえずに浄化魔法で跡形もなく消し去る」
「それってすぐ済む?」
「まあ、魔法の方は詠唱に時間がかかるけど。最悪、聖水をぶっかければ消せるから」
「聖水ってのは? どこにあるの?」
「帽子のなかに隠してあるわよ。備えあれば憂いなしってね。まあ高価だから、なるたけ使いたくないんだけど」
「さすが、二段構えってことか」
「おい、もう着くぞ。この先だ」ケイパーが言った。
ケイパーに案内されるままに歩き、気付けば王の間へ続く扉の前に辿り着いていた。
二枚の扉には、王の象徴である獅子が対に並び、赤い宝石が埋め込まれた瞳がこちらを睨みつけてた。
ここに至るまで、誰にもその道を阻まれることはなかった。
ジャスティとアジャの陽動のお陰なのか、城に残された衛兵の数が少なかったのか、はたまた、レオルを乗っ取った悪魔にとって、自分達は取るに足らない存在だったのか。
なんにしても、すんなり行くのはここまでだろうと、扉を前にして感じる禍々しい気配から用意に察しがついた。
「二人とも準備はいいな?」
「ギンジこそ、準備はいいの?」
「……ちょっと待って、トイレ」
銀二は二人を置いて近くの石柱の影にちょろちょろと小便を引っ掛けると、チャックをぎゅっと引き上げて、「開けるぞ」と扉に手をついた。
「ギンジ、手洗った?」アルコが訊いた。
「帰ったら洗う」
言いながら、銀二は重たい扉を押し開けた。
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