第十酒席 姫様のご乱心

31 皇国の使者

 銀二たちが『ヘスベス』でどんちゃん騒ぎしている間に、バリントン皇国から護衛をつけた使者がやってきて、国王に降伏するように勧めてきた。王が国の衰退具合を確かめる視察を終えてすぐのことで、ジャスティは使者を王の元へ通した後、その場をヴィヴィに任せ、銀二が戻るのを待った。


「俺達が戻るってわかってたの?」

「彼女がそろそろ戻ってくるはずだと言ったんだ。それに王の傍には父もいる、心配には及ばない」

「彼女って誰?」

「ちびっ子魔法使いだ。まったく、預言者かあいつは」


 ジャスティは王の間への扉をそっと開けて、「彼女の傍へ、静かに行け」とうながした。

 まるで、上演中の劇場に途中から参加するような気分で、周りに気を遣いながら忍び足でヴィヴィの姿を探し、列に加わった。見ると、護衛を十名ほど連れた使者が、「レオル陛下も無益な争いは望んではいません。どうか降伏し、バリントン皇国の属国として力をお貸しください」と要求していた。


 既に交渉が始まっている場に参列すると、不敵な笑みを湛えたヴィヴィが声を小さくして言った。


「遅れてきたあんたの為にわかりやすく説明してあげるとね。バリントン皇国は、戦争を避けたければ奴隷になれって要求してきてる。口先だけの従属は信用できない。だから、忠誠の証としてお姫様を差し出すようにってね」

「お姫様って、クラーラ姫?」

「彼女を王子と結婚させて人質にするつもり。で、ブランカを傀儡国にしようってわけ」

「かいらい?」

「操り人形よ……あんたさ、口臭いよ?」

「ああ、アルコールだね」


 銀二はしゃっくりすると、ぼんやりとした目を擦り、使者の男を凝視した。

 意地悪そうな笑みを湛えた細身で長身のハゲたオッサンである。いかにも『悪役です』と言わんばかりの人相で、ユリウスのように白い装束を身に纏っているところを見るに、それなりに偉い人っぽいが、護衛は十人と少ない。力関係が明白と言っても、敵地に乗り込んでくるのに油断しすぎじゃないのか、と銀二は思った。


「あの男、魔法師よ」ヴィヴィは言った。

「魔法師? ってことは、魔法が使えるんだ」

「そ、いざとなったら魔法で身を守る。護衛に強化魔法でも施してね。とにかく、油断はできない」

「その、ヴィヴィちゃんより強いの?」

「魔法は単純な力比べじゃないけど、私は天才だから、あいつより凄い。ただ、この場の交渉に私の強さは関係ない。今、あいつらをここで締め上げても、国の状況はよくならない」


 とにかく今は、なりゆきを見守るしかなかった。

 が、話はそう長引くことはなかった。「残念だが――」とキルギスは口を開き、娘のクラーラを渡すことを拒否した上で、バリントンと戦う意思はないと重ねて伝え、「戦争は避けたい」と答えた。

 使者はその言葉に納得しなかった。


「何も差し出さずに、戦争を避けられると本気で思っているのですか?」

「レオル陛下が私達の協力を求めているのであれば、何をしようとしているのかを教えて欲しい。内容にもよるが、力を貸せというなら貸す。しかし、娘を渡す気も、従属する気もない。それだけは、はっきりさせておく」

「島外への領土拡大ですよ」

「……信長かよ」銀二は言って、呆れたねと眉尻を下げた。


 あらかじめヴィヴィからレオルも悪魔に憑かれたと聞かされていたキルギスも、島外侵略という目的を聞いて、「やはり悪魔が」と確信を込めて呟いた。

 レオルを乗っ取った悪魔は、レスキア島から大陸へと侵出し、その領土を拡大することを目的としているようだが、それに意味があるとは思えない。単なる暇つぶしに、手に入れた王の力を振るいたいだけのようにも思える。


 大陸への侵出はレスキア島と大陸との戦争を意味し、その戦いにレスキア島が勝利できるはずもない。となると、悪魔の目的は島内の国々をもてあそび、大陸へ侵出、ゲームオーバーになるまで戦争ごっこをして、負ければ宿主から離れるつもりなのかもしれない。

 もしそうであれば、無益な争いの上に膨大な犠牲者を出し、何も残らない惨状が広がる。


「領土拡大の暁には、ブランカを去った領民も戻り、さらなる発展も間違いないでしょう。何よりレオル陛下とキルギス陛下は昵懇じっこんの仲。悪いようにはされますまい。いずれ、このレスキア島の統治を任されるはずです」


 使者の言葉にキルギスは顔を手で覆うと、顎鬚を撫で、言った。


「我々は、そんな世迷言に力は貸せない」

「力づくで奪えと、受け取ってよろしいか?」使者は声を低くした。

「レオル陛下に、本当に戦争を望まない意思があるのなら、ここへ来るように伝えてくれ」


 キルギスの知るレオルなら、自ら足を運んでくる。

 しかし、「それはできませんな」と使者は答えた。


「言いたくはありませんが、ここは私達にとって敵地も同然。そんな場所に王を寄こすなど、できるはずもない。それと、我がバリントンに寝返ったブランカの貴族や国民も少なからずいることをお忘れなく。心苦しくも、戦争となれば剣を交えなければならなくなりますからな」


 暗に戦争になれば、真っ先に死ぬのはブランカの国民だと、使者は脅しをかけてきた。

 迷うように視線を泳がせるキルギスの手に、王妃が力を分ける様に手を重ねた。

 キルギスは静かに頷くと、毅然とした態度で、使者に言った。


「レオル陛下に伝えてくれ。必ず救って見せるとね」

「救うとは、いったい何から」

「野心という悪魔からだ」


 使者は訝しげに眉を顰めると、「いいでしょう」と顎を引いた。


「それでは、この話はお終いにしよう。それよりも、皇国の使者をただ帰しては申し訳ない、礼だけは尽くそう。ささやかだが馳走を振舞う。今日はゆっくりと休まれよ」

「もてなしていただけると」

「長旅でお疲れでしょう。どうぞ休んでから帰国なさってください」


 王妃が言うと、使者は「お心遣い感謝します」と答えた。


「それでは、供応きょうおう(おもてなし)は任せましたぞ、ギンジ殿」ユリウスが言った。

「……っ俺!?」


 後ろを向いて魔王をラッパ飲みしていた銀二は驚いてむせたが、ここで酒を使えってことか、とすぐに理解した。「でもキョウオウって?」

「おもてなし」ヴィヴィが答えた。

「ああ、なるほど、裏があるから、表なし、っつってね」


 そう言っておどけた銀二に、使者は懐疑的な目を向けた。

 見慣れない格好をした覇気も締まりもない顔の男、実に怪しい。


「彼は?」

「我が国でのカタイーノ鉱石に次ぐ、新たな特産品である『サケ』を発見した者です」

「サケ?」

「民や我々をとりこにする飲み物です。お気に召すようでしたら、レオル陛下への土産にどうぞ」


 ユリウスが言うと、使者はその目をクラーラに向けた。


「……せっかくです、姫様もご一緒にどうですかな。食事にはやはり、花がなければ」


 それは流石にまずいだろ、と銀二は眉を上げた。

 王や王妃も止めようとしたが、クラーラは立ち、「是非」と笑顔で答えた。

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