27 イヤです

 「はい」と答えてしまった以上は、簡単に「やめます」とは言えない。それでも銀二は、自分にどうしろというのだと、終始考え続けた。酒の力を使うにしても、そんなもので戦争が止まるはずがない。

 会議室へ通された銀二は、アジャやアルコと広いテーブルを囲み、持たされた空っぽの酒瓶を抱えてジャスティを睨んだ。


「……この没落貴族め、全部お前のせいだ」

「今は正気に戻った陛下の計らいで、父も権威を取り戻している。今日も陛下に付き添い、国の視察だ。さっき、陛下の傍にいただろう。それと、私のせいではない」

「ああ、あの渋いおじさん?」鋭い眼光の騎士のおじさんを、銀二は思い出した。


 厳格そうで、頼りがいがある感じだった。


「それよりも、没落して国を出た幾人かの貴族が、敵国へ寝返ってしまったのが痛い。国の騎士団は、家ごとに抱えている分、大幅に戦力が落ちた。うちで抱えていた騎士達も、殆ど残ってはいない」

「じゃあどうやって勝つんだよ」


 銀二が言うと、ジャスティは大きな地図をテーブルに広げ、四隅に重りを乗せた。


「正攻法ではまず勝てん。だから、その方法を考える」

「俺は酒呑みで、アルコちゃんは世間知らずの田舎娘で、アジャはパワー系だぞ。名案なんて思いつくかよ、こんな面子で」

「私達だけでは無理だろうな。だから、今待っているところだ」

「待ってるって……名案が浮かぶのを?」

「私だよん」


 会議室の扉から姿を見せたのは、魔法師ヴィヴィだった。

 アルコが「あ! ヴィヴィちゃんだ!」と席を立ち、アジャは、「小ざかしいガキだ」と牙を見せた。

 ヴィヴィは不敵に笑むと、悪魔を捕らえた鳥かごをテーブルに置き、席に着いて顎をあげた。


「なによジャスティ、まーだ兵隊の数なんて気にしてるの? 無駄よ無駄」

「そうは言っても、兵力は必要だろう」ジャスティが言った。

「国力は全盛期の十分の一で、これといった交渉材料もない。敵国、バリントン皇国は、ここレスキア島じゃ海に面した一番大きな国で、海外との交易で他国に比べて軍事力も一個頭が抜けてる。いまどき戦争に剣だけってのが、そもそも時代遅れなのよ」


 事実とはいえ、批判的なヴィヴィの物言いにジャスティは額に青筋を浮かべた。


「ではどうする。考えがあると言っていただろう」

「ちょっと待った。そもそも、なんで狙われてんの?」


 銀二が訊くと、知らないの? とヴィヴィは眉を上げた。


「鉱山から取れるカタイーノ鉱石ってのがあってね。加工がしやすい上に、加工品は丈夫で長持ちっていう、とっても便利な鉱石があんのよ」

「加工がしやすくて、丈夫で長持ちね」銀二はいいね、と顎を触った。

「それを採掘してブランカは発展したが、徐々に交易で締め上げられ、この様だ」


 まったく嘆かわしい、とジャスティが顔を顰めた。

 その鉱石は、このレスキア島では貴重なもので、ブランカの保有する領土の鉱山からしか採掘できない上に、生活の道具から兵器まで、何にでも流用がきいた。

 もとよりブランカは加工技術に秀でてはいたが、兵器や兵装に使うということは殆どなく、他国に交易の材料として流していたのだが、他国は率先してその鉱石で兵器を量産した。それというのも、バリントン皇国がその鉱石を海外の大陸との交易材料に用い、軍事力を強化していたからだ。


「レスキア島の海路は皇国が占有してるから、あそこが一強になるのは当然ね。そんな皇国に抵抗しようとして、他所の国も兵器の開発や兵装に随分この鉱石を使ったみたいだけど、その交易には皇国の息がかかった商会を通す必要があるから、どう足掻こうと連中の掌で踊るだけってわけ」


 結果、ブランカを除いて、他所の軍事力が高くなった。キルギスが悪魔に憑かれる以前であれば、交易をストップし、自国での兵器量産さえ間に合えば、戦争を仕掛けられることは避けられたかもしれないが、それも抑止力になったかは怪しく、今となっては生産者も兵力も不足している。


