36 いざ、城内へ
城門前まではジャスティの案内ですんなり到達することはできたが、問題は潜入だった。
ここまで勇ましく先導したジャスティも、待ち構えている門番の数にはその勢いを殺された。
「門番なんてせいぜい二人、多くても四人程度だと思っていたのだが――」
アルコが高い視力を駆使して指差し確認したところ、「五十六人いる」と言った。
「俺とアルコちゃんで酒でも配って来ようか? みんなをへべれけにして隙を作ろう」
銀二が提案すると、ジャスティはすぐに「やめろ」と言った。
「ダメ? 名案だと思ったんだけど」
「……陽動作戦でいく。どの道、城内へ侵入したあと、誰かが城内の衛兵をひきつける必要がある」
「誰がやるの?」
「あたしの出番だな。ギンジ、オニコロシだ」
「へい」
銀二は大きな水筒の水をオニコロシに変え、アジャに渡した。
彼女はそれをぐびぐびと煽ると、口を拭って深く息を吐いた。
首を鳴らして斧を振ると、尋常ではない風切り音と風圧がローブを揺らした。
「あたしが門番どもをブチのめして、門を破壊する。おまえ達は王のところへ行け」
「一人で囮になる気か?」ジャスティが訊いた。
「お前も来い、ジャスティ」
「わ、私もか?」
「陽動なら、お前の鎧はうってつけダ。ブランカの紋章を背負うお前があたしと乗り込めば、騒ぎになる。暫くは時間を稼げるだろ」
言われて、ジャスティは考えた。
一騎当千のキリアジャは、実戦経験においてジャスティを遥かに凌ぎ、提案も的を射ている。
ブランカの紋章が刻まれた騎士団のマントを着けた鎧は、バリントンの衛兵達にとって見過ごすわけにはいかない。となれば、暫くは釘付けに出来る。しかしそれも最初だけだ。たった二人で乗り込み、誰も殺さずに派手に暴れるほど、陽動であることが露見していく。
「私と貴様で、どれだけ時間を稼げる」
「それはあたしとあんたの働き次第だ」
「もっともだな。それでいこう」
すぐにでも動き出そうとしたジャスティはしかし、足が動かなかった。
「どうした。怖いか? 弱いものいじめばかりしていたから、戦い方を忘れたか?」
「知ったような口を」
「知ってるサ。あんたは悪魔に憑かれた王に従う為に誇りを捨てタ。それは戦いの中でしか取り戻せない。何の為に剣を握ったか思い出せ」
「……言われるまでもない」
ジャスティが表情を引き締めると、アジャは笑んだ。
ただ、今の緊張しきったジャスティが仕事をこなせるかどうかと考えると、一抹の不安が残る。
「せっかくだ、お前もサケをやれ」アジャはオニコロシを差し出した。
「飲まんぞ私は、そんなものを口にしたら剣が振れなくなる」
「……ギンジ、こいつにないのか? あたしにはオニコロシだろ? 色んな種類があるんだろ?」
振られた銀二は、そうだなあと考えた。
ジャスティは下戸で、ビールで吐いた。
しかし、下戸は酒が飲めないのではなく、すぐに酔う人のことを言うだけで、酒嫌いという意味ではない。大切なのは、好きな酒に出会えるか、自分に合った飲み方を知る機会があるかどうかだ。弱いなら弱いなりに、飲む量を控えればいい。適量であれば、酒に弱くともお酒を楽しむことは出来る。
「お
「なんだそれは」
「酒器だよ、ジョッキとかコップみたいなお酒用の器。元々酒ってのはガバガバ飲むようなものじゃないし」
「それで?」
「そうね、
「
「ああ、ホントはヒデオってにごり酒なんだけどね。ヒデオってのは俺の居た世界で暮らしてた国の言葉、発音で、意味は英雄だ。口に合うかは試すしかないけど、ジャスティにはぴったりだろ。名前がさ」
試してみるのも一興だと、銀二は腰に提げた水筒のひとつを英雄に変え、ジャスティに差し出した。
ジャスティは受け取ると、すんすんと匂いを確かめ、「一口だけだ」と躊躇いながら口をつけた。
本当に一口、うっと口が曲がった。
しかし、以前のビールよりは口に合うようで、「以外だな」と目を丸くした。
「美味い?」
「……正直、わからん。しかし、前に舐めたものよりはマシだ」
そう言ったジャスティの顔は、すぐに赤みがさし、肩に入っていた力も程よく解れた。
「貴様にも、こいつを渡しておこう。サケの返礼だ」
ジャスティは腰に提げていた短剣を銀二に差し出した。
なにこれ、と銀二は目を丸くしたが、「戦うなら武器がいる」と強く差し出され、躊躇いながらも受け取った。ワインレッドの鞘に収まる銀色の短剣の柄には、竜を模した装飾が施されていた。
おつまみを刻むナイフにしては、少し重い。
「武器なんて俺には――剣なんて使った事ないしさ」
「これはおまえ自身を守るものじゃない」
暗にジャスティは、何かあればその剣でアルコやヴィヴィを守れと言っているのだ。実際にそうなった時、剣を握ったこともない銀二が剣を振れないこともわかっている。しかし、剣を携えているかいないかでも、気持ちは変わるものだ。
「……もう酔ってるのか?」銀二は訊いた。
「ああ、おまえのせいだ。アルコ、ヴィヴィ、ギンジを頼むぞ。こいつはサケしか能がない」
「任せて」
二人が頷くと、ジャスティは腰に吊っていた兜を被り、フェイスガードを下ろし、剣を抜いて、軽やかに一歩を踏み出した。
「行くぞキリアジャ、殺すなよ」
そう言って、ジャスティとアジャが物陰から姿をさらし、一直線に門番達の前へと躍り出た。
「なんだ貴様ら! ここは立ち入り禁止だぞ!」
前に出てきた門番の一人を、アジャは問答無用で殴り倒した。
直後、ジャスティがローブを脱ぎ捨てて剣を構えると、衛兵達も一斉に武器を構え、「こいつ、ブランカの騎士だ! 捕えろ!」と応戦した。
が、その殆どを暴れるキリアジャがなぎ倒し、彼女を背後から襲おうとした衛兵を、ジャスティが甲冑の上から殴り倒した。斬り合うと言うより、殴り合いだ。
「キリアジャ! 門だ!」
ジャスティが合図すると、アジャは斧を肩に大きく担ぎ、全身の筋肉を隆起させ、戦斧を思い切り叩きつけた。そのたった一撃で、門が真っ二つに裂け、石畳の地面が砕き割られた。
二人は衛兵達の数を減らすと、その裂け目から城内へと侵入した。直後に興奮したアジャが、「かかって来い! 皆殺しだぁ!」と叫び、「殺すなと言ってるだろうが!」と止めるジャスティの声が聞こえた。
そんな二人を追いかけて、意識のあった衛兵達が門の前からいなくなった。
「もうさ、アジャ一人でこの城落とせるんじゃないの?」銀二は言った。
「殺していいって言えば、たぶんできると思うわよ」ヴィヴィが答えた。
「二人とも急ごう、早く王様におサケ飲ませに行かないと!」
「お、そうだった。さっさと王様に酒の味を知っていただかないとな」
銀二はパンツに剣を挟み、先を行ったアルコを追って城内へと忍び込んだ。
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