33 ゆるくいきましょうよ

「イヤです離して! 私はギンジ様のおそばにいるんです! 夜通しで!」

「いけません姫様! こんな所を見られてはギンジ様の命にかかわります!」侍女達が言った。

「なぜです! 彼に救われたお父様なら、ギンジ様との婚姻を快くOKしてくれるはずです!」

「姫はご乱心のようだ、すぐに部屋に連れて行ってくれ」


 ご乱心だったお姫様は銀二に引っ付いて離れなかったが、王様や王妃にこんな所を見られたらまずいと、ジャスティの指示で侍女達に連れられて部屋に戻った。


「助かったよ、ジャスティ」銀二は素直に礼を言った。

「姫も心にもないことを、貴様と結婚など冗談でも度が過ぎている」

「もし結婚したら、俺ってジャスティより偉くなるの?」


 ジャスティは銀二が王冠を乗せた姿と、自分がかしずく姿を想像し、顔を顰めた。


「おい、冗談でもそういうことは言うな。姫を守ってくれたことには感謝するが、お前の部下なぞ死んでもごめんだ!」


 まったく、とジャスティは首を振ると、王と王妃に食堂での出来事を説明した。

 二人は激高し、一度は「死刑!」と口走ったが、ユリウスがなだめ、使者一行は姫に狼藉ろうぜきを働いた罪人として、一時捕らえられることが決まった。


「私が予定通りに戻らなければ軍が動く! そうなれば貴様らは本当にお終いだ! 終了ぉですわ!」


 鎖に繋がれたアロウが叫んだように、使者が戻らなければ皇国は軍を動かす。

帰還までの猶予は一週間、それがブランカに残された時間であり、銀二たちに与えられた時間だ。

 銀二は城の中庭にある噴水の縁に腰掛け、噴水の水を瓶に掬っては酒に変え、酔いを深めた。

 傍ではヴィヴィが具合悪そうに噴水の縁に顎を乗せ、アルコとアジャは水をジョッキに掬っては、「お酒」とおかわりを繰り返した。


「かんぱーい」


 カツン、と互いにジョッキと瓶で乾杯しては、ぐいぐい煽る。


「あんたら、よくそんなガバガバ飲めるわね」ヴィヴィが言った。

「アジャは元から酒に強くて、アルコちゃんは飲んで慣れた」

「吐いてるヤツがいたけど、体に害はないの?」

「皆無って訳じゃない。飲みすぎは体に悪いし、具合が悪くなるってことはよくないってこと。体質にもよるから、なんとも言えない。ヴィヴィちゃんは飲みすぎないでね、気持ち悪いでしょ?」

「少しね――それよりあんたは?」

「俺の体に流れてるのは血じゃなくて酒だ。こいつがなかったら、俺は何も出来ないし、何も決められない。ま、ヴィヴィちゃんも興味があれば、他の酒も試してみてよ、気にいるものがあるかもしれない。さっきのお姫様みたいに、人が変わっちゃうこともあるけど、酔い方も人それぞれだ」

「……あんまり気乗りしないわね。サケ飲むと、魔法も使えなくなるみたいだし」

「そうなの?」


 ヴィヴィは億劫そうに立ち上がり、杖を振った。

 まったく手応えがないわけではないが、魔法が発動する直前に、手応えが消える。

 風一つ起こせないし、呪文も頭からぽろぽろ零れていくような感じがする。


「あのハゲが魔法を使えなかったのは、サケを飲んで、たぶん集中力を保てなかったせいね」

「はーなるほど、酒は魔法使いにとっては天敵になりうるってことか、新しい発見だ」

「あんたのその力、本当に触れた水をその『サケ』ってのに変えられるのね。魔法じゃないみたいだけど」


 聞かれて、銀二は魔王の瓶を真っ赤な月にかざした。

 こっちの世界の月は、一定の周期で月の色が変わったり、数が増えたりするらしい。


「俺もよくわかってないんだ。まだ試してないことも沢山あるけど、前は川に触れて酒にしようとして、川の一帯が酒になったことがあった」

「ギンジがこっちの世界に来た日だね」アルコが言った。

「そうそう、川が濁っちゃって、ありゃ焦ったなぁ」銀二はへらへらと笑った。

「ふうん、女神様にもらったって?」

「あれ? 俺、話したっけ」

「アルコから聞いた。あんたが異世界で死んで、神様に力をもらって、こっちで復活したってね」

「聞かせちゃった」アルコは笑った。

「まあそんな塩梅あんばいで、俺にもよくわからんのよ。とりあえず一通り、自分の作れる酒を造ってみたいとは思ってんだけど、そんな暇も場所もなかなかなくてさ」

「なら、この一件が片付いたら王様に土地をくださいって言ってみな」

「土地を?」

「国のために働くんだ。タダってことはないはずよ。必ず褒美に何が欲しいか聞かれる」


 それを聞いて銀二は胸の辺りが熱くなるのを感じた。

 そんな報酬がもらえるなんて考えもしなかったから、俄然やる気が出てきた。


「……それマジ?」

「働きに応じて相応の見返りを与える王の下には人が集まる。金でも屋敷でも召使でも、何でも欲しいものを言ってみればいいわ。言うのはタダよ、もし希望通りのものがもらえなかったとしても、国の戦争を回避させたとなれば、もうウハウハよ」