「武器を揃えられたとしても、今更できあがった軍事バランスはひっくり返らない」

「この島で最強になったのに、なんで戦争を仕掛けてくるの?」アルコが訊いた。

「向こうからすれば、交易で鉱石を集める必要もなくなった。足りない分は奪ってしまえばいいって思ったってところでしょ。ま、その皇国でさえ、海の外に行けば田舎みたいなもんよ。キリアジャも私も、海を渡って来たから、それはわかる。でも、戦力差がでかくて、しかも原始的な戦い方しか知らないこんな田舎じゃ、大量に血が流れる酷い戦争になるのは目に見えてるわけだ」

「戦争に上品も下品もアルかよ。あんなもの、どこも血生臭いモンだ」アジャはガッハッハと笑った。

「ならばどうする? 商人を味方につけて、資金を集めるか?」

「買い叩かれるだけでしょ。それに金ができても、傭兵も皇国にすべて流れてるし、傭兵は勝てる戦か、勝てそうな側にしかつかない。金を積んでも、負け戦とわかってこっちにつく傭兵は、足元を見てくるし、土壇場で金持って逃げる可能性もある。つまり、あんたが言うとおり、正攻法じゃ勝ち目はないわけ」


 ジャスティは溜息を押し殺し、会議の雰囲気はぐっと暗くなった。

 この場にいるキリアジャとヴィヴィは味方ではなく、条件付で協力しているに過ぎない。

 そう考えると、ジャスティからすれば崖っぷちの状況で、焦りを隠すことは出来なかった。


「じゃあどうすればいいのだ。お前がギンジさえいれば可能性はあると言ったから、陛下もその言葉を信じたんだぞ」

「ギンジの酒を使って、国の統率力を麻痺させる。そこに付け入る隙があるわけよ」

「隙?」

「皇国の王も、悪魔に憑かれてるのよ。こいつなんかより、ずっと狡猾な奴」

「なんだと?」


 バリントン皇国の王も悪魔に憑かれていると聞いて、ジャスティは耳を疑った。

 ヴィヴィが鳥かごを杖でガツンと叩くと、ゲル状の悪魔が目を覚まし、「なんだよぉ」と不満そうな声を出した。


「説明しな。あんた、バリントン皇国の王を乗っ取った悪魔とは知り合いなんでしょ?」

「……そうなのか?」


 悪魔は閉口したが、「そうだよ」と溜息混じり答えた。

 以前、銀二が悪魔を追い詰めた時に、人の弱さにつけこむなら、王でなくてもよかったはずだと問いかけた。それに対して、悪魔は「言えない」と答えた。その時は、あくまで悪魔のプライドが邪魔をしているのだと思っていたが、実の所は、自分より強い悪魔を売ったとなれば、自分の身が危ういと危惧して口を割らなかったのだ。もちろん、銀二が指摘した「寂しさ」は少なからず抱えていたが、それ以上に恐怖が勝っていた。


「ボクは、皇国の王様を乗っ取ったヤツの真似をしたんだ」

「では、なぜお前はそいつのがわにいない。そっちの方が、美味しい思いもできただろう」

「別に仲間じゃないよ。どうせ傍にいたって、ボクのことをいじめるし、なら、自分で国を乗っ取ろうと思ったんだ。それに、あいつはボクより強いし、もしもお前たちに寝返ったなんてばれた日には、絶対に消されると思った」


 だから黙っていた。


「なら、なぜ今頃になって口を割った」

「悪魔同志だからって、別に仲間って訳じゃない。人間だってそうだろ? ボクは、ヴィヴィが守ってくれるって言うから口を割ったんだ。それにこの鳥かご、悪魔には触れないんだ」


 鳥かごは、魔族の類には触れられない特別なものだった。

 その中にいれば、自由はないが、危険もない。

 身の安全が確保され、ヴィヴィに懐柔され、悪魔は口を割った。

 ジャスティは頭を整理するように目頭を揉むと、小さく息を吐いた。


「なるほど、合点がいった」

「合点?」銀二は眉を上げた。

「元々、バリントン皇国の現国王、レオル陛下は、キルギス陛下と昵懇じっこんの仲だった。これで、突然関係が歪になった理由に納得はいく。しかし、そうなるとレオル陛下も傷つけるわけにはいかないぞ。国民も、王が悪魔に操られているとは思うまい。より慎重にならねば、悪魔だけが笑うことになる。キルギス陛下に、そのことは伝えたのか?」

