25 連れ去られるアルコと銀二

 三日三晩のどんちゃん騒ぎを終えた朝、銀二は久しぶりの頭痛に、ぐぎゅっと眉間に皺を寄せた。

 目を覚ますと、両脇には腹に顔を書いた半裸のおっさんが二人倒れていて、あちこちに吐しゃ物が池を作っていた。


「あったまいてぇ、流石に三日三晩飲みっぱはきついな」


 きついで済んだのは銀二だけであり、村は二度目の壊滅状態を迎えていた。

 生き残ったのは酒を飲まなかった子供達と、酒を控えていた老婆やお母様方だ。所構わず寝転がっていびきをかく男達を仕方のない目で眺めながら、女房衆達は乱れた生活を少しずつ戻していく為、それぞれが通常のルーティーンに取り掛かっていた。


「あ、片付け? 手伝いますよ」


 酒の抜け切っていない銀二は、外に運ばれたテーブルを片づける奥様方に声をかけた。しかし、奥様たちは呆れ気味に笑って、「いいから、ギンジは顔でも洗ってきな。酷い顔だから」と手を振った。

 銀二は村の傍に流れる川を覗きこむと、川面に写る自分の顔に口を曲げ、「たしかに酷い顔だ」と頬を擦り、顔を洗った。しゃきっとすることはなく、全体的に体がだるく、脳みそが全然働かない。酒に強くとも、やりすぎれば頭痛もするし、吐くことだってあるのだ。


「ねえギンジ、村の外で偉そうな騎士が呼んでるよ?」


 銀二の肩を叩いて少女が言った。この少女、最初に出会った村人の子だ。

 ワグマヌを仕留めたアルコを疑っていた、名前は確か、「ミッコちゃん」と銀二は指を立てた。


「うん、ミッコだよ。それよりわたしの話、ちゃんと聞いてる?」

「偉そうな騎士でしょ? それより、ちょっとコップ持ってきてくれる? 水を飲みたくてね」

「水なら、そこの川の水飲めばいいじゃん」

「うん。そうなんだけど、お願い」


 銀二が手を合わせてお願いすると、ミッコはその辺に転がっていたジョッキを持ってきた。

 銀二は「ありがとね」と礼を言うと、川の水でジョッキをゆすぎ、水を掬って指をちょんとつけた。


「あ! 間違えて酒にしちまった」

「わざとらしぃ」

「もったいないから飲んじゃおうね」銀二はジョッキを傾け、起き抜けに日本酒をキメた。


 おっぷおっぷと吸い込むように酒を飲む銀二の姿を見て、ミッコは不安になった。

 村の大人、特に男達がバンバン倒れているのを見るに、酒が単にいいものでないことは子供のミッコにも理解できた。というか、飲まない人にとって、人をダメにする酒は害悪以外のなにものでもない。


「ギンジ、いくらなんでも飲みすぎだと思うよ? それ、ぜったい病気だよ」

「っぷぅ――あのね、お兄さんは既にアルコール中毒っていう病気なの」

「よくわからないけど、病気なら控えないとダメだよ」

「そうなんだけどね、飲まないと体調悪くなるんだよ」

「……どう言えばいいのか、わからなくなっちゃった」ミッコは困った。

「俺も、どうすればいいのかわからなくなっちゃった」


 銀二は言いながら、日本酒を飲み干し、次はちゃんと水を飲んだ。


「水美味しい?」ミッコが聞いた。

「そりゃ美味いよ、水は酒と同じくらい大切なんだ。いい水なくして、いい酒はないってくらいだ」

「そうなんだ」

「ようだよ、ミッコちゃんも大人になったら、俺が美味しいお酒を作ってあげるからね」

「うーん、考えとく」


 銀二が暢気にミッコとおしゃべりしていると、忘れられていた偉そうな騎士がガチャガチャと甲冑を鳴らしながら姿を見せた。実に不機嫌そうに、不服そうに見下ろしてきたのは、ジャスティだった。


