26 お姫様の色香に惑わされて

「陛下、サカクラギンジを連れてまいりました」


 王の間にて、銀二とアルコはアジャにぽいっと放られて尻もちをついた。


「おい、もうちょっと優しくしてくれよ」銀二は尻を擦った。

「王の御前だ、失礼のないようにしろ」


 ジャスティに言われたが、どう振舞えばいいんだと銀二は唇を尖らせた。

 自分のいた世界には王様なんていなかったし、会った時の礼儀作法なんて知るはずもない。

 王の玉座にはキルギスと、美しい王妃様、その隣には可愛らしいお姫様が一人、笑顔を湛えて座っていた。その脇には賢者であるユリウスと厳格そうな騎士の男がいて、自分達の両脇には、この国に残った兵士達が並んで立っていた。

 銀二とアルコの傍には、ジャスティとキリアジャが控えた。


「よく来てくれた、サカクラギンジ。この前は世話になった。礼を言う」


 そう言ったキルギスに合わせ、王妃も、姫様も、ユリウスも、騎士も、小さく会釈した。

 銀二は「どうも」と答え、どうしたらいいんだ、と頭を掻いた。


「……ジャスティ、そちらの娘さんは?」


 キルギスが聞くと、アルコが手をぴんと挙げて答えた。


「私はアルコ! コルトン村の狩人だよ。よろしく王様!」

「貴様、言葉に気をつけろとあれほど」ジャスティが目を吊り上げた。

「無理だろ、アルコちゃんは村の出身だぞ。あと俺にも期待するなよ、無礼にしか振舞えない」


 銀二がフォローすると、ジャスティは文句を飲み込み、嘆息した。

 キルギスは無礼な挨拶をするアルコにも表情を柔らかくして、声をかけた。


「私が不甲斐ないばかりに、コルトン村の者達には、ずいぶん迷惑をかけただろう」

「はい! もう超苦労しましたよ! でもその苦労の大半はこいつのせいです!」


 アルコが指差すと、ジャスティは顔を顰めた。

 キルギスは困り顔で笑うと、「すまなかった。彼も、悪魔に憑かれた私に従ううちに、希望を失ってしまったのだ」とジャスティを助け、「いずれ村には、恩を返しに行く」と顎を引いた。

「期待してます!」アルコは言った。


 キルギスが頷いて立ち上がると、王妃と、お姫様も立ち上がった。


「まず紹介しよう。私の妻、王妃のゲロマミレーノ・シンシアと、娘のゲロマミレーノ・クラーラだ」

「クララ!?」銀二は目を丸くした。

「なんだね?」

「ああいえ、前の世界にそんな名前の子がいたなって、足が悪い子なんですけど」

「そうか、良くなるといいな」キルギスは言った。

「クラーラです、どうぞよろしくお願いいたします。ギンジ様」クラーラは天使のように微笑んだ。

「夫を救ってくださった。あなたはまさしく英雄ですわ、これからもわたくし達に力をお貸しください」


 王妃様にもそう言われると、銀二は鼻の下を伸ばした。

 可愛いお姫様と美しい王妃様に褒められるという初体験は、純粋にいいなと思えた。

 銀二様、という響きも悪くない。


「……いいな」

「ん!」アルコは銀二の足を蹴った。

「いって! なんで蹴るの?」

「なんか英雄扱いされて調子乗ってるでしょ、ちょっとムカチン」


 そんな二人の様子に微笑んだキルギスは、表情を引き締め、話を進めた。


「あれから三日、急かすように呼び戻して申し訳ないが、私達には時間がない。単刀直入に言おう、君の力を国の復興のため、貸してもらいたい」

「……そりゃジャスティからも聞いてますけど、力貸せって、どういうふうに?」

「文字通り、君の力を借りたいのだ」

「いや俺、国の復興とか、そういうのはまったくわからないんで、力にはなれないと思いますけど」


 銀二が弱弱しく、遠まわしに無理ですと伝えると、クラーラが白いドレスの裾を持ち上げて駆け寄ってきた。ふわりと花の香りがする。銀二の目は、ドレスが作る慎ましい胸の谷間に釘付けになり、彼女の小さく柔らかい掌に両手を優しく包まれ、思わず涎が垂れた。

 クラーラは目を一度伏せると、その潤んだ瞳で銀二を見つめ、体を寄せてきた。


「一目見た時から、あなたはとても勇敢で慈悲深い方だと私にはわかりました。どうか自信をお持ちになってください。お父様を悪魔から救ってくださったギンジ様なら、きっとできます! どうか、あなたのこのあたたかい手で、もう一度国を救ってください! 力になれないとか、そんな弱気なことをおっしゃらずに、引き受けてくださいますね?」


 ね? と目を覗き込んでくるクラーラから、銀二は目を逸らした。


「え、いやぁ――」

「「はい」と言ってくださいまし」


 クラーラの碧眼に見つめられ、銀二は硬直し、「はい」と答えた。

 直後、「ああよかった! ですって! お父様、お母様!」とクラーラは手を離した。

 キルギスとシンシアは頷くと、玉座から腰を上げた。


「では、後のことはお任せするとして、私たちは国の視察に参ります。ジャスティ、頼みましたよ」


 してやられた! と銀二は走り去っていくクラーラの後姿に拳を固く握り締めた。


「ギンジのお猿さん」アルコは呆れたね、と銀二に目を向けた。

「無理だよぉ、あんなふうに言われたら断れないだろ。彼女美人だし」


 悲しき男の習性に、銀二は顔を伏せて悔しがった。

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