「まだ言ってないわ。こいつの口を割らせたのも昨日のことだし、王様も正気に戻ったのは最近でしょ。ま、解決策が纏まったら話そうとは思ってるけど」

「その解決策に、ギンジを使おうということだな?」

「そーゆーこと」

「お前の悪魔祓いの儀式ではダメなのか?」

「悪魔祓いをする為には、王を捕まえて、拘束する必要があるのよ。儀式には時間もかかるしね。なら、サケのほうが手っ取り早い。飲ませれば強制的に憑依を解けるんだから」


 銀二は状況をざっくり理解した。

 結局は、王の悪魔を抜くために『酒』が必要ということだ。

 しかし、そこまでわかっているなら話ははやい。


「……酒ならやるからさ、そっちでやってよ」銀二は言った。

「バカね、途中で零したりしちゃったらどうやってサケを補充するのよ。心配しなくても私やアジャが守ってあげるし」


 ヴィヴィは言ったが、銀二は首を大きく振って拒絶した。

 敵国のど真ん中に乗り込むなんて、考えただけでもぞっとする。


「俺は行かない! 守ってくれるっていうけど見ろよ、この足! この前受けた名誉の負傷だ! 村のみんなが傷薬作ってくれたからだいぶ傷は塞がったけど、今も痛いんだぞ!」


 銀二はテーブルに足を乗せ、傷口を見せた。ヴィヴィは溜息を吐くと、呪文も唱えずに杖を振った。

 すると、杖から放たれた白い光の粉が銀二の足を覆い、あっという間に傷口を塞いだ。


「これでわかった? 大丈夫よ、死ななけりゃ、たいていの傷は私が治してあげられるから」

「とにかくイヤだ! 傷を治してくれたことは礼を言うけど、そういうことじゃないんだって!」

「じゃあどうすりゃいいのよ」

「とにかく、今はあれだ。酒! 酒が飲みたい!」


 銀二は空っぽの酒瓶をテーブルに叩きつけた。


「おおそうだ! ギンジ、サケを作れ!」つまらなそうにしていたアジャも元気になった。

「ねえギンジ、それより私、お腹すいたよ」アルコが言った。

「よぉし、町に下りて飯にしよう。水があればお酒も飲めるしな」


 銀二が立つと、アルコとアジャも席を立った。


「おい貴様ら! まだ会議は終わってないぞ!」

「終わったよ! 酒は作ってやるけど俺は行かない! 以上!」

「以上って、お前、話聞いてたのか!」

「とにかく俺はむかちぃてんの! 人のこと道具みたいに利用しようとしやがって、こんな調子じゃ、命がいくつあっても足りやしない! こっちにだってね、事情ってもんがあんだよ。作戦会議ならそっちで勝手にやってくれ、俺は俺で勝手にする!」


 とにかく行くぞ、と銀二はぷんすか怒って会議室を後にした。

 アルコとアジャは、特に会議の内容が頭に入ってこなかったし、お酒が飲みたいし、お腹が減ったので、たいしたもてなしのない会議からはさっさとおさらばしたかった。

 結果、会議室にはジャスティとヴィヴィ、小さな悪魔が残された。


「行っちゃったじゃん」悪魔が言った。

「悪いけど、私たちも行くわ。二人と一匹じゃ話にならないし、話すことも特にないし」

「おいヴィヴィ、貴様は何が目的なんだ? 話し合いでギンジを納得させるんじゃなかったのか?」

「私はあの男の力に興味があるの。それに、私はあいつを納得させるなんて一言も言ってない。私はただ連れて来いって言っただけ」

「逃げられては意味がないだろ」

「この国に来ることに意味がある。私の読みが外れてなければ、あいつは自分の意思で戻ってくるわよ」

「どうだかな。それに私は、あんな得体の知れない男の力なんて、本当は借りたくもないんだ」

「だったら黙って待ってなさいよ。どうせ説得なんてできやしないんだから」


 ヴィヴィは言うと、鳥かごを持って出て行ってしまった。

 ぽつんと一人残されたジャスティは、くそ、と舌を打ち、椅子にどかっと腰を下ろした。

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