第八酒席 お酒で国を救えって、冗談は酔ってから言え

24 英雄なんて、やめてくださいよ

 悪魔にとり憑かれた王様を、異世界からやってきた英雄が酒で救ったという伝説は、この世界の片隅の小さな小さな村、コルトンでのみ語られる物語となった。その英雄である銀二はというと、あれからすぐに村へ戻り、胴上げされ、ちやほやされ、おだてられ、酒を造らされたのだが、根っこの部分では『英雄』という称号を素直に喜ぶことはできなかった。


 たいてい英雄というのは、世の中が不安定な時に現れ、多くの人の平和の為に死ぬ。死ぬから英雄視されるといっても過言ではない程、とにかく死ぬ。きっとこの世界にも英雄がいるのだろうが、きっと死ぬ運命に違いない。

 アル中も短命だろうが、どうせ死ぬなら酒に酔って死にたいし、小さい村でのこととはいえ、うっかり英雄なんてごめんなのである。


 と、考えつつも。


「いやあ、英雄だなんてよしてくださいよ村長、俺は別に何もしてないんすから! 足に穴が開いたくらいなもんで、本当の英雄はコールさんの娘、アルコちゃんと、駆けつけてくれたペギオ君ですよ! 彼等がいなかったら俺、今頃息してないんすから! ダッハッハァ!」

「それは名誉の負傷だ! 英雄の証! なんにしても、偉い! 偉大だ! アルコちゃんとペギオも立派だった! ガッハッハッハァ!」


 村は浮かれ、少ない備蓄をこれでもかというほど引っ張り出して贅沢を極めた。

 皆、もう二度と村に無理な要求がされることはないと安心してのことだが、酒が入って歯止めが利かない。


「いやあ、わしが言うのもなんだけど、ギンちゃんは最初から何かしてくれる男だと思っていた。こうして村の危機を逃れた後だと虫のいい話になってしまうが、正式にギンちゃんをこのコルトン村の村人として迎え入れたいと思うんだが、どうかな?」


 村長に酒の注がれたジョッキを渡されて、銀二は快く受け取った。


「嬉しいですよ。こっちの世界に、故郷が出来て」

「あの時は、君の言葉に耳を傾けずにすまなかった」

「俺のことを考えてのことでしょう。俺だって、村を危険に晒すようなことをしちゃったし」


 お互い様だし、そこに悪意はなかったのだからいいじゃないか、ということで話は済んだ。


「では、あらためて乾杯だ。みんなも異議はないな? これは、わしらコルトン村の全員が、家族になるという誓いの儀式、さかずきだ」

「異議なし!」

「じゃあ、かんぱーい!」


 盛大に、豪快に乾杯をするその光景を、銀二は一生忘れることはないだろうと、胸に刻んだ。


 そんな調子で、宴は三日三晩続いた。

 その間、銀二は村の若い娘に囲まれ、嫉妬したアルコに謎の暴力を振るわれ、ペギオにつねられ、もう大変な騒ぎであったが、その心地よさだけは、酒にも勝るものがたしかにあった。


 これからは、この村でのんびりと暮らすもいいだろうし、この世界の酒を求めて旅をするのもいいだろう。とにかく、何か手に職をつけなくては、と銀二は考えた。先立つものがなければ、人は生きていけないのだから。とかく、職に関しては造酒という他人には真似できないものがあるのだが、やるにしても、やり方を考えなければならない。


「ま、酔いが醒めたらゆっくり考えるべ」


 ひとまず今は、この短い英雄の余韻に浸りつつ、酒浸りになっていようと銀二は決め、酒をキメた。


「っくー! しゃきっと来るぜぃ!」

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