「おいギンジ、いつまで待たせるつもりだ貴様!」カッとジャスティは目を見開いた。

「……どちら様ですか?」


 思い出したくもないと、銀二は川で掬った水を酒に変えて喉を潤し、酔いを深めた。

 その態度に、ジャスティは頬を微かに動かした。


「私も、お前の顔を見ると酷い記憶を思い出すので会いたくなかったんだがな。これでも、この村の者に嫌われている自覚もある、だから配慮して外で待っていたのだ。だというのに、一向にお前が姿を見せないから、こうしてわざわざ迎えに来た。さっき村の子に小遣いまで渡したというのに、お使いも満足にこなさんし、周りを見てみれば、男どもは全員道端で眠っているときた。また貴様の仕業か?」


 ちゃっかり小遣いをもらったミッコはというと、「小遣いを返せ」と言われる前に姿を消していた。


「ちょっと皆ではしゃいでただけだよ、俺は何もしちゃいない。それに、そんなに言うなら、来なけりゃよかっただろ。お前どんなメンタルしてんの? 嫌われてるってわかってる所に来るとか素面じゃ絶対無理だろ。神経無いの?」

「誰も好き好んで来ている訳じゃない。お前に用があるのは国王陛下だ」

「……なんで?」

「平たく言えば、国の復興を手伝ってほしいということだ。早くしろ、王妃様や姫様も待っている」


 銀二は傍の木陰に移動すると、どっと腰を下ろして涼みながら、「イヤだね」と拒否した。


「国の復興を手伝うって? そりゃ俺は国を救った英雄かもしれないけど? 残念ながらただの酔っ払いだ。足に開いた穴も塞がってないし、ここ数日飲みっぱなしで疲れてる。今日は休肝日にしなきゃ」

「なんだ、そのキュウカンビ、というのは?」

「酒を飲まない日」

「お前が今飲んでいるのはなんなんだ?」

「お酒だよ?」

「お前は、私をバカにしているのか」

「ウォッカは水なの。ほら、わかったら帰りなって、王様には、俺は役に立たないって伝えてよ」


 英雄扱いされて浮かれてはいたが、やはり性分じゃない。

 そもそも国の復興なんて手伝えるはずもない。

 この世界に来て、まだ一月だって経っていないのに、そこまで考えて、銀二は「もう! ちょっとはゆっくりさせて!」と溜まらず叫んだ。

 飲まねえとやってられねえ、と川の水をジョッキに掬い、酒に変えては酔いを深める。

 そんな銀二の情緒不安定さに若干怯んだジャスティだったが、喉を鳴らし、説得を始めた。


「……いいかギンジ」

「説得なら、無駄ですよ」銀二はキッとジャスティを睨んだ。

「聞け。今我が国は戦争を控えている。いつ狼煙が上がるかはわからないが、一度戦争が始まってしまえば、我が国の敗北は目に見えている。ブランカが負けると、どうなると思う?」

「そりゃ、王様が変わるんだろ? よくは知らないけど」

「国を苦しめてきた人間が王になるということは、当然、新しく王座に着いた者は、この村を放っておかないだろう」


 脅しだな、と銀二は鼻を鳴らした。


「っへん、何のメリットがあってそんなことするんだよ。ここはしがない村だぞ、襲ってどうすんだ」

「そうだな、こんな辺境の村なんぞ、興味ももたれないかもしれない。が、そんな保障がどこにある」


 銀二の揺れていた頭はぴたっと止まり、視線も一点に定まった。

 ジャスティは前回の一件で、銀二がお人よしであることはじゅうぶん理解していた。正直、銀二を煽る言葉なんていくらでも思いつく。ただ、銀二が加わったからと言って、問題が解決できるとまでは思ってはいない。それでも――。