「ウハウハかあ」


 静かに酒を飲んで暮らせるならどこでもいいとは言っても、欲がないわけではない。

 暮らしが豊かになるなら、それに越したことはない。車も欲しいし、家も欲しいし、彼女も欲しいし、旅行にだって行きたいし、一生遊んで楽して生きていきたい。


「ギンジ、王様になにもらうの?」

「いやー、全然考えてなかったからあれだけど、マジでなんでももらえるなら、何もらおうか迷うわ」

「その時までに何が欲しいか考えときなさいよ。アルコやアジャも、たぶんもらえるわよ」

「えーじゃあ私弓欲しい! 大陸にしかないようなすっげぇやつ! アジャは?」

「あたしか? あたしは、そうだな……」

「お、珍しくアジャが考えてる」


 結局アジャは、欲しいものが浮かばなかったのか、オニコロシを煽って唸り続けた。

 やがて、使者を牢獄にぶち込んだジャスティが手をはたきながら戻った。


「皇国の使者を牢へぶち込んで、私たちは本格的に後へは引けなくなった訳だが、考えを聞こうか」


 ジャスティが聞くと、噴水の水に直接口をつけてごくごく飲んだヴィヴィが口を拭い、簡潔に答えた。


「王様にサケを飲ませて、悪魔を引きずり出す。後は滅するだけだけど、たぶん一筋縄じゃいかない。家臣の信頼を失わないまま、他国を次々と侵略して、交易までこなす狡猾なやつだからね」

「そんなことは百も承知だ、それよりも時間がない。国へ乗り込むにしても、急いでも一週間はかかる。そうなれば、軍が動き出す。行軍には一月はかかるかもしれないが、魔法師や飛行船があることを考慮すると、やはり時間はない」

「それなら心配要らないわ、私たちは山を越える必要はないからね」


 ヴィヴィは立ち上がり、帽子を深く被った。


「どういう意味だ」

「ゲートを作ってある」

「ゲート?」

「私は海を渡って、大陸からレスキア島を一瞬で移動できるゲートを作った。転移魔法ってやつね。ただ、大陸と島を繋いだゲートが開くには、まだまだ時間がかかる。けど、国から国への距離くらいなら、一日あれば繋がるの。それを私は作っておいたわけ」

「こうなることを見越してか?」

「まさか。ただ私は、この島へ来て最初に立ち寄った皇国に入口を作って、帰りが楽になるようにブランカに着いた時、ゲートを繋いだだけよ」

「おい、無断でなんてことをするんだお前は!」

「どうせ私しか通らないし、帰りの時は塞ぐ予定でいたんだからいいじゃない。それにそのゲートがあるお陰で、一瞬で乗り込めるのよ?」


 なんてヤツだとジャスティは顔を顰めたが、ゲートが繋がっているのはこの状況では有り難い。


「つまり、そのゲートを使えば、一瞬で皇国へ入り込めるわけだな」

「流石に王様の目の前ってわけにはいかないけど、私の使い魔がいれば気配を追える」

「人選は」

「私とギンジ、アジャにアルコと、あんたの五人でじゅうぶん。大人数で押しかけたらその場で戦争になりかねないからね」

「なら、一刻も早くレオル陛下から悪魔を祓い、戦争を回避するぞ。私は一度、陛下にこのことを伝えてくる。戻ったらすぐ出発だ、準備をしておけ」


 やる気モリモリで王の元へ向ったジャスティを見送り、銀二はそわそわした。


「あーどうしよ、ご褒美何にしようかな。こんなにワクワクするの、サンタさんを信じてた頃以来だ」

「サンタさんってだれ?」

「一年に一度、全世界の子供達に玩具をプレゼントするお爺さんだよ」

「ぎ、ギンジの世界にはそんな人がいるの?」アルコは目を丸くした。

「ちょっと待って、信じてたってことは、実在しないってこと?」


 ヴィヴィが神妙な面持ちで顎をなでた。


「え、いないの?」アルコは残念そうに肩を落とした。

「鋭い。まあ、ありゃ神様の部類だったかな? 貧しい人に金を配ってた人がモデルになってて、その後、玩具屋商売の為に世界に根付いた子供達の為の親泣かせの文化」

「面白いわねその話、親泣かせってのがいいわ」ヴィヴィは愉快そうに笑った。

「その文化こっちの世界にも根付かせようよ」アルコが言った。

「あーいいね、面白いかもしんない」銀二は軽く言って笑った。


 やがて、ジャスティが険しい顔つきで戻り、「話はつけてきた。夜が明ける前に片をつけるぞ」と真剣に言った。楽しく笑っていた銀二達は、「ああそうだ、王様助けるんだっけ」と目的を思い出した。


「おい貴様ら、ちゃんと覚悟は決めたんだろうな」

「あー、みんなと笑って、気持ちも解れたよ」

「バカ者、こんな時に気持ちを解してどうする」

「まあまあ、引き締めるとこはきっちり締めて、あとは緩くいこうよ」


 銀二は立ち上がると、ぐびぐびと酒をあおり、パシンと両手で頬を打って、気合を入れた。

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