「何でか知らんが、お前はあの気難しくて乱暴なバラガン族の女にも気に入られて、放浪癖のある魔法師にも興味を持たれている。お前が国の復興を手伝うなら、彼女達も力を貸すと言ってくれているんだ。それを知って、私達がお前を逃がすと思うか?」

「ちょっと待てよ、暴力振るうつもりか?」

「必要ならそうする。私だってお前なんか頼りたくはない。だが、抵抗は無駄だぞ」

「無駄だとぉ?」


 気の大きくなった銀二はふらっと立ち上がると、やれるもんならやってみろと、ジャスティを睨んだ。

 酒さえ入ってれば怖くないんだ。

 喧嘩は弱いかもしれないが、抵抗はする。


 だがそんな威勢も、あくまで人間相手の話であって――。


 ドシン、ドシンと思い足音を響かせながら現れた存在に、銀二はひるんだ。


「ギンジ、何モタモタやってるんだ。さっさと来い」


 まさかり担いだ金太郎――もとい、戦斧を担いだ、キリアジャだった。


「……アジャ」

「あれから、サケがないと暴れて大変だったんだぞ。お前が彼女に妙なものを教えるからだ。責任を取れ」

「そうだギンジ、セキニンを取れ」アジャは笑った。

「ジャスティ、お前、ずるいぞ! 喧嘩するならお前が来いよ!」

「私は別に喧嘩をしに来た訳ではない。それに、彼女を連れてくるつもりはなかった。だが、彼女がついて来ると言って仕方なく連れてきたんだ」

「い、イヤだよ、酒なら造ってやるから持って行けよ!」

「キリアジャ、そいつを捕まえてくれ。私の説得に応じる気はないようで、困っていたんだ」


 銀二が慌ててその場から逃げ出すと、アジャはすぐに追いかけた。


「待てギンジ、逃げるな! セキニンから逃げるなぁ!」


 冗談じゃないと銀二は家の裏手へ回りこみ、どん、と人とぶつかって尻餅をついた。


「あん! もう、何?」


 見れば、アルコが大きな水瓶を手に立っていた。


「あーごめん、アルコちゃん大丈夫?」

「ギンジ? なに、どうしたの?」

「そうだ、お、追われてるんだ。助けて!」銀二はアルコの背中に隠れた。

「追われてるって、誰、誰に?」

「アジャ」


 自分達に大きな影が出来て、アルコは顔を上げた。

 そこには、いつぞやお城で暴れていた体のでかい女――アジャが立っていた。


「な、なんだぁ!? そんなに睨んだってダメだよ! 怖くないよ!」


 アルコが張り合おうとすると、「お前も来い!」とアジャはアルコをひょいと担ぎ上げ、隠れていた銀二も捕まえた。

 二人は「離せ! 離せぇ!」と暴れたが、誰も助けてはくれなかった。

 それも当然で、お母様方から見たら、二メートル近い巨躯の女が二人を担いで攫っていくのを止められるはずもない。加えて、以前とは違う紳士的な態度のジャスティが「暫く彼を借りていきます」と接したために、誰も止める気にすらならなかった。

 紳士的であれば、ジャスティはただのイケメンである。

 それに、男たちを全滅させた酒を造る銀二がいなくなれば、暫く後始末に追われることもない。


「お母さん方! 助けてくださいよ!」


 銀二は助けを求めたが、奥様方は優しい笑顔で手を振った。


「王様が困ってらっしゃるって言うんだから、ギンちゃんの力を貸してあげな」


 お母様がからの『魔王』の酒瓶を銀二に持たせた。

 こうなってしまっては、銀二はもう成す術はない。

 その後、目覚めた男たちは「ギンちゃんどこ行った?」と銀二の姿を探したが、「アルコちゃんもいない!」というペギオの言葉を聞いて、探すのを止めた。


「駆け落ちか。やってくれるじゃないか、ギンちゃん」


 一番嬉しそうだったのはコールだったが、後から駆け落ちではなく、ただ城に連れて行かれただけだと知って、少し残念そうに肩を落とした